第31話 魂の牢獄
「そんな…………。嘘、よ……」
イオナは唇を震わせ、愕然と砕かれた流星を見上げている。
そして思い出したかのように俺の存在に気づくと、恐怖に染まった顔で、ふたたび攻撃魔法を詠唱した。
だが、なにも起こらない。
「え……?」
「驚いているようだな」
「な……なにを……あたしになにをしたの!?」
「目障りなお前の魔法を封じただけだ。俺が【オルタ・フォース】で弱体化できるのは、なにも発動した《魔法》や攻撃だけではない」
「なにを……言ってるの……」
「自分で自分の能力を見てみるがいい。伝説の魔法使いならその程度はできるだろう?」
俺が教えてやると、イオナは怪訝な表情でそれを確かめた。
直後、イオナが愕然とする。
「な、なによこれ……!?」
俺の頭の中にも、それはしっかりと浮かび上がっていた。
《クラス》
【魔法使い】
《スキル》
【戦闘経験】……無効
【無詠唱】……無効
【多重起動】……無効
【魔力増幅・冥】……無効
【天賦の叡智】……無効
【魔力解体】……無効
【魔法隠蔽】……無効
【理の創造主】……無効
《魔法》
【ヨタフレア】……使用不可
【ヨタブリザード】……使用不可
【ヨタサイクロン】……使用不可
【ヨタライトニング】……使用不可
【ヨタジオイド】……使用不可
【エア】……使用不可
【アビスウォール】……使用不可
【ワールド・エミュレーター】……使用不可
【メテオ】……使用不可
【詳細不明】……使用不可
【詳細不明】……使用不可
……
イオナの持つすべての《魔法》および《スキル》が、封印されていた。
「俺は、お前の能力そのものを弱体化した」
「あ、有り得ないわっ!」
「なら試してみればいい」
「くっ……! 【ヨタフレア】っ!」
イオナは殺意に満ちた形相で俺に手を向ける。だがなにも起こらない。
その手からは、わずかな火の粉すら生じることはなかった。
「なによこれなによこれなによこれぇえ……!? そ、そんなの……嘘よ! あ……あたしの、あたしの偉大なる才能が……!!」
俺はもはや聞くに耐えず、イオナに【オルタ・キュア】を発動した。
その肩の肉が弾け、鮮血が飛び散る。
「がっ……! あ、あたしには万能の防御スキルが……!?」
「言ったはずだ。お前の能力そのものを弱体化したと。もはやお前は、魔法使いですらない。ただの無力な人間だ」
俺はわざと照準をずらし、【オルタ・キュア】を連続で放った。
イオナの身体が鞭に打たれるように跳ね、その度に血飛沫が舞い、魔女の帽子とローブが無残に斬り裂かれる。
弱い、弱い……弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い……。
「お前の力など、比べるまでもない」
気づけばイオナは血まみれになり横たわり、痙攣していた。
すでに雌雄は決していた。
俺が無言で見下ろすと、イオナは這いつくばって必死に逃げ惑う。
「や、やめて!! 降参……降参するわっ!」
血と涙と鼻水に顔面を汚しながら、イオナが懇願する。
すでに先刻までの余裕や優雅さは欠片もない。
醜く生にしがみつくだけの女だった。
「降参だと? いったい、だれに向かって言っている」
「だからそのっ……と…取引しましょう! あ、あたしは《七人の勇者》のことをよく知ってるわ! あんたに有用な情報を提供できるわよ!? な、なんなら、あんたの仲間になってやってもいいわ……!!」
俺が手を上げると、ひっ、とイオナが悲鳴に喉をつまらせる。
「や、やめて……殺さないで…!!」
「だれが素直に殺すと言った」
「…………え……?」
「言ったはずだ。俺は、お前のすべてを奪う、と」
イオナはなにを言われているのかわからず、呆然としている。
「俺はお前の意思を殺す。お前の自由を殺す。お前の希望を殺す。お前の過去を殺す。お前の今を殺す。お前の未来を殺す。お前の快楽を殺す。お前の幸福を殺す。お前の幸運を殺す。お前の安息を殺す。お前の眠りを殺す。お前の目覚めを殺す。お前の富を殺す。お前の利益を殺す。お前の夢を殺す。お前の人生を殺す。お前の存在を殺す。お前の命以外のすべてを……殺す」
イオナは震え上がり、後ずさる。
その顔に広がっているのは、完全なる未知に対する恐怖。
「先ほど教えたことを覚えているか?」
「な、なにを……」
「【レクイエム】で魂を完全に救済するには、その対象を癒した経験が必要だ、と」
「だから……なによ……」
「これは魂に安息を与える力。安息の反転がなんなのか、存分に想像するがいい」
イオナの顔に、ゆっくりと驚愕と混乱が広がる。
「いや……いやいやいやいや!! お願いやめてやめてぇ!!」
俺はイオナの顔を掴み、身動きを止めた。
「ぎゃっ……!」
俺の反転魔法の中で唯一、これだけは直接触れなければ使うことができない。
そしてもっとも重要な条件は、すでに満たされている。あのときイオナが勝ち誇ったとおりに。
その対象を癒したことがある、という条件を。
「お前のすべてを、俺が書き換える」
指の隙間から覗くイオナの瞳に、絶望が満ちる。
「お前の意識と魂を、肉体から切り離し、封印する。お前は、俺に隷属する人形の中に永遠に閉じ込められる。だが安息はないぞ。俺はお前を道具として使い続ける。四肢が千切れようと臓腑が焼き尽くされそうと、何度でもお前を再生する」
それが俺の復讐。
死など生温い。
与えるべきは、死を超えた永遠の地獄。
「お前は未来永劫、人形の中でその苦しみ味わい続ける。リザを殺した罪を、これまで殺した者に者たちのことを、永遠に懺悔し続けろ」
「いや……やだ……やめて……いやいやいやぁ! やめてやめてやめて、やめてぇえええええええええええええええええええええええ!!」
俺は慈悲などなく、イオナに反転魔法を発動した。
「【オルタ・レクイエム】――お前の魂に永遠の地獄を」
雷撃に打たれたように、イオナの身体が跳ね上がった。
俺が手を離すと、イオナは力なく地面に倒れ、ぐったりと横たわる。
《魔法》を行使した結果がいかなるものか、確かめるまでもなくわかっていた。
「起きろ、人形」
俺の命令とともに、イオナが――正確には、さきほどまでイオナだったものが、パチリとまぶたを開いた。
すっと身を起こすと、俺に向かって直立不動で背を伸ばした。
「はい。ご命令を、ください」
一切の感情が消えたイオナの瞳。
これは、魂と肉体が分離した人形だ。
イオナはこの人形のなかで、生きていたときとまったく同じように、すべてを知覚し続けている。痛みも苦しみも、熱さも冷たさも、恐怖も屈辱も。そのすべてを味わいながら、本人はなにひとつ抗うことはできない。
これは人形であり、未来永劫の牢獄。
終わりのなき絶望を与え続けるための処刑台だ。
「クク……ハハハハッッ!! アハハハハハハ!! クハハハハハハハっっっ!!」
俺は全身の血がたぎるままに叫び続けた。
この世界に対して、俺がここにいることを、ひとつの復讐を成し遂げたことを、高らかに宣言したかった。
ようやく、ひとつの決着がついた。
だが、まだ終わりではない。
俺が地獄をもたらすべき存在は、まだこの地上にいる。それを果たすまで、この血を満たす激情が冷めることは決してない。
俺の復讐は、まだ始まったばかりなのだから。
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