JD-014「お仕事再開」
唐突に浮上する意識。目を開くと、見慣れてきた天井。 立てられてからの年月を感じる木の天井だ。
木造の建物だと落ち着くのはなんなのだろうか。住んでいたのは普通のコンクリートマンションなのにね。
まだ少し眠い頭を覚ますように、適当にベッドの上で柔軟を行う。この世界に来るまでこんな起き方はした覚えがない。
大体は時間に追われてバタバタした生活だった気がする。それだけ健康的な生活が癖になったということなのか、あるいは体が健康を取り戻したからなのか。
寝ぼけ気味の頭はそんなことを考えてしまう。
まだ寝ている2人を見ながら、1つだけある窓へと向かい、それを開く。
と同時に部屋にわずかに流れ込む朝の空気。今日はあまり風が強く無いようだった。
遠くの山にはもやがかかり、それを追いやるかのように太陽の光がこの街と外の世界を照らしていく。
壁に立てかけておいた聖剣を手に、着替えるべくクローゼットへ。収納袋が手に入ってから、元の服は全部そちらに詰め込んだ。
今はトスタの街で買った服一式だ。汚れてもいいようにという色の濃いズボンに、動きやすい長そでシャツ。
後は大きな傷のついていない革鎧などを身に着ければ準備完了だ。
「さてと……」
2人を起こすか、と思った時にラピスが寝ているであろうベッドに動き。
見惚れるような少女が寝ていた猫が起き上がるように伸びをする。
「おはようございます。マスター、お早いですわね」
「いや、俺もさっき起きたところさ。寒かったかい?」
やや乱れた寝間着のラピスを直視しないようにしながらの問いかけにラピスは視界の中で小さく首を振り、ジルちゃんを起こしにかかる。
この後に始まるであろう着替えを見ないように窓の外を向く。
きっとまじまじと見ても怒られはしないだろうけど、ちょっと気恥しいよな。
いい年してガキ臭い、と言われるかもしれないけれども。
そして起きてきたジルちゃんとそろって食事のために1階へ。ニッパからとったという出汁を使ったスープ等を味わい、今日からは仕事というか討伐を再開するためにギルドへ。
魔王のような物は今のところいないようだけど、魔物達の幹部の様な奴らは早めに倒さないときっとまずいのだろう。
その手掛かりを得るためにも、今は強く、そして稼がなければいけない。
ほとんどの人がまだ外に出ていない朝の時間。これが昼間ともなればにぎわうであろう大通りを進み、ここだけは既に賑わいを見せるギルドの扉をくぐると、それなりに集まる視線。
それらの多くはまたすぐに外れたが、いくつかは注がれたままだ。
それぞれが自分たちの受けた、あるいは受けようとする依頼のほうが大事なのだ。
その中でも俺達がどんな依頼を受けるのかを気にしてる人らの視線であろう。
「おはようございます。今日からはまた頑張りますよ」
「はい、おはようございます。トールさん、良い顔してますよ。
これならご紹介できそうですね。トールさん、前に薬草のギヨモを納品した薬師さん覚えてますか?」
笑顔の後、こちらをじっと見て来たお姉さんは満足した様子で問いかけてきた。
ギヨモの納品先……ああ、確か……結局、ヨモギそのものかよって心の中で盛大につっこんだ覚えのある依頼のお爺さんだ。
「あのおじいさん? 村から出て来てるっていう」
話によれば、村にお金や結界用の石英を持ち帰るためによりポーションを売りやすい街に出稼ぎに来てるのだとか。
結構な歳だろうに、大変なことだと思う。
「そうです。あのおじいさんが一度村に戻るそうで、よかったら護衛依頼を受けてみませんか?」
依頼料が安めなので、ベテランほど受けないし、駆け出しには少々きついかもしれないとお姉さんは補足する。
少し森に食い込むような形で作られており、村はともかく道中の襲撃が怖いパターンだ。
ほぼ常駐の形でとあるパーティーが1つ、村の護衛をしているらしい。
何事も無ければお手軽な依頼だけど、いざという時には割に合わなそう、というわけだ。
