どこにでもある話
虎之介
第1話 静かな朝
静かな朝。誰にも邪魔されない清く美しい朝。
目を開けると左の端からまぶしい青色の光がもれている。青空を見るのは一か月ぶりだ。今年は三月の中頃から異例の悪天が続いていて、年度の初めだというのに世間には重たい空気がまとわりついていた。上半身を起こして外の様子をうかがおうとすると肩から指先にかけて身震いが伝い、くしゃみが出る。昨日の夜、確かにもぐりこんだ記憶のある毛布が見当たらない。深呼吸をして外を見るとごみ収集車がゴミ臭そうなエンジン音を立てて近づいてきていた。とっくに雨に散らされた桜の木に白い太陽の光が当たっている。太陽は向かいの家の軒下からまぶしく顔を出している。久しぶりに見る光景。いつもの時間だ。
ベッドから足を出して今日初めての一歩を踏み出す。この時期の朝、フローリングの床はまだひんやりとしていて足の裏にやさしく刺さる。少し瞼が軽くなる。それでもまだ眠気のする僕は早くコーヒーを飲もうと一階に降りる。
シンクの反対側の壁。電子レンジ右隣のトースター、のさらに右にある電子ケトルにはもう水が四百ミリリットル入っていた。いつの水だか知らないけれど面倒だったからその水をそのまま沸かす。ケトルの脇にガラスの瓶に詰め替えられたインスタントコーヒーが置いてある。僕はコーヒースプーンすりきり三杯分を専用のマグカップに移す。専用カップと言っても特に特徴はない。白くて、三百五十ミリリットルくらいは入りそうなくらいに大きいことだけが特徴の僕のマグカップ。
今日は静かな朝だと思った。誰にも邪魔されずに過ごす朝は素晴らしい。突然、誰かの舌打ちの音がした。違う。電子ケトルのお湯が沸騰してスイッチが元に戻った音だ。それを聞いて僕はケトルを手に取り、白いカップに湯を注ぐ。座るのも待ちきれない僕は歩きながらコーヒーをすすり、リビングのソファに腰を下ろす。
テーブルにカップを置こうとすると物が邪魔で空いている場所がない。
「まったく、誰だテーブルの上に毛布なんて置くのは……」
これは僕の毛布だ。昨日、寝る時に羽織っていた毛布。その上にメモ用紙が一枚。
――起きる気配がなかったので毛布を取り上げておきました。 母
コーヒーを一気に飲み干す。いつも通りに濃いインスタントコーヒーはいつもと同じように苦くて思わず眉間にしわを寄せる。いろんな言い訳が思いついては消え、思い浮かんでは消え。カフェインのせいかもしれない。
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