世界最強の復讐神官 〜神に仕えし者、魔王の力を手に入れる〜【web版】

来生 直紀

第1話 反転の神官《ヒーラー》

 まずが斬り飛ばされた。


「おおっと! うっかり神官様の腕を斬っちまったぜ!」


 髭面の兵士が大仰に叫び、それを見た仲間の兵士たちも耳障りな嗤い声を上げた。


 整然と並ぶ長椅子。虹色のステンドグラス。そして白き聖母像。

 ここは、小さな村にある寂れた教会だ。


 俺の目の前で、兵士たちはうずくまる女性を取り囲んでいた。

 そのボロ切れのような服から覗くのは、色素の薄い青白の肌。両のこめかみからは、一対の短い角が生えている。


 人間ではなく、魔族だ。


 おそらくどこかで人間に捕まり、この教会に連れ込まれたのだろう。

 断罪、処刑――聞こえてきたのはお決まりの言葉。魔族狩りなど珍しくもない。

 たとえ、それが身重の母親であってもだ。


「お、お願いです……どうか、この子だけは……」


 魔族の女性が膨らんだお腹をかばうよう伏せ、怯えながら懇願する。髭面は兵士はそれを一瞥すると、汚れたブーツで彼女の頭を踏みつけた。


「うぜえんだよ! 魔族が一丁前にガキなんて作りやがってよぉ! てめぇらはなぁ、人間様の家畜なんだよっ!!」

「魔王はもう死んだんだよ。《七人の勇者》様の手によってな!」

「ひひゃははははは!!」


 魔族の女性は必死にお腹の赤ん坊を守り続ける。

 切断された俺の腕からは、ボタボタと血が流れ落ちている。


「おい、立ったまま失神しちまったのか? こんな人外をかばって災難だったなぁ」


? なんのことだ」


「……なに?」


「たかが腕の一本で騒ぐな。やるなら、ここを狙え」


 俺は髭面の兵士に言い、残った左手で自分の首元を示した。

 男の顔に混乱と、わずかな恐怖が浮かぶ。


「イカレ神官が……。ならお望み通り死ねよッ!!」


 困惑を怒りで上書きした髭面が剣を振りかぶる。


 直後、俺の首は斬り飛ばされた。


 衝撃のまま身体が教会の床に倒れこみ、女性の悲鳴と兵士たちの歓声が上がる。

 だが間もなくして、それらは沈黙に変わった。



 【不滅者】:自動発動。欠損部位を再生開始。所要時間、0・8秒

 


 


 暗い魔力の煌めきが、俺の全身と切断された肉体の一部を包み込むと、右腕と頭部が瞬時に再生・復元された。


「『神は天に在りし、全て世は事も無し』――」


 兵士たちが、ぴたりと動きを止めていた。

 まるで息をすることすら忘れたように、ゆらりと立ち上がった俺を、限界まで見開いた目で凝視している。


「ひっ――」

「ば、バケモノ……!!?」

「てめっ――に、人間じゃねぇのか!? さてはてめえも魔族か……!!」


 兵士たちが一斉に臨戦態勢をとる。腐っても軍人だ。髭面の兵士は歯を剥き、もう一度俺に向けて、王国制式仕様のロングソードを振り下ろした。

 人差し指をかざす。

 そこに触れた刀身が、砂のように溶けて崩れた。


「は、はぁ……!? なにがどうなって――」

「ふたつ教えてやろう。ひとつ、俺は人間だ。ふたつ、俺がここに来たのは、お前たちを殺すためだ」

 俺は兵士たちの右腕に意識を向け、【オルタ・キュア】を発動した。


 途端、全員の右腕が爆発した。


 骨ごと粉微塵に砕け、飛び散った体液が教会の壁を赤く染めた。

 いくつもの耳障りな悲鳴が響きわたる。


「たかが腕の一本で、騒ぐな」


 血まみれで転げのうたち回る兵士たち。その光景を魔族の女性が呆然と眺める。

 片腕を失った兵士たちが、死に物狂いで教会の出口へと逃げ出した。

 だが、ことごとく扉に跳ね返される。


「な、なんで開かねぇ……!?」

「硬ぇ……まるで鋼鉄みてぇになってやがる……!! お、おい! なんだよ、どうなってんだよこれぇ!?」


 無我夢中で扉を叩く滑稽な兵士たちの背後に、俺はゆっくりと歩み寄った。


「俺の反転魔法【オルタ・フォース】は、この世界の森羅万象、あらゆる存在を弱体化する。今のお前たちの力は、赤子同然だ」


 ふと教会の端に置かれた小さな燭台が目に入る。炎も悪くないだろう。

 俺は【オルタ・フォース】で教会中の耐熱性を奪い、炎を増幅。

 

 一瞬で辺りが業火に包まれる。

 

 急激に熱された空気で、教会のステンドグラスが内側から砕け散った。

 肌を焼く熱気も、むせ返るような血生臭さも、俺にはただ心地がいい。


「ククッ……」


 苦痛と恐怖に支配された兵士たちは、もはや悲鳴すら上げられない。そんな彼らの代わりに、俺は腹の底から込み上がる愉悦の衝動に身を任せた。


 ああ……主に感謝を捧げよう。

 今もまたこうして、俺に正しき復讐の機会を与えてくれたのだから。


「さあ、好きなだけ神に祈れ」


 血と煤まみれで、必死に鋼の扉を叩く兵士たちに、俺は厳かに告げた。


「どうした。なぜ祈らない? それとも祈りの言葉すら忘れたのか?」

「畜生っ!! お、オレたちは勇者様の兵士だぞ……!?」


 涙と唾液と鼻水にまみれた髭面が、目を血走らせて吠える。


「人間以外の家畜どもは皆殺しだ! それが、世界を救った《七人の勇者》様のお言葉なんだからなぁっ! ひ、ひひっ!」


「なら、なぜ俺の妹を殺した」

「は……はぁ……?」

「なぜだ。答えろ」


 俺の問いに、男は戸惑いを見せる。

 知っているのならば答えてほしかった。


 なぜだ。なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ――


「お、オレはお前の妹なんか知らねぇ……!! テメェ、神に仕える身でこんなことをして許されると思ってんのか!?」

「そうだ。主はなにもしてくれない。だから――」


 俺は髭面に向かってを手をかざし、宣告した。


「神の代わりに、俺がお前たちを殺す」


 兵士たちはひとり残らず、炎の燃え盛る教会のなかで絶命した。


 その断末魔がこれまで失われた命の鎮魂歌になれと、俺は祈った。

 それが神官としての、せめてもの責任だったからだ。


      △▼


「レイズ、大丈夫?」


 気を失った魔族の女性を抱えて教会を出ると、シルファが俺を待っていた。

 人間とは異なる深紅の瞳が、俺を不安そうに憂いている。


「ああ。問題ない」

「待って、レイズも怪我してる」


 シルファに言われ、俺は自分の頬に触れた。ガラス片で切ったのか、わずかに裂けて血が出ている。


「大丈夫だ。俺には……治癒は必要ない」


 その言葉通り、頬の傷はまたたく間に閉じ、元通りになる。

 そうだ。俺に必要なのは癒しではない。破壊と殺戮だ。

 

 これまで癒してきた傷の分だけ、俺は壊し続ける

 これまで救ってきた命の分だけ、俺は殺し続ける。

 

 なぜなら、それが俺の――



《七人の勇者》に復讐する、俺の使命なのだから。


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