(四)大忙しの一日①

(四)


 エレノールさんに用意してもらった朝食を食べ終わると、急いで出かける仕度を始める。

 私はいつも通りの格好で良いと言ったのに、エレノールさんは譲らなかった。

「社交界ではないにせよ、お嬢様を外に出すのですから、誰が見ても美しいと思うように仕上げるのが私の仕事です」

 はい分かりました。と言うしかない気迫だった。

 街に買い物に出かけるだけなのにも関わらず、髪を梳かされ、しっかり化粧までされる始末。買い物から帰ってきて、その後でお城に行くときは、何処まで仕立て上げられるのだろうかと、本当に不安になるほどだった。


 とりあえず、身支度という第一の試練を突破し、買い物に出かける。

「まずは小物、アクセサリーからですね。どこか良いお店はありますか?」

 そう聞かれても困る。言わずもがな、私の答えは……。

「知りません」

 貴金属を扱っている店のある場所は知っていても、普段から全く用の無いの良し悪しを店を私が分かるはずもない。

「ですよねえ…。お嬢様ならそうお答えになると思っておりました」

 そう思っていたなら、何故聞くのか。自分はやはりエレノールさんにからかわれて、遊ばれて居るのだろうか。

「そこの角を右に曲がってください」

 言われるままに道を曲がる。道案内をするエレノールさんは、なぜか私の半歩後ろをついてくる。

「私と主従じゃないんですから、隣を歩いて下さい」

「そうは参りません。いずれ……ゴホン、伯爵様よりお供をするようにと仰せつかっておりますので」

(今、一瞬不穏な事を言いかけたな……)

 言い出すと退かない人なだけに、これ以上は言うまい。

「そこの『猫の首飾り』という店です。大手ほど品揃えは良くありませんが、品質も良く、価格も控え目なんですよ」

 私は扉を開けて店に入る。が、誰も居ない。

「主人は偏屈ですが、腕の良い職人なんですよ」

 エレノールさんの解説が続く。

「エレノール、誰が偏屈だって?」

 工房と思われる部屋から、店のご主人が現れた。いかにも職人といった雰囲気を持っているが、悪い人では無さそうに見える。

「これが私の叔父。ウスダール。お嬢様のお気に召すものが無ければ、他所へ行きましょう」

「質問を無視した上に、『これ』呼ばわりとは良い度胸してるな」

「では、お嬢様、探しますか。指輪とネックレス。腕輪も欲しいところですね」

 全く意に介さず、品定めに入るエレノールさん。

「全く無視か、おい」

「うるさいですねえ。今日は時間が無いのですよ」

 振り向きもせずに、手をヒラヒラと振る。

「オーダーしているドレスは、先日より明るい赤です。所々に白や金をあしらって貰っていますので、それに合うような物が良いですね」

 今日のエレノールさんは一段と容赦が無い。目の輝きが違うと言っても過言ではない。

「そのお嬢さんの赤いドレスに合わせるのか?」

「そう聞こえませんでしたか?」

「ふん。エレノールは気に入らんが、それだけ綺麗な娘さんの為なら取って置きのを出してやるよ」

 そう言うと、ご主人は工房へ入り、すぐに茶色い大きめの箱を持って戻って来た。

「金のあしらいが有るなら、ネックレスの地金は白金プラチナがいいな。腕輪と指輪は金でもいいし、統一感を出して白金でもいいか」

 貴金属の審美眼など私に有るわけが無いが、確かに箱の中の物は、展示してある物よりも良く見える。

「さあ、展示物も含めて選びましょう」

 エレノールさんの気合いが凄い。けれど、確かに悩んでいる時間も無い。私は腹をくくった。

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