(二)歌声②

 フィアーナには言えないような事情もあるので、そこは伏せる。怪物と戦って怪我をしたので救護院にやってきたと簡略に伝えた。

「そうかぁ。でも救護院って騎士団の関連施設だよね。一般の人も入れるの?」

「そういうものなの? 私、騎士学校の生徒だから大丈夫なのかな」

 面倒な事になりそうなので、誤魔化しておく。

「それで、怪我の方はもういいの?」

 慣れた手つきでフォークとお茶を二人の前に置きながら、フィアーナは質問する。

「うん、痛いところももう無いし、多分大丈夫!」

「無理をしすぎなのだ、ラーソルバールは」

 エラゼルに咎められた。

「そんな事無いよ。やらなきゃいけない事をやってるだけだから……」

 ちょっと口を尖らせて反論してみる。

 私にとっては誰かを守るという事は、やらなければならない事だ。だが、そう言うエラゼルだって同じようなものじゃないかと思う。私や街の人たちの為に、無茶をしすぎだ。それは賞賛されるべきことだが、仮にも公爵家の令嬢が率先してやるような事ではない。

 目で訴えかけたが、相手にされなかった。

「はいはい。じゃあ、美味しいものを食べて頑張ってね」

 食事を目の前に置きながら、フィアーナは私達の顔を見た。

「中央区の方で夜中に騒動が有ったって聞いたけど、お客さんはいつも通りだよ」

 フィアーナが言う通り、店内に居る客は賑やかで、時折笑い声も聞こえる。

「みんな、関係無いと思っている訳じゃないよ。きっと怖かったり悲しかったりするんだと思う。でもそこで止まってたら、街全部が暗くなっちゃうからね」

「そうだね。フィアーナの言う通りだ。……じゃあこれ、頂きます」

 私もそう強くありたい。スープを口に運んで、涙が出そうになるのを誤魔化した。

 エラゼルも手を合わせた後、黙ってスープを口にする。


 美味しい食事に、二人とも少し心が解れ、フィアーナとの昔話も弾んだ。

 友達が来ているなら特別ということで、フィアーナは女将さんの許可を得て店の仕事を少し減らして貰えたようで、カウンターの中で洗い物などを手伝いながら、私とエラゼルに付きっ切りで対応する事になった。

 敵同士に見えた私とエラゼルが一緒に居る事も、やはり気になっていたようで、理由や経緯など色々と聞かれた。どこまで話して良いものやら悩むところだったが、エラゼルも時折恥ずかしそうに小さな声になりながらも、多少は説明していたので、余計な事は言わずに済んだと思う。


 私たちが賑やかな食事を終える頃、客の一人が席から立ち上がった。

「街が燃えてもまた立ち上がる。俺達は負けない、皆で助け合っていこうぜ!」

 その声に、店内から歓声が上がる。

「肥沃なる大地を……照らす光に……」

 そして誰かが、国家を歌い始めた。

 つられるように、一人、また一人と歌い出す。気付けば、私やエラゼルを含め、店内全員が歌っていた。

 エラゼルは瞳を閉じて手を胸に当てて歌っている。彼女の頬を涙が伝うのが見えた。エラゼルはその目で見た死者を、歌うことで弔っているのだろうか。歌うことで少しでも死者の魂を鎮めることが出来るならば、私もこの声を届けよう。守る事ができなかった人たちに、私にできる事はこれくらいしかない。

 人々の歌声は力強く、そしてどこか物悲しく店内に響き、心を揺さぶった。

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