(三)闇の産物①

(三)


 最初に遭遇したのはゴブリンの一団だった。その数、視認出来る限りで二十匹以上。

 さすがのラーソルバールも、後ろに控える仲間を考え、敵を殺さずに済まそうという甘い考えは持っていない。ただ、あくまでも自衛が優先なので、戦意を無くして逃げれば追う事は無い。

 また、モルアールとディナレスの魔法は、戦力的に問題が無い場合には温存する。ここまでは事前に決めていた事だった。


 森での遭遇戦は木々が邪魔となり、遠隔攻撃などが出来ない。否応無く近距離戦闘が主体となった。

 一行は数の上で不利であることが分かっているため、木を背にするなど環境も活用する。

 皆が剣の長さを考慮しつつ、攻撃を組み立てる。ゴブリン達の使う小剣や手斧は問題なく取り回せるが、騎士学校の面々が持つ長剣は簡単にはいかないからだ。

 戦闘は突きや縦の攻撃を主体にしつつ、木の間隔を測って横薙ぎも加える。

「森の中での戦闘に慣れてるのか?」

 苦労する様子もなく、襲い来る敵を次々と仕留めるラーソルバールとエラゼルの姿を見て、モルアールは思わず驚嘆の声を上げる。

「錬度が違うんだろうな」

 馬を守るように動きながら、小剣で戦うガイザはその違いを肌で感じている。

 もう少し奥へ行けば大木が増え、木々の間隔も広くなるのだろうが、そこまで敵を引っ張って行く訳にもいかない。


 無心に剣を振っているように見えるラーソルバールだったが、その心の内では消せない感情と戦っていた。

「余計な事を考えるな、足元を掬われるぞ!」

 エラゼルの言葉に、はっとして我に返る。

「あ、ごめん……」

 隙ができたと思ったのだろうか、ゴブリンが二匹同時に襲いかかる。その様子を見て取ると、ラーソルバールは左足を半歩後退させて体勢を低くし、左下から斜めに一気に切り上げた。

「ギャゥ!」

 剣の閃きと共に、二匹のゴブリンは同時に倒れる。

「剣筋、何処か変だったのか?」

「分からない……」

 ランタンを手に二人の様子を見ていたフォルテシアだったが、モルアールの問いに答える事が出来なかった。ラーソルバールの剣を最もよく知るエラゼルだからこそ、その機微に気付けたのだろうと思っている。

 皆が危なげなく戦闘を進めているので、モルアールもディナレスも見ているだけで出番が無い。その分、周囲の動きに目が届く。

「シェラさん、左!」

 死角を突こうと回り込んだ一匹に気付き、ディナレスが叫んだ。シェラは即座に声に反応すると、視認した瞬間に剣を突き出す。それは狙い通り寸分違わずゴブリンの胸に命中し、一撃で仕留めて見せた。

 こうした結果は自信にはなるが、過信はしない。横で戦う二人の姿を見れば、自惚れることなど出来るはずもない。

「まだまだ!」

 自分に言い聞かせ、シェラは剣を振るった。


 僅かな時間の後、半数以上の犠牲を出したゴブリンは勝ち目が無い事を悟ったのか、逃げるように引き揚げて行った。

 ほっとした瞬間に、シェラは僅かに目眩を覚えた。自衛のためとはいえ、生物を殺すということが精神的に負担になると言うことを、身をもって知ることになった。

「とりあえず、お疲れ様」

 フォルテシアはそう言って、シェラにランタンを差し出す。交代するという意思表示だろう。

「有難う……」

 素直にランタンを受け取ると、大きく息を吸ってから、僅かな間を置いてふぅと吐いた。

「始まったばかりだもんね」

 自らに言い聞かせるように呟いた。

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