(四)国境を越えて①

(四)


 村での戦闘を終えた後、七人は村の人々に囲まれ、感謝の言葉を重ねられた。

 それでも自責の念は有る。もう少し早く対応が出来ていれば、死者を出さずに済んだかもしれない。あの時の行動は誤っていなかったか、いや、そもそも熊の処理をもっと早くしておけば……。後悔しつつ、頭を下げる。

「遅くなって申し訳ありませんでした。私たちがもう少し早く来ていたら……もっと早く対処が出来ていたら…」

 ラーソルバールの両頬を涙が伝った。

「何を泣かれる、お嬢さん。貴女方が来なければ、この村の誰もが死んでいたかも知れない。感謝こそすれ、恨む理由など無い。恨むとすれば、我々の無力さだよ」

 老婆がラーソルバールの手を取って笑顔を向ける。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 老婆の手に涙の雫が落ちる。

「婆さんの言う通りだ。我々が弱かった。そして、こういう兵士達を野に放つ原因になった、愚かで自分勝手な貴族が悪いのであって、お嬢さんは何も悪くない」

「有難うよ、死んだ者の為に涙してくれて」

「ああ、本当に、あんた達には感謝してもしきれない、何か礼をさせてくれ」

 村の人々の言葉に、ラーソルバールは黙って首を横に振った。責められない事のほうが辛い気さえもする。その気配を察したのだろうか、エラゼルが背後に立つ。

 無理矢理にでもこの場から離した方が良い、と考えたのかもしれない。

「さあ、行くぞ」

 エラゼルの手が、優しく肩に置かれる。ラーソルバールはその手を握り締めると、涙を拭った。

「大変申し訳ありません。先を急ぎますので、これで失礼させて頂きます」

 深々と頭を下げると、七人は礼をさせて欲しいと引きとめる声を振り払って、馬車へと走った。


 馬車に戻ると、皆疲れ果てたように転がり込む。

「お待たせしてすみませんでした。出発してください」

 シェラが息を切らしながら御者に依頼する。

「あいよ、終わったのかい?」

 手綱を動かすと、馬車が動き出す。風が馬車の中を抜け、火照った体に心地よい。

「ええ、なんとか。でも、ヘトヘトです」

「お疲れ様。馬も休めたし、少し急ごうか。今日のうちに国境近くまで行かなきゃならないし」

 馬車は少しだけ速度を上げた。


「疲れた……」

 フォルテシアが大きく息を吐いた。生死に関わる戦闘をしただけに、身体的疲労よりも精神的な疲労の方が大きかったのだろう。そのぐったりした様子が、エラゼルを笑わせた。

「時折、鉄面皮のような輩かと思わせるが、存外表情豊かだな」

「……エラゼルの方が鉄面皮」

 ラーソルバール以外では、フォルテシアが一番遠慮をせずにエラゼルに物を言う。エラゼルもそれを気にする様子も無い。

「ふふふ……」

 涙を浮かべていたラーソルバールも、二人のやりとりを聞いていて、思わず笑い出す。それにつられて、全員が緊張が解けたかのように、笑い出した。

「実際、見て分かった。アレは確かにものが違う。エラゼルも似たようなもんだが……」

 笑い声の中、モルアールは小声でガイザに話しかける。ラーソルバールの強さに懐疑的だったモルアールも、実際の戦闘を目の当たりにしては、その強さを認めるしかなかった。怪我人を出すことなく賊退治を終えた事は、驚きを通り越して呆れるしかなかった。

 苦笑を浮かべながら返ってきた答えは「だろ?」という短いものだった。

 

 夕闇に包まれた頃、ようやく目的にたどり着いた。

 時間が時間だけに宿は三部屋しか取れず、部屋割りに少々もめることになる。

 公爵家のエラゼルが一人部屋で、あとは女四人、男二人で良い、という話になったが、ラーソルバールはエラゼルに無理矢理拉致されるように連れて行かれ、そこで決着となる。「こういう日は、ラーソルバールが凹むから、私が付いていないと駄目だ」というのがその理由だった。

 もっともらしい理由に誰も異論を唱えず、引きずられるように部屋に連れて行かれるラーソルバールを、五人は苦笑いしながら見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る