JD-158.「憂いの狼煙」



「どこを向いてもゴブリンだらけなのです!」


「ちょっとこれは厳しいんじゃないの?」


 森を進んでしばらく、最初の内は問題なく討伐を進めていた俺たちだけど……状況はあまりよろしくない。

 なんだか、敵をなぎ倒すゲームで囲まれ始めてる感じに近いね。見えている相手を倒すことはできているけれど、かなり気配は濃い。俺達が6人ということもあり、だんだんと囲まれているのを感じていた。


「マスター、一度下がりましょう。予想以上に数がいますわ」


「ゴブリン風呂……時々オークもいるよ、テテン」


 本当の俺の知識からのネタなんだろうか?と思うようなジルちゃんの言葉に脱力しかけるも、ラピスの言う通りなのでゴブリンを倒しつつも一度街道沿いに戻るべく後退を始めた。飛び上がってもいいのだけど、どこまで追いかけてくるのかも確認しておきたかったんだよね。

 森を焼き払ったり、でこぼこさせていいというならもう少しやりようがあるけれど、後が大変だ。


 ゴブリンたちの強さ自体はそうでもないため、冒険者が100人並ぶ、なんてことになればなんとかなりそうではある。今は俺たちだけだからそれは無理なんだけどね。

 これだけの数なのに、街道には出てこないというのはやはり街を覆い、街同士の街道に影響を与えるという結界の問題だろうか? 

 なんとなくだけど、街道に囲まれた中にひしめき合うモンスター、なんていう図を思い浮かべた。


 木々の密度が薄くなり、街道が近いと思わせた時……急にゴブリンたちの動きが変わった。


「? なんだろう、急に向きを変えたよー?」


「この音は……援軍?」


 まだこちらに向かってくるゴブリンも多いけれど、後ろの方にいた奴らが俺たちじゃない方向に走っていくのが見える。トスタの街から冒険者の援軍か何かが来たんだろうか?

 近づいてくる残りのゴブリンをひとまず倒し、6人で一気に街道まで抜ける。

 ゴブリンが向かい、音がしている方向を見ると……武装した集団がいた。


(似たような装備……あれ、もしかしてお姉さんの言ってた国の討伐部隊か?)


 俺達は国の関係者と言える相手はヨーダ将軍ぐらいしか知らない。むしろ普通の冒険者にとっては知ってる人がいるというだけでも十分かもしれない。

 見える範囲でも50人ぐらいはいそうな兵士達は、綺麗な陣形を組んだ状態で森から出てきたゴブリンたちを討伐し始めている。


 こちらにもこないかを警戒しながら後ろを通り過ぎようとすると、後方に待機していた中からこちらに歩いてくる男が数名。一人、装備が他と違う人が混ざっている……厄介事の予感だ。

 俺はラピスとルビーに目配せし、みんなを俺の後ろに下がらせる。大体、こういうときには何かと問題が降りかかってくるものだと相場が決まってるよね。


「何者だ」


「何って……冒険者ですけど……」


 色々と想定はしていたけれど、まさかそこを問われるとは思わなかった。兵士じゃなくて、森に行っていたなら冒険者しかありえないと思う。まさか街の人が無防備にやってくるような場所じゃないしね。

 随分と若そうな……たぶん、ヨーダ将軍の護衛についていた人よりもさらに若い。たたき上げというには若すぎるような気がするね。


「そんなことはわかっている! 何をしていたかを問うているのだ!」


「ゴブリンの討伐ですけど、いけませんでしたか?」


 俺たちとしては石英だけでよく、ゴブリンの討伐部位は集める必要はなかったのだけど、全く集めていないというのも問題になりそうだったので適当に集めておいた耳を入れた袋を掲げて見せる。

 それの何が気に入らなかったのかはわからないけれど、苛立ちを隠せないように相手は舌打ちをしてきた。

 気分はよくないけれど、かといってこちらから何かをするシーンでもないので相手の反応を待つ。


「ならば行け。これより軍による作戦が開始される。森にいると巻き込まれてもしらんぞ?」


「わかりました。ゴブリン風呂に溺れないようにご注意くださいね」


 ゴブリン風呂だと?等というつぶやきを背中に聞きながら、そそくさとみんなと一緒にその場を立ち去った。

 どこにでもああいう人はいると思うけど、あんなに周囲に感情を向けてて疲れないのかな?


