JD-160.「謎多き巨体」



 兵士たちが多大な犠牲を払って倒した巨大ガエル。その現場の確認をしている最中に出会ったのは……番と思われる小さめのカエルだった。

 小さめといっても、あくまでも倒れている方と比べて、だ。


「舌がまた生えてる……」


「随分と威力はありそうですわね」


 俺の手にした聖剣に切り取られ、地面で暴れているのは赤黒い色をした長細い物……目の前の巨大ガエルの舌だ。だというのに、相手の口元には切り取られた跡の残っていない舌が揺らめいていた。

 あの瞬間に再生したのか、あるいは……2本以上あるか。なんとなく、後者かな。


『ゲコッ』


「なるほど……全部食べてるのか』


 一鳴きした巨大ガエルの口元に、誰かの落とし物であろう槍がつまようじのようにあるのが見えた。こいつは……一緒に食べてしまったのかは別として、金属類も食う。


「!? トール、ゴブリンとオークが沸いてきたわ!」


「邪魔はさせないのです! いっけぇええええ!!」


 いつの間にか接近していたことに誰も気が付かなかったのか、視界に現れた見覚えのある姿。普段ならなんということはない相手だろうけど、今の状況では無視するわけにもいかないし、かといって対処にも限界がある。


 ニーナが叫んで生み出した土壁が一時的に周囲を押し流すようにして押し込んでいく。地面がえぐれてしまうのでよろしくない形ではあるけれど、今は非常時だ。俺たちと、既に倒されている巨大ガエルやゴブリンの死骸がある場所を空白として、外周部分が一気に土壁に覆われた。


「ルビー、フローラと一緒に他の奴らを頼む!」


「任せなさい。たくさんひっかきまわしてあげるわ」


「よーし、いっくよー!」


 叫びながら、俺は貴石解放を次々と行っていく。本当は直に差し込みたいところだけど敵は目の前だ。今は時間が惜しい。5人が光に包まれ、大人サイズになるのと壁の一部が崩れたのはほとんど同時だった。

 ルビーとフローラは壁を飛び越えるようにして行き、周囲に現れた他のモンスターの退治に向かった。


「っと!」


 隙間から迫るのはまるで伸びる棒のように迫る何か細い物。ついさっき切った物とほぼ同じ、奴の舌だ。

 学習能力が無いというべきか、多少切られてもなんとかなるということなのか。

 姿勢が悪く、斬ることができずに回避に専念した。


「ぬめってるのです。特殊プレイです?」


「ジルはご主人様以外は嫌だよ?」


 あからさまにぬめり気を帯び、壁の向こうに引っ込んでいく際にも何か液体を落としていく舌に俺も顔が少し引きつるのがわかった。色々な意味で直撃はごめんだな、そう思う光景だ。

 隣にラピスを連れ立って、ついには崩壊し始めた壁を越えてくる巨大ガエルを睨む。


「ラピス」


「ええ、まずはお試しですわね」


 カエルといえば冬眠する生き物である。何は無くとも、冷気で勝負だ。巨大ガエルの脇を越えてこようとするゴブリンごと、ラピスの手から放たれた青い冷気が巨大ガエルに襲い掛かる。

 そこにだけ極寒が召喚されたかのような冷気が巨大ガエルを襲い……表面を白が覆う。


(やったか!?)


 この世界に来る前、どうしてこういう時に人はこの台詞を叫ぶのか不思議だった。けれど、実際にその立場になってみればよくわかる。思わず言ってしまうのだ。今回で言えば、ラピスの放つ力に自信があるからこそ……なんとか思うだけにとどめたけれどね。


『ゲロオ!』


 残念なことに、凍ったのは表面だけだったようで暴れる巨大ガエルの周囲に薄い氷が飛び散ってしまう。それでもかなり冷えたはずだけど、動きが鈍くなる様子は見当たらない。両生類じゃないのかな?

 周囲に飛び散った氷、そこには巨大ガエルの体表も含まれているのかちょっと色が変だ。


「芳しくありませんわね」


「随分とタフなのです。でも……なんだか気になるのです」


「背中、光ってる」


 周囲でルビーとフローラの放つ炎や風の音を聞きながら、近づいた巨大ガエルの姿は少々異常だった。

 表情は怒りに染まり、その背中がほのかに白く光って靄のようになっている。そこに何かがある……のかな?

 その時、胸元で何かが音を立てていることに気が付いた。周囲のゴブリンたちの攻撃や、巨大ガエルの舌を避けつつもそちらに視線を向けると、土偶からもらった計測器が巨大ガエルの方を指し、針が点滅している。


「3人とも! あいつ、何か貴石術を使ってる」


「ならその視界を封じるのです。オニキス……出番なのです!」


 飛び上がり、間合いを取ったニーナが何やらポーズをとると、その腕の中に夜が産まれる。最初はテニスボールぐらいだったそれは瞬く間に大きくなり、巨大ガエルの顔ぐらいの大きさになっていく。

 重さが無いのか、そのままニーナの手から投げられたそれは巨大ガエルに直撃し……何やら液体のように顔に張り付いた。


「成功なのです! 見えてないはずなのです」


「あたっくちゃーんす」


 やや気の抜ける掛け声ではあるけれど、ジルちゃんの言うように攻め時なのは間違いなかった。巨大ガエルを囲むようにして、俺たちはそれぞれに相手に肉薄してその柔らかそうな体に刃を振るった。

 予想通り、あっさりと沈んでいく聖剣。豆腐を斬るかのようにあっさりとしていた。


『ゲロゲロ!!』


「下がって!」


 何度目かの斬りつけの後、聞こえた声に俺は相手の反撃の意志を感じた。3人とも俺とほぼ同じくして咄嗟に後ろに下がると……巨大ガエルの足元から何かが噴き出てきた。どう見ても水か泥のような物だ。

 ここに水源があったとは思えない。ということは巨大ガエルが自ら生み出したのだ。

 そしていつのまにか周囲を固めるようにゴブリンゴブリン、ゴブリンの壁だ。


「見えてなくても暴れるぐらいはできるよな、そりゃ」


 巨大ガエルはそこそこ頭がいいらしい。俺たちに攻撃が当たらない、見えないとなるや自分からは動かずに自分自身を包むように有利な場所を作り出したのだ。

 でも、だったらやることを変えるだけ。こちらも近距離で戦わなければいいのだ。


「遠距離から集中させるよ」


「了解なのです!」


「びゅんびゅん発射」


 巨大ガエルを水晶のような刃が襲い、岩で出来た槍が襲い、俺の生み出す不可視の刃も襲い掛かる。

 周囲のゴブリンを一緒に巻き込み、巨大ガエルに力が突き刺さる。たまらず口を開いたところに迫るのは……。


「あらあら、隙だらけですわよ」


 特大の氷柱を生み出し、串刺しにするように口元に撃ち込んだラピスの力だった。電信柱のような太い氷柱が一気に迫り、それはここまで音が聞こえてくるような勢いで巨大ガエルを口元から貫いた。

 故意か偶然にか、それはそのまま後ろまで貫いたようだった。


「……あら? 思ったよりいい感じに刺さりましたわね」


 巨大ガエルはわずかな痙攣の後、そのまま地面に倒れ伏した。俺達の見守る中、背中の何かは氷が解けるようにして地面へと流れていった。後に残るのは最初に見たような何かがはまっていた跡。

 目の前で見た俺には……それが水晶獣たちの気配と同じように思えてならなかった。


 もやもやした気持ちを抱えながらも、周囲の掃討に移っているルビーたちに合流するべく、駆け出すのだった。

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