さよならのかわりに

那西 崇那

1章

第1話

 毎年五月の終わりごろになると、ある花のことを思い出す。


 大学二年生となり、大学生としての生活がすっかり日常となった今でもそうだ。


 午前の講義を終えた僕は、昼食を取るべく穏やかな日差しを受けながら食堂へと向かっていた。


 視界の端に小さな白いものが映る。反射的に目を向けると、そこには指先ほどの大きさもない花が固まって咲いていた。この季節になるとよく見かける花だったけど、名前は知らない。


 この季節になると、僕の視線は自然と花へと寄せられる。


 講義室へ向かう途中の花壇。


 道端に咲く花にまで。


 僕の視線は蜂のように花から花へと飛び回るのだ。


 あの花が咲いていないかと思って。


 僕の足は、最寄りの食堂ではない、もう一つの食堂のほうへと向かっていた。道端にあるはずもない花を見かける可能性を惜しんで。


 金魚のしっぽのような、薄い紫色の花弁をいくつも咲かせるその花の名前は、リナリアという。


 タンポポとか桜とか、そういう有名なのを除けば、僕が知っている唯一の花の名前だ。


 あの花の名前を知ったのは、高校二年生の冬だった。


 あの日のことはいまだに鮮明に思い出せる。霜が降りていた朝の花壇で、冷たい水に触れたあの時の痛いような冷たさも。


 そして、彼女のことも……。

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