(四)赤と白のドレス②
「それでは、皆様、ご歓談をお続け下さい。後程、ダンスの時間も予定しておりますので、ごゆるりとお楽しみ下さい」
デラネトゥス公爵が挨拶を終えると、会場から拍手が沸き起こった。
フェスバルハ伯爵のもとに戻ってきたラーソルバールにも、暖かい拍手が送られていた。
きまりが悪そうに、ラーソルバールは頭を下げてそれに応える。
「まあ、何と言うか……。今更驚く事ではないか」
呆れたようにフェスバルハ伯爵は笑った。何と言って良いやら、驚かされ慣れてきたような気がしないでもない。良いのか悪いのか、と自問した。
「しかし、エラゼル嬢は返り血を浴びたドレスで会を続ける気なのか?」
伯爵は壇から降りる公爵家の三人を眺めつつ、ラーソルバールに問いかけた。
「もうすぐ衣装変えのタイミングだから、このままでいいって言っていました」
「ふむ。変わった娘さんだな。………目の前の娘さんも大概だが」
「一緒にしたら、向こうが嫌がりますよ」
ラーソルバールは苦笑した。
「で、真っ赤なドレスだから分かりにくいかも知れないが、返り血はついてないのかね?」
「多分大丈夫です」
ドレスの端をつまんで、軽く眺める。
「あれだけの事をして、ドレスが無事だというのはどういうことなんだか」
「慣れない靴で色々と無理したもので足が痛いし、ドレスも動きにくいし、中身の方は散々ですよ」
頬を膨らませ、文句を言ってみる。
「そりゃあ、ドレスやそれに合わせる靴は着飾るものであって、動くと言ってもダンスくらいだ。戦うようにはできていないからな。私に言われても困る。文句があるなら選んだエレノールに言ってくれ」
「あぅ、それは無理です……」
言えば「動きやすくて美しい服を探しに参りましょう」などと良い口実を与え、連れ回されるに決まっている。
挙句、着せ替えて楽しむ魂胆だろうから、迂闊な事はできない。
「見たぞ、ラーソルバール!」
グリュエルが首を突っ込んできた。
戦いの様子を見て、武芸好きの虫が黙っていなかったのだろう。
「不謹慎かもしれないが、実に面白……いや、興味深かった。確かにあれなら盗賊の相手など楽なものだろうな。今度手合わ……」
「こういう武芸馬鹿は放っておいてだな。あまり無茶をするなよ。肝が冷えた」
間に割って入るようにアントワールが会話に加わる。
「まあ、なりゆきで……」
対照的な二人に詰め寄られて、さすがのラーソルバールもたじたじになった。
その後も無事に会は進んだが、皆が気を使ってか、ラーソルバールに近寄って来る気配はない。
近くに居る人々や通りがかる人が時折、チラチラと様子を伺う。
真っ赤なドレスが目立つという訳ではないだろうがが、会場の人々がしっかりとラーソルバールを認識しているのは間違いない。
「ダンスになったらお誘いが山のようにくるかもしれないぞ」
アントワールが冗談めかしながら笑った。
「それは面倒で嫌ですが、我々のような世代の人それほど多くないですよ」
「いや、少し年上でも、何かと接触しておこうという連中がいると思う」
そう言われてラーソルバールは渋い顔をする。
「それが嫌なら、殿下とでも踊ってるといい」
「……不敬ですよ、アントワール様」
どちらにしても面倒だ。どうせならばエラゼルに頼んで、そういう接触も断るよう手を回して貰えば良かったと、真剣に思うラーソルバールだった。
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