(二)ラモサの夜③
ラーソルバール達が宿に戻る頃には通りの人通りも無くなっていた。
宿の女将に挨拶を済ませると、各自が部屋に戻り、温泉に入る仕度を始める。
疲れたところに満腹となったため、睡魔も襲ってきているのだが、せっかくの温泉に入らないのは勿体無い。ラーソルバールは眠い目をこすりつつ、浴場へと急ぐ。
案内に従って行くと、建物の裏手に着く。女性用と記された部屋に入ると薄暗い脱衣所だった。
その奥にある扉を見つけると、好奇心が勝りすぐに開けてみる。扉の向こうに広がっていたのは見たことも無い光景だった。
高い板塀で仕切られているが、広い湯船があり、湯気でぼやけるランタンの明かりが、幻想的な雰囲気を与えている。ラーソルバールは思わず声を上げていた。
「なんだ、はしたない」
扉を開けて入ってきたエラゼルが苦笑する。
「えへへ。気になって先に見ちゃった。でもね、凄いんだよ!」
やや興奮気味に話すラーソルバールの姿が、エラゼルにも興味を抱かせた。
「ほぉ……」
扉の先を覗いてみたエラゼルが感嘆の声を上げる。
「ね、凄いでしょ、誰も居ないし急いで入ろう!」
子供のようにはしゃぐ友の姿を見て、エラゼルはやれやれと肩をすくめた。
ラーソルバール達が湯に浸かって間もなく、シェラ達もやって来て女性陣が揃う。
「ふぅ。温泉っていいね。寮のお風呂と全然違う気がする」
湯に入るなり、ご機嫌そうにシェラが呟いた。その言葉に「ふむ」と、馬車で疲れた腰を揉みながらエラゼルが同意する。
騎士学校の四人が気を抜いた瞬間だった。
「みんなは好きな人、居ないの?」
男性陣が居ないのを良いことに、ディナレスがいきなり話を切り出した。だが、これが禁句だったらしい事を、発言直後に気付くことになる。
質問の直後に四人は硬直していた。
元々男の方が多い騎士学校だが、そういった方面の話には疎く、四人でそいういう会話をした事も無い。
「ラーソルにはガイザさんが居るし……」
シェラがいつぞやと同じような事を言って場から逃れようとする。
「や……、やはり、そうなのか!」
ここぞとばかりに、エラゼルもそこに乗って誤魔化そうとする。
「だから、そういうのは無いんだってば!」
否定するラーソルバールだが、誰にも言わず心の内にしまっているものがある。それはアルディスに対する淡い想い。
隣には常にエフィアナが居たし、その二人はとてもお似合いで、自分が入る隙間など無いと分かっていた。エフィアナの事も大好きだったので、余計な事はすまいと胸の内に押し込んでいた。
騎士への道を邁進すると決めていたものの、二人の姿を見るにつけ、自分もいつかああいう形で、と思わなくもなかった。
「シェラはガ……」
「わーっ!」
フォルテシアが何か言いかけた所を、シェラが凄い勢いで口を塞いで制した。そしてフォルテシアの細身な体を締め付けるように、抱きつく。
「モゴモゴ……」
「何だ? シェラはフォルテシアが好きなのか?」
自分の事で一杯になっていて、全く話を聞いていなかったエラゼルは、二人の様子を見て訝しげな視線を送る。
「う、うん。って、好きは好きなんだけど、それとは違います!」
戸惑いながら答える姿に、一同が笑う。
「……むぐ……違うのか、残念」
シェラの手をようやく振りほどいたフォルテシアが、ぼそりと呟く。一瞬、周囲が驚いて視線を集めたが「冗談に決まっている」と続けると、誰もが苦笑した。
普段から冗談を言うことの少ないフォルテシアだけに、三人が驚いたのも無理はない。その様子を見て、してやったりとフォルテシアは一人ほくそ笑む。
色々有った初日は、意外な人物との再会も有ったが、こうして和やかに終えることになった。
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