第十二章 幕開け

(一)年の瀬①

(一)


 武技大会が終わり、翌日から騎士学校も冬季の休暇に入った。それと共に、実家に帰る生徒が多く、寮は閑散とする。

 例年、実家が遠隔地で移動が困難だったり、懐事情から戻るに戻れない、といった者達が取り残される傾向にある。

 だが翌年の授業再開まで、食堂も細々と続けられるので、食事の心配をする必要もない。

 王都に実家が有り、いつでも帰る事ができるという気楽さから、ラーソルバールや、シェラはゆっくりと荷造りしていた。

「ラーソルバール!」

 大きな声と共に扉が開けられ、エラゼルが部屋に飛び込んできた。

「あれ、エラゼルは実家に帰らないの?」

「私は年末年始は全て王都の別邸で過ごすから、いつでも良いのです」

 エラゼルは胸を張る。

「で、何でここに?」

「家は何かと堅苦しくて嫌なので、もう少し遅く帰ろうかと思っていたのだが、自室では暇だったので来てみた」

 悪びれず笑顔で言われると、返す言葉も無い。

「うん、いいけどね……」

 そう答えたラーソルバール。ふと目をやったエラゼルの胸元にブローチをが付いている事に気付いた。

 その視線に気付いたのか、ブローチに目をやる。

「以前から付けているぞ。頂いたものは大事にしないと」

 満面の笑みで返された。ブローチを着けていてくれたのは嬉しいが、それよりもラーソルバールが気になる事があった。

 エラゼルの口調がおかしい。

 今までの口調に慣れているのか、友人同士の砕けた口調と言うものがどうも難しいらしい。

 まあ、そのうちに慣れるだろうと思うので、放っておくのが良いかもしれない。

「何か目的があって来た?」

「いや、特に」

 この人はもしかして、今まで一人の時は常に暇を持て余していたのではないだろうか。

 ラーソルバールは苦笑した。

「荷物はいいの?」

「私は身一つで困る事はない。懐剣と財布さえ有ればそれでいい」

 自信満々に言い放つエラゼル。

(おいおい……)

 公爵家の娘がそれで良いのか、という疑問が沸いてくる。

 自分も貴族の娘とは言い難い素行をしているので、あまり他人のことは言えないのだが。

「馬車の迎えがあるなら、それでもいいだろうけど」

「迎えは事前に断っておいた。時間に縛られるのが嫌で……な」

 意外にこういうところは奔放らしい。

「じゃあ、家に帰りがてら、街でご飯を食べようか。あ、夕方は宰相様と大臣達の任期満了の挨拶が国民向けにあるんだっけ?」

「おお、そうだな。良い機会だ。見に行こうか」

 意外に乗り気なエラゼル。

「じゃあ、シェラも一緒だけどいい?」

「問題ない。ひとりだけか?」

「うん、フォルテシア……黒髪の娘はもう実家に帰っちゃった」

「そうか」

 エラゼルは少し残念そうな顔をした。

 そう言えば、フォルテシアとは何か話したと言っていたっけと、ラーソルバールは思い出した。

 もしかしたら、続きでも話したかったのだろうか。少し気になった。

 考えながら荷造りをしていると、開けっぱなしになっていた入り口から、シェラが顔を覗かせた。

「エラゼルさんの声がした気がしたけど……」

「はい、おります」

 エラゼルに代わって、返事をするラーソルバール。

 エラゼルは荷造りを待つ間、ラーソルバールのベッドに腰掛け、部屋の中を楽しそうに眺めている。あまり他人の部屋に入った事がないのだろう。

「荷造り終わった?」

「終わったよ。持って帰るものもそんなに無いしね」

 当然、とばかりに胸を張るシェラ。そういう部分の要領はラーソルバールに比べて遥かに良い。

「私もこれでおしまい、と。じゃあこれから、帰りがてら街でご飯食べて、お城の前での大臣達の任期満了の挨拶を聞きに行くよ」

「多分、新宰相の挨拶も有ると思う」

 補足するエラゼル。

「我々はまだ正騎士では無いが、騎士学校で学ぶ上で、大臣について知っておくことは重要だと思うのでな」

「そうだねぇ、陛下を支えてこの国の舵取りをする方々だからね。了解です」

 シェラも何となく理解を示した。

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