第33話 復讐の神官


 その日――降り注いだ流星を、多くの者が目撃していた。


 汗だくで畑を耕す農夫、舞踏会で酒杯を傾ける貴族、神に祈りを捧げる牧師、小さくも温かい食卓を囲む若い母親と小さな娘。


 世界を救いし英雄、伝説の勇者もまたそのひとりだった。


「ディーン。なにを見ているのですか?」

 

 城の豪奢な一室。

 夜風にあたりながら星空を見上げる青年、ディーン・ストライアは、凛とした少女の声に振り返った。

 

「流星を見たか? なかなか風靡な景色だ」

「いいえ。星など興味ありませんから」


 いつもと変わらぬ様子で、少女は淡々と答える。


「なにか状況に変化が?」

「イオナ・ヴァーンダインが敵の手に落ちた。まさか、あのイオナの【メテオ】を砕ける者がこの世界にいたとはな。長生きはするものだ」


「では、これからは《六人の勇者》とお呼びすればよいですか?」


 少女の辛辣な口調。だがディーンは口元を緩める。


「好きすればいい。だってあんたは、この国の王女なんだからな」


 白亜のドレスに身をまとい、光り輝くような美貌を授かりし少女。

 このグランダレム王国の第一王女レフィア・グランダレムが、勇者に近づいた。


「あなたがたを脅かす敵が現れた、という理解でよろしいですか?」

「脅かすかどうかは、やってみなければわからないな」


「この世界のすべては、私たちのものです」


 レフィアは冷たく鋭いまなざしで、眼下にある地上の光景を見下ろした。


「王女レフィア・グランダレムが命じます。立ちはだかるすべてを殺し、滅ぼし、根絶やしにしなさい」


 命じられるまでもない、とディーンは口元に深い笑みを刻んだ。


 でなければ、時代遅れの魔王から世界を継承した甲斐がない。

 ディーンは聖剣の柄に手を当てながら、あの神官のことを考えた。


 次に会うときまで、ぜひ生きてもらわなければならない。

 なぜならば、勇者とは、魔王を殺すために存在するのだから――


      △▼


 空の玉座は、誰かの帰還を待っているようだった。


 すべてが朽ちた城のなかに、俺たちは立っていた。

 俺とアージュにとっては、当然ながら初めて訪れる場所だ。

 だがシルファだけはちがう。

 なぜならここは、彼女にとって帰るべき『家』だったからだ。


 魔王城最奥――玉座の間。


 あちこちが崩落し、廃墟と化したこの城。

 ここが、シルファが俺たちを連れて来たかった場所だった。


「シルファ、ここが懐かしいか?」

「うん。でも……大丈夫。わたしは、レイズのそばにいられるだけで十分」


 そう答えたシルファの横顔には、一抹の寂しさが滲んでいる。

 なにも感じないわけはない。ただそれを見せまいとしているのだろう。


 シルファは気丈で優しい子だ。リザもそうだった。


「実は……前から考えていたことがある」

「なんだ?」

「わたしは……レイズが目的を果たしたら、いつかこの魔王城を再興する」

「え……」


 シルファの決意に、アージュも俺も驚いた。


 シルファは魔王の娘であり、魔族の王女だ。

 仲間たちすべての命と、種族の行く末を負っている。


 勇者の『種族浄化宣言』により生命を脅かされている魔族が、安心して暮らせる場所が必要だった。


 シルファなら、きっとできるだろう。

 それこそこの城ではなく、もっと大きな土地を治めることも。


「そのときは、俺も力を貸そう」

「わ、私も……できることをいたします!」

「ありがとう、ふたりとも」


 シルファはもう覚悟を決めている。俺と同じように。


「シルファ、アージュ……改めて、聞いてほしい」 


 これから起きることを、ここで宣言しておきたかった。

この魔王の玉座の前で。


「俺は、《七人の勇者》に復讐する」


 それがすべてだ。

 俺が生きる意味も、成し遂げたいことも。

 リザを殺し、そして今もなお新たな悲しみを生み出そうとしている元凶を、この地上から抹殺する。それを成し遂げなければいけない。


 たとえ俺が、レイズ・アデッドという存在から変わり果てようとも。

 俺はその結末を望む。


「すまない、アージュ。俺は君を巻き込んでしまった」

「いいえ……むしろ、レイズ様と共にいられて、私は幸せです。どうか、お手伝いさせてください。レイズ様のためなら……私はどんなことでも……」

「……ありがとう、アージュ」


 俺とアージュが不器用に見つめ合っていると、突然シルファが割って入った。


「アージュは、やっぱりレイズのことが好き」

「そ、それは……!」

「でも、わたしのほうがもっとレイズを好き。もちろん、アージュのことも嫌いじゃないけど」

「あ、ありがとう……ございます」


「だから、ちゃんと公平にレイズを分け合ったほうがいい」

「わ、分け合うとは……!?」

「わたしはもうレイズと夜をともにした。だから次は、アージュの番」

「!!」


 その物言いは、清らかな聖女にはひどく衝撃だったのかもしれない。

 アージュは耳まで真っ赤にし、しどろもどろになってうろたえた。


「わ、私は聖女であって……その……! 決して、そのようなことは……!」

「いらないなら、全部もらう」

「! そ、それはいけません! わかりました。で、では、私も……で、ですが、なにぶん初めて経験することなるの……」


「じゃあ、初めては一緒にやればいい。三人で」

「さっ……!?」


 アージュが助け船を求めるように俺を見る。俺はとくに考えもなく答えた。


「そうだな。三人でやっていこう」


 くらり、と傾いたアージュをシルファが抱き留める。

 なにやらふたりで仲良く盛り上がっている。彼女たちの友好関係は順調のようだ。


 俺は朽ち果てた巨大な玉座を見上げた。


 かつてここに座っていた者が、俺の胸のなかにいて、今も鼓動を続けている。


「お前の望みも、俺が代わりに果たそう」


 俺は自分の心臓に――魔王に対して宣言した。


 これまで癒してきた傷の分だけ、壊し続けよう

 これまで救ってきた命の分だけ、殺し続けよう。


 それが俺の果たすべき責任であり――たったひとつの生きる目的。



 神がやらぬのなら、魔王おれがやる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る