「珍しいじゃない。アンタがあんな皮肉なんて」


「お近づきにはなりたくない感じだったからね」


 こっそり焼いちゃえばよかったかしら、なんて呟くルビーに苦笑しながら街道をトスタの街へ戻る。本当なら奥地の状況を確認したかったけれど、あの様子では下手に森で遭遇したら話がややこしくなる。

 邪魔をするのか、なんて難癖つけられてはたまらないからね。


「誰かの貴石が原因ではなさそうですし、無理に行く必要もないのです!」


「何があるのかは確かめてみたいですけれど……あの数では面倒さが先に来ますわね」


 疲れたようなラピスのつぶやきに、みんなして頷いている。さらにあの奥にはオークの集団がいるだろうし、きりが無いね。稼ぐにはありかもしれないけど、労力に見合うかどうか難しいところだ。

 そういえば野犬が少ないな、なんてことを思いながら俺たちはトスタの街に戻る。




「あ、トールさんたちに戻られましたか。途中で軍に出会い……ましたね? あの人数なのでしばらく森はやめておいた方が良いと思いますよ」


「ああ、だから他の人もいるわけですか」


 受付のお姉さんに一応報告に行くと、ギルドの中には暇そうな人や、いらだつ人など思ったより人が多い。

 駆け出しっぽい人がいないのは、そのぐらいなら草原でも経験が積めるからだろう。そう、ここにいるのは森で稼いでる面々なのだ。


「出来れば森はあまり荒らさないでほしいんですけどね。解決の方が優先だ、と言われるとこちらとしては……」


「しばらくはのんびり過ごしますよ」


 そうしてください、と言われた俺はそのままみんなのところに戻り、以前泊まった食事処もある宿へと向かい、ひとまずの夜を過ごすことにした。

 特にこれといったことはなく、久しぶりの再会と食事に楽しい気分を取り戻しながら夜を過ごし……翌日。


 ギルドに向かった俺達が聞かされたのは、軍による作戦の結果……原因らしきものは取り除かれたが、被害も甚大だという話だった。

 なんと、半数以上が重傷を負い、治療を受けているというのだ。死者も少なからず出ているらしい。


「追加の調査次第では、森へ向かう依頼の制限も必要かもしれませんね」


「でもそのままだと何年か後に困りますよね?」


 前に装置の入れ替えの際に起きた戦いを思い出して口にすると、お姉さんもそうなんですよねーと突っ伏すようにして答えてくる。

 まあ、俺が予想がつくぐらいだ、お姉さんにとっては百も承知ってやつなんだろうな。


「なんでも、普通の3倍ぐらいの大きなゴブリンもたくさんいたとか。興奮した兵士の話なんで誇張されてるとは思うんですけどね」


「3倍……怖いですね」


 確かにある程度誇張されてるとは思う……というか思いたい。けれど俺は大きくなってしまった例を知っている。同じ状況とは思えないけれど、何かが起きていたのは間違いないみたいだった。


「こっそり飛んでいきましょ」


 席に戻って来た俺からの説明に、最初に口を開いたルビーはそう言った。確かに……こうなったらそれしかないか。

 何が地上で待ってるかは不安が残るけど、その時にはみんなを貴石解放して時間を稼いでまた飛び立とう。


「森の奥に……冒険者達は謎の遺跡を見た……とかあるかな?」


「きっとあるよー。ボク、頑張っちゃうよ」


 ある意味、とても助かるマイペースなジルちゃんとフローラの掛け合いに、俺達は思わず微笑むのだった。




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