(三)母の夢②
私は母の夢を見て目を覚ました。
とても懐かしい夢だった。
大好きだった母。
この後、母は病を患って亡くなった。
カンフォール村で養生していたものの、結局治癒すること無く息を引き取った。
最初は死ぬということがどういうことか分からなかった。日に日に衰えていく母を目にしていたものの、私は元気になると信じていた。だから亡くなった時もきっと眠っているだけなのだと思っていた。
だが、母が多くの人に涙で見送られ、埋葬された時に初めて、もう会えないのだと悟った。
悲しくて悲しくていっぱい泣いた。
毎日、毎日……。
泣いている私の所へ、ターシャさんがやってきて私の悲しみを和らげてくれた。
村のみんなが家族のように、娘のように受け入れ、私をいたわってくれた。
嬉しかった。けれど、悲しみが無くなる事はない。みんなが家に帰り、居なくなって夜になると、寂しくてまた泣いた。
そんな時、父が言った言葉で、私は少しだけ立ち直った。
「ラーソルは、かーさまとどんな約束をしたんだ? かーさまとの約束は守らないといけないな」
そうだ、私はかーさまと約束をしていた。
「きし」になるのだと。
それから私は「きし」になるため、必死に木の枝を振り回した。
すぐに手が豆だらけ、傷だらけになり、痛くて泣いた。それでも、傷口が塞がると、また始めた。
涙が出るのをこらえながら、剣に見立てた枝を手に、村を駆け回った。
やがて見かねた村人が、手製の木剣をくれた。枝を木剣に持ち替え、来る日も来る日も振り回した。
父に心配されたが、「かーさまとのやくそくだから」と伝えると、何も言わなくなった。父もまた病と闘っており、ベッドから出る事は稀で、私の相手をできる余裕など無かったのだろう。
私は剣の正しい振り方も知らずに、毎日木剣を手に「きし」になろうと頑張った。
そんなある日、旅の冒険者が私に、剣の正しい握り方と振り方を教えてくれた。
切るものや試す相手が居なかったら、木の葉を切れとアドバイスしてくれたのを覚えている。
野山に出る獣を追いかけるにはまだ弱かったし、小さな生き物を相手にするのも気が引ける。だから枝の先にある葉を狙って剣を振り続けた。
「魔力制御の練習をしなさい」
父が時折口にする言葉だった。魔法を使うための訓練らしい。
だが、「くりゅーすさま」は魔法など使っていない。剣で戦っていた。
実際、絵本にはクリュースが魔法を使う描写など無かった。だから「きし」には魔法などいらないと思っていた。
そんな時間があるなら、剣を振るのが正しいのだと信じて……。
やがて剣が少しだけ上達し、木剣が葉っぱを捉えるようになり、楽しくて夢中になった。
その頃には、もう涙は無かった。
これでかーさまとの約束が守れる。「きし」になれる。
必死だった。
ある日、村外れで木剣を振っていたら、群れからはぐれたと思われる一匹の狼と遭遇した。
怖かった。
それでも襲い掛かってくる狼相手に、剣を振り回した。
爪が体をかすめて傷を作る。たった一匹の相手に、私は傷だらけになって立ち向かった。
とても怖かったが、「きし」は負けてはいけない。私は泣きながら無我夢中で剣を振り、狼を追い払った。
そのまま呆然としていたところを村人に発見され、大事には至らなかったが、血だらけの姿に村は大騒ぎになった。
この時、何度「ごめんなさい」と言ったか覚えていない。
けれど泣いて謝り続ける私を、ターシャさんが抱き寄せてくれた。
「お嬢様が無事ならそれでいいんです」
この一言で、みんなが何も言わなくなった。
誰もが黙って私を見つめるその様子が怖くて、私はまた泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます