(一)夢の正体③

 どれくらい眠っただろうか。

 数日振りに落ち着いて寝ていた気がする。

 だが、私の睡眠は、悪夢以外のもので妨げられた。

 それは突然の出来事。外から響いてきた、何かを破壊するような大きな衝撃音だった。

「何の音!」

 慌てて跳ね起きた。

 ほぼ同時にエラゼルも目を覚まし、私の顔を見る。

「すごい音がしたよね?」

 彼女は無言で頷くと、緊張した面持ちで私の目を見る。

 急いでカーテンを開け、外を見る。寮の庭越し、塀の向こうの空が赤く染め上げられていた。

「何があったの? 火災?」

 エラゼルは私に目で合図を送ると、瞬時にベッドから飛び出した。

 窓から入る光で室内が照らされ、炎のように揺らめく。その明かりに危機感が募る中、二人はすぐに身なりを整える。

 私はすぐに剣を腰に差し、後ろ髪を結わえた。

 エラゼルも急いで自室向かい、剣を手に戻ってきた。

「行こう!」

「ああ!」

 阿吽の呼吸で、二人は寮を飛び出す。

 寮の庭を走るときにまた、大きな衝撃音が響く。

 耳を塞ぎながら走ると、揺らめく赤い光が二人に恐怖感を与える。

 私達と同じように、何人かの生徒たちが寮から飛び出して来る。

 揺らめく明かりに照らされた顔は、皆一様に言い知れぬ恐怖に強張っていた。

 それでも、正義感か義務感か、私達と同じように剣を手に走っている。

 私は門を出たときに、唖然とした。

「街が……燃えてる……」

 衝撃の余り、足が止まった。

 美しい街並みを誇る、私の大好きなこの城下町が炎に包まれるかもしれない。

「何をしている! 行くぞ、ラーソルバール!」

 エラゼルの声で私は我に返った。

 剣の鞘を左手でぎゅっと握り、半歩遅れてエラゼルを追う。

 鼓動が荒い、息が苦しい。

 不安で張り裂けそうになる。

 私は「みんなをまもるきしさまになる」んじゃなかったのか。そう自分に言い聞かせても、足が震える。前に出す足が重い。

 その時、前を走るエラゼルが左手を私に伸ばしてきた。たまらず私は右手を伸ばし。その手を握った。そして気付いた、エラゼルの手も震えている事に。

「一緒に、行こう!」

 そう言った時、震えが止まった。


「ラーソルバールの夢の正体はこれか?」

 エラゼルが走りながら問いかける。

「分からない。けど多分違う。これじゃない。この恐怖じゃない」

 そう、違う。

 こんな恐怖ではない。もっと違う恐ろしさ。そして悲しい出来事。

 だから、今は夢の事で悩んでいる場合じゃない。自分のすべきことをする。

 周りには十人ほどの生徒たちが並走している。

 皆と一緒に街を守る。それだけを考えるんだ。エラゼルの手を強く握ると、同じように強く握り返された。

 大通りに出ると、状況が見えてきた。

 数件が破壊され、かなりの数の家が燃えている。逃げ惑う人々も見える。怪我人は居ないだろうか。

 炎を消す為の水魔法でも使えればいいのに。悔しさが募る。

 様々な考えが頭の中を巡る。

 住宅や商店のような一般人を対象とした、無差別な破壊活動。

 盗賊団や、暗殺者達はこのような事をするはずが無い。テロリストのすることだろうか。

 そう考えた瞬間だった。

 炎の近くで、大きな影が動いた。

「あれ、何?」

「何が見えた?」

「大きな人型の影」

 あれは、演習のときに一瞬見えたあの姿に似ている。

「オーガ?」

「なに? 何故そんなものがここに居る!」

 エラゼルの動揺が繋いだ手から伝わってくる。

 もし、本当にオーガだとしたら、突然街中に現れるのは不自然だ。どこか近くにゲートがあると考えた方がいい。

 その事は一部の人間しか知らない情報だ。さすがにエラゼルでも聞いてはいないだろう。

 やるべき事は二つ、怪物の駆除と、門の発見。

 門とは空間の歪みか、それとも魔法陣か、どんな形をしているかも分からない。

 まだ門が開いているのだとしたら、まだ怪物モンスターたちが増える可能性が高い。

 ただ、迂闊に触れれば、向こう側へ送られる可能性もある。発見したとしても注意が必要だ。

「奴らは、門と呼ばれるものから、こちらに送られて来ているの…」

「何? 何でそんな事を知っている?」

「私が一度、遭遇した事があるから。それは騎士団を含め、一部の人しか知らない機密事項。ただ、その門がどのような形をしているか、本当に存在するかも分からない」

 聡いエラゼルなら、今の言葉だけで全てを理解してくれるだろう。


「あれは…?」

 直後にエラゼルが何かを見つけた。彼女の指差す方向に有ったもの、それはおそらく門。

 住宅地の行き止まりになっている路地奥。その空間に浮かぶ、大きな首飾りのような形をした魔力の粒子のかたまり。

 鈍く光りながら粒子が動き、その中心部は深い闇になっていて、向こう側は見えない。

「あれが門……」

 背筋が凍りつくのを感じた。

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