第十四章 崩れゆくもの

(一)夢の正体①

(一)


 私は嫌な夢を見て起きた。

 何の夢を見たのだろうか。目覚めたときには、忘れていた。

 同じような目覚めを今年に入ってから数度繰り返した。

 母の夢を見たときとは違う、言い知れぬ恐怖が心に残っている

 目覚めた後も手が震え、体中に嫌な汗が残っている。

 何だろう。思い出そうとしても思い出せない。


 休暇中は、父に心配をかけまいと平静を装った。

 月に一度、王太子の剣術師範として招かれる事になった父を誇らしく思い、その邪魔をしたくなかった。

 自分も父に剣を教えてもらいたかった、という嫉妬心が無い訳ではなかったが、何も言わず歓迎したのは公私の区別をつけるべきだと考えたからでもある。

 父が師範として登城する最初の日、私は騎士学校の寮に戻ってきた。

「どうした? 顔色が悪いぞ、ラーソルバール」

 私が戻ってくるのを待っていたかのように、エラゼルが出迎えてくれた。

「うん、少しね……」

 心配させまいと思ったのだが、エラゼルはそんな心の内まで見透かしたように、私の頬に両手を当てた。

「私を救ってくれた友のためだ。できる事であれば役に立ちたい」

 優しい微笑みが、私を包んでくれた。

 

 部屋に戻り、お茶を入れると、テーブルを挟んでエラゼルと向かい合って座った。

 周囲の部屋に人気は無い。シェラもまだ戻ってきていないのだろう。

 エラゼルが何故居るのかは、聞くまでも無い。

 年末の答えと同じく「家は何かと堅苦しくて嫌なので」と答えるに違いない。

「それで、夢の正体は分かったのか?」

「ううん。でも多分、何度も同じ夢を見ている気がする。私にとって? みんなにとって? 分からないけど、良くない事が起きる夢だと思う」

「ふむ…」

 そう言うと、エラゼルは黙り込んでしまった。

 何口目かの茶を飲んだ後、私はエラゼルを見詰めた。

「ごめんね、気にしないでいいよ。きっと私が何か精神的に追い込まれているのが、夢になっているだけの気がするから」

 エラゼルはお茶を飲み、カップをテーブルに戻した。

「気にするな。何か悩む事が有るのなら、力になるが、そうではないのだろう? 何か精神の奥に引っかかるものが悪夢を見せているのだろう。……今日は共に寝るか?」

「……え?」

 予想外の言葉に驚いた。

「どうせ誰も居らんのだし、今日は暇だろう? 着替えを取って来たら、このままずっと朝まで一緒に居るし、明日朝起きたら、二人で剣の稽古でもすれば良い」

 あっけらかんと言ってのけ、優しく笑うエラゼルに、かつての棘は無い。

 当然、私もエラゼルに対して何ら含むところは無い。かえって絶大な信頼を寄せており、ずっと昔から一緒に育った幼馴染のような距離感で相対している。

 どのような形であれ、七年間も意識し続けた相手であるからなのかもしれない。

「エラゼル……ありがとう」

「あ、ああ、面と向かって言われると照れるではないか」

 この純朴さも、今まで知りえなかったエラゼルの一面だ。

 駆け引きが苦手な私には、この純朴さが有り難かった。

 私は、ふと思い出し、実家から持ってきた取って置きのお菓子をテーブルに広げた。

「一緒に食べよう」

「おぉ!」

 エラゼルの目が輝いた。

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