(三)背負うもの①
(三)
王都に出現したものよりも巨大なオーガを前にし、ラーソルバールは自身で考えていたよりも落ち着いていられた。
個体としての脅威はともかく、仲間が居ることが背中を押し、支えてくれている。そう思えば震えは止まり、前を向いていられた。
隣に立つエラゼルは、ラーソルバールの様子を横目で見ると、ひとつ息を吐いてから微笑んだ。
「私は向かって右のを引き付けるから、左のを先に何とかしてね」
ラーソルバールは言うなり、即座に足元に有った石を拾い上げると、オーガに向かって思い切り投げつけた。それは見事にオーガの額に命中し、狙った通り注意を引き付ける事に成功した。
「要求が高いぞ!」
エラゼルが苦笑する。王都で戦った際には、並の剣では筋肉の鎧に阻まれ、殆ど傷つける事ができない相手だと思い知らされた。
自らの持つ剣は何とかなるが、フォルテシアや、シェラの剣では通用しないかもしれない。それを盛り込んだ上で、作戦を立てなければいけないという事になる。
「リティアはテリネラとコッテに
「は……、はい!」
「ディモンド! 顔面を狙えるか?」
「……あ、ああ、任せろ!」
偽名で呼ばれることが殆ど無かったモルアールは、エラゼルの声に対する反応が一瞬遅れたものの、慌てて呪文の詠唱を始めた。
あとは、詠唱を終えるまで時間を稼がなくてはならない。次の一手はどうするか。僅かな判断の遅れや、焦りが命取りになる。
剣を構えて立つエラゼルに、オーガの棍棒が唸りを上げて襲いかかる。次の瞬間、空気を切り裂く音を搔き消すように、凛とした声が響く。
「
振り下ろされた棍棒が、エラゼルの眼前で押し止められる。
「ガッ!」
見えない壁に阻まれ、オーガが戸惑った瞬間だった。
「
魔法が完成し、モルアールの手から放たれた炎の塊が、オーガの顔面で炸裂する。
「ガーッ!」
オーガは絶叫しながら、棍棒を手放して顔面を押さえる。この隙に、ディナレスの魔法付与を得たフォルテシアが、オーガの横を駆け抜け、すれ違い様に左脚を深々と抉る。
バランスを崩し、片足だけで巨躯を支える事が出来なくなったオーガは、近くに有った石柱を巻き込んで、大きな音を立てながら転倒した。
「見事な連携だな」
見ているだけだったボルリッツは、驚いたように呟いた。
少し離れた場所まで誘導していたラーソルバールは、ひとりでオーガと対峙していた。
王都の時の相手より、やや動きが鈍いと感じながらも、気は抜けない。その一撃を食らえば、以前のように大怪我をするのは間違いなく、命の保障も無い。
眼前で振り抜かれる拳に、あの時の記憶が一瞬過り、背筋を凍らせる。
(怯えるな、動け!)
自身を奮い立たせ、襲い来る拳を避ける。ラーソルバールの横をすり抜けた拳が、止まることなく背後の石壁を破壊する。
「大事な歴史の名残だよ!」
剣を下から振り上げ、丸太のような腕を切りつける。以前の剣とは異なり、確かな手応えが手に残る。
「グワゥ!」
左腕の筋を切断され、痛みに顔をしかめるが、怒りのままに残った右腕を振るい、そして巨大な脚で蹴りを繰り出す。その避けようの無い程の質量を持った塊が、ラーソルバールに襲いかかる。
「うわっ!」
思い切り横っ飛びして、転がるように逃げる。だが、オーガの脚蹴りが砕いた石柱の破片が、ラーソルバールに向かって飛んでくる。
咄嗟に腕で頭部を庇うが、石つぶては容赦なく襲いかかり、鎧に当たり衝撃を残す。鎧の無い部分にも細かい石がいくつも当たり、体のあちこちに痛みが走る。
「痛たた……避けてもこれってのは、質が悪い……」
痛みに顔をしかめながら、この間に距離を詰めてくるオーガに備える。
ラーソルバールは大きく息を吸った。
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