(三)エラゼルという名の脅威③

「さぁ、フォルテシア、いってらっしゃい!」

 フォルテシアを笑顔で送り出し、ラーソルバールは自分も支度を始める。

「次勝ったら、明日はずっと鎧を着けっぱなしだね」

「革鎧だから、寒い季節にはいいんだが、着けっぱなしは不便だよな」

 ガイザが苦笑いをした。

 王都は雪が頻繁に降る地域ではないが、それなりに気温は下がる。年中、天候に関わらず訓練は外で行っている騎士学校生徒としては、天気や気温に文句を言いたくもなるというもの。

 それでも文句を言えるだけ、今はまだ体力的にも精神的にも余裕があるということだ。

「しかし、あんな試合見せ付けられたら、勝てる気がしねぇなあ」

「ん?」

「順調に行けば、彼女と準決勝で当たる……んだがな」

 ガイザの顔を見て、ラーソルバールはクスっと笑った。

「うまくいけば、ね。でも、その前に負けないようにしないとね。次に勝っても、多分その後ミリエルさんだよ」

 人差し指を立ててくるくると回しながら、ガイザをおちょくる。

「ミリエル……って、あの斧娘か。今年の女子は強いのばっかりだなあ……嫌になってくるよ」

「そう?」

 あっさりとしたラーソルバールの反応に、ガイザは大きな溜め息をついた。

 フォルテシアは順調に勝ち上がり、ガイザ、ラーソルバールもそれに続いた。


 エラゼルに破れたことで、戦闘から解放されたシェラは、ようやく一息つくことができた。

 気持ちを切り替えて、今日は食べるぞと張り切る。

「美味しそうな物ばっかりだ……」

 エミーナと共に屋台の美食を求めて、食べ物の匂いに引かれ、ふらふらと右に左にと店を眺めて回った。

 もちろん、ラーソルバールやフォルテシアの試合は観戦したが、負けるとは思って居ないので応援もそこそこに食べ物を満喫している。

 美食探求の途中、屋台の前に立って好奇で目をキラキラと輝かせながら食べ物を選ぶエラゼルを見かけたが、当然声をかけられなかった。

(公爵家の令嬢には屋台は珍しいのかな?)

 自分も貴族の令嬢だという事を棚に上げて、面白いものを見たとばかりにシェラは笑った。

 恐らくは各地の料理を食べる事はあっても、庶民の味には馴染みがないのだろう。

(誤解されやすい人だけど、きっと悪い人じゃないんだろうなあ)

 先程対戦したばかりの相手だけに、少々興味が沸いた。


 あの強さの根本にあるのは、向上心。ラーソルバールを倒すため、恐らく本人も並々ならぬ訓練をしてきたのだろう。

 剣だけではなく、座学の方の成績もやはりずば抜けて良いらしい。たまに掲示される試験の結果など、全科目でほぼ一位を取っているのを見たことがある。噂に違わず、全てにおいて優秀なのだと感心せざるを得ない。

 そういえば誰かさんも何かの試験で一位を取っていたが、本人は気にしていなかったっけ。シェラは美食を片手に、ふと今年の出来事を思い出していた。

 明日は、きっとそんな二人の対決が見られるはずだ。

 エラゼルさんはそれを望んでいるに違いない。

 フォルテシアも、ガイザさんも邪魔したら二人に悪いよ。

 本人を目の前には言えないが、シェラは明日の決勝に思いを馳せていた。

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