(三)亡国の姫③

 エラゼルから銀細工の入った箱を受け取ったオリアネータは、それを大事そうに抱えた。

「貴女はいつもここに?」

 一緒に門まで歩きながら、ラーソルバールは尋ねた。

「月に一度だけ……。この王都が燃え落ちた日と同じ、十の日にだけ訪れ、祈りを捧げつつ見つけた遺骨を埋葬しています」

 六十五年前、大陸暦八百十二年の六月十日。帝国はそれまであった同盟関係を前日に破棄し、王都カラリアを急襲するという、大国とは思えぬ卑劣な行いだった。

 原因は諸説あるが、他国との戦争が終結したものの、枯渇気味だった鉱物資源を欲したため、つまり目的はカサランドラだったとラーソルバールは考えている。

「いつも、おひとりなのですか?」

 このような場所にひとりで来るというのは、あまりにも無用心ではないだろうか。

「いえ、執事と、警護の者が二人おりますよ。馬車は隠してありますし、他の者は祈りの間は、別の場所に待機してもらっているので、皆さんとはお会いしていないでしょうが」

「それでは、あまりにも……」

「怪しい相手が居れば、即座に魔法を使って逃げます。それ位の心得はあるのですよ」

 オリアネータはそう言うと、微笑んだ。

「お気をつけ下さい……」

 そう言ったもののラーソルバールには、亡国の王族の末裔がどのように生きているかなど想像もできない。この女性も、持って生まれた境遇を背負って生きる為に、色々と苦労しているのだろう。年齢は自分よりも少し上だろうが、遥かに大人びている気がした。

「ありがとう」

 砂埃を舞い上げた風が通り過ぎ、オリアネータの髪を躍らせる。髪をかきあげる姿も王族らしい優雅さと気品を感じさせる動きで、王家としての血と教育は生きているのだと感じさせた。


「私達はこの花を埋め、祈りを捧げたら失礼させて頂きます」

 この場所もかつては自分が愛する王都のように、美しく栄えていた時代が有ったはずだ。今は建築物の屋根や壁も崩れ落ち、何処も無惨な姿になっているが、立派なものも多く、区画整備も整然と成されている事から容易に想像できる。

 街の惨状を目の当たりにし、心が痛い。国が、街が破壊されるというのはこういうことかと思い知らされる。それでも街に足を踏み入れたときに、怨嗟の念が渦巻くような重苦しい空気に包まれていなかったのは、彼女が祈りが魂を鎮めていたからなのかもしれない。


 オリアネータと共に穴を掘りつつ、各人が名乗り、挨拶を行う。

 この出会いが後に何をもたらすのか、ここで終わるのか。それは誰も知らない。ただ、誠実に互いに向き合う事だ必要だと、エラゼルは語った。

 穴を掘り終えると、オリアネータは穴の底にそっと銀細工の花が入った箱を置く。

「カラリアの皆様、生き残った方より美しい花を頂きました。決して枯れる事のない花です。皆様の魂の安寧のため、ここに埋めさせていただきます」

 静かに優しく語りかけるように祈りながら、オリアネータは涙した。

 この悲劇を帝国は繰り返そうとするかもしれない。だが、繰り返させてはいけない。オリアネータと同じように祈りを捧げた後、ラーソルバールは騎士の礼に則り、剣を抜いて黙祷を捧げながら誓った。

 帝国の思うように、好き勝手にはさせるのものか、と。



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