横にいるラピスとジルちゃんを見ると、ニコニコと、まあジルちゃんはいつもの無表情だけどそれでも微笑んでるのがわかる。
「いいですよ。受けます。おじいさんのところに行けばいいですか?」
「ええ、細かい打ち合わせはそちらで。ではよろしくお願いしますね」
ポンっと、依頼受領のハンコを押してもらい、目的地へと向かうべくギルドを出る。
(ううむ、どうもニッパ事件以来、お姉さんが鋭いというか、ツッコミが多いな)
道すがら、そんなことを考えてしまう。例のニッパ大量討伐から、お姉さんは俺達の実力をある程度把握しているとみていい。
買取は相場もあるので調整してほしいが、討伐数はゴブリン以外は大体でもいいからちゃんと申告してほしいと言われているのだ。
そりゃ確かに、倒し過ぎた場所ではゴブリンなどの一部を除いて、一時的に少なくなるからね、気持ちはわかる。
こうして余分な心配をされなくなったという点ではありがたいことだけど、隙があると運搬の依頼を紹介してくるのは少し困った物である。
「おはようございます」
「ん? おお、君かね。引き取り、ではなさそうということは護衛を受けてくれたのかね」
既に部屋の隅に旅支度を終えているおじいさんが元気な声で答えてくる。
いつもの俺なら布袋にギヨモを詰め込んでくるからすぐに分かったんだと思う。
言われてみれば、一時的にせよこの場所を離れるからか、すっきりと片付いている。
「ふふ、私も歳だからね。次に来れるとは限らん。だから毎回しっかりと片づけていくのだよ。変かね?」
「おじいちゃんはまだ元気、だよ?」
「そうですわ。まだまだ現役でいてくださいませんと」
やや力なくつぶやくおじいさんに、2人が駆け寄って励ましの言葉をかける。
俺としても、結構な量のポーションを定期的に作り続けるおじいさんには何かこう、プロの職人へのあこがれのような物を感じているのだ。
「どうせならこっちに来るときも俺達が護衛できるといいですね」
だから、そんなことを言ってにかっと笑うのだ。ちょっとカッコつけすぎたかな?
おじいさんはひとしきり笑い、ではさっそく頼む、と荷物を背負った。
荷物をこちらで持つことも提案してみたが、自分の物は自分で運びたいということでそれは断られた。
若いもんは自分の仕事に集中せい、というお叱りと一緒に。
もっともである。
トスタを出ておじいさんの故郷への道を進む。しばらくはしっかりした道なので危険は少ないとみていいだろう。
「ご主人様、とっちゃダメ?」
「あんまり時間はかけられないからね、遠くの分は駄目だよ」
「確かに見つけたのに取らないのは少しもったいない気はしますけれど、仕方ないですわね」
おじいさんを中心に、先頭が俺、左右後ろ側を2人に任せている。
良いペースで歩いているので普段と比べて周囲を観察する余裕は無いけど、やはりジルちゃんは目がいいのか、道中でもギヨモをよく見つける。
今回は目的地への護衛が依頼なので出来るだけ我慢してもらい、足元など近い物だけは通りすがりということで採取を許可してみた。
他の事を一切しない、というのもちょっとね。
途中、休憩をはさみ順調に進む。もっとゴブリンや野犬が出てくるかと思ったけど、遠くにいる時点で2人に貴石術で撃ってもらったら逃げていったので良しとしよう。
「ほっほ、お嬢さん2人がなかなかやるんじゃのう」
「ジル、けっこう強い、よ?」
「マスターのためですから、このぐらいはできないといけませんの」
からかい気味のおじいさんに2人も笑顔で答えている。
俺としてはラピスが気が付けば持ち上げてくるのでちょっと気恥しいが、その分ふさわしい姿になればいいのだと思いなおすことにしている。
そして夕刻。野営するかどうか悩むところで、おじいさんの故郷がもう目の前ということで無理を押して進む。
「ふむ……かがり火が多いのう」
ぎりぎり日暮れということでたどり着いた村は、ぴりぴりとした臨戦態勢にあった。
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