嘘吐きが哂う間

QAZ

瞑闇の中にいる

「視界が暗い。」

「何も見えない。」

「ここはどこだろう。」


「と、ありがちな疑問が頭の中に浮かんでおりますのね。」


 前方から女性の声がいたしました。酷い体調不良を感じております・・・。どうやら自分は混乱しているようです。視界が暗い、何も見えない、そしてここはどこなのでしょう・・・様々な疑問が頭の中をぐるぐると駆け回っているようです。身動きを取ろうと身を捩りましたが、うまく動けません。全く見えないのでどうなっているかよくわかりませんが、どうやら手足が縄で座っている椅子に縛られており、身動きが取れないようでした。依然として混乱は続いておりましたが、この部屋には自分と、そして聞こえた声の主である女性の2人だけがいるようでした。もちろん見えたわけではありませんでしたが、声の響き方から部屋がそれほど広くは無いだろうということがわかりましたし、他に生きた人の気配も感じられませんでした。疑問と混乱は尽きませんでしたが、とにかくこの状況を打開するためには、もっと情報が必要だと思われましたので―不安に満ちた震えた声を出してしまいましたが―声の主に質問をしてみることにいたしました。


「頭が痛い・・・あと、吐き気も酷い・・・。ここはどこ?あなたはだれ?」


 前方から再びおそらくは同じ女性の声が聞こえました。同じ状況下のはずでしたが、その女性は随分と落ち着いた、安心感を与えてくれる―付け加えていうならば、上品で美しくこの世のものとは思えないほど官能的な―話し方で答えてくれました。


「わたくしもあなたと変わりませんわ。何もわかりませんのよ。詳しいことはわかりませんけれど、ここは白い壁に囲まれた、窓の無い部屋のようですわ。それほど広くは無い部屋ですわね。明かりは白色の蛍光灯が天井にひとつありますわね。そしてわたくしとあなたは四角い白いテーブルを挟んで向かい合わせに座っておりますわ。あなたは目隠しをされており、手足を縄で縛られておりますわね。わたくしは拘束されておりませんけれど、先ほど少し調べてみた限り、唯一わたくしの後ろにある鋼鉄の扉には鍵がかかっておりますので、出ることは難しいようですわ。扉には換気口がついておりますから、窒息の心配は無いと思いますけれど、向こう側は見えませんでしたわ。」


 あまりにもたくさんの情報が出ましたので、飲み込むのに少しの時間がいりました。必死に情報を整理しようとしてみましたが、視界が奪われたままでは相変わらず疑問と混乱は尽きないようでした。女性が何者かはまだ聞いておりませんでしたが、拘束されていないということは自分の拘束を解ける可能性が高いということは理解できました。他にも聞きたいことは山ほどありましたが、まずは率直に―もちろん声は相変わらず怯え切った震え声を出してしまいましたが―拘束を解くようお願いしてみることにいたしました。


「お願いだけど、目隠しと拘束を・・・外してほしい・・・。」


 しばしの沈黙が訪れました。何故沈黙が訪れるのでしょうか?不安、苛立ち、怯え、様々な感情を覚えました。


「・・・あの、自分はあなたを閉じ込めていないし、危害も加える気はない。初対面でそんなこと、信じられなくても仕方ないけど、あなたのことは知りもしないし、もし自分が犯人ならわざわざこんな目隠しや拘束を自分にはしないだろうし、あ、いや・・・そう思わせるような作戦だと疑われるかもしれないけど、その・・・頭痛が酷くてうまくまとまらないな・・・。とにかく家に帰りたいだけなんだ・・・。危険なものを持っていないかは調べてくれていいし、なんだったら拘束は全て解かなくてもいい、せめて目隠しだけでも・・・お願いできないかな・・・。」


 この状況を打開するための唯一の希望となる女性が自分に不信感を抱いているのは明らかでした。確かに、信じるに足る証拠など何一つありませんでしたし、下手な説得も却って不信感を与えていると感じられ、不安、落胆、焦燥、様々な感情を覚えました。


「・・・手紙がありましたのよ。わたくしは気がついたとき、わたくしはこの部屋の床に倒れておりました。椅子にはあなたが拘束されており、テーブルの上には一通の手紙がありましたわ。目隠しをしているあなたは読めないでしょうから、わたくしが読み上げて差し上げますわね。」


「脱出したければ、以下のルールを厳守すること。①お互いのことは番号で呼ぶこと。あなたが1番であり、もう一人が2番。②目隠しと拘束は扉が開くまで解かないこと。③扉が開くまで脱出のための指示は全て1番が行うこと。ルールを守らなかった場合、有毒ガスが部屋に充満する。行動は全て監視している。・・・以上ですわ。そしてどうやらこの手紙はあなた宛のようでしたわ。この手紙を読む前に、扉を少し調べてしまいましたけれど、読んだ後は何もしておりませんわ。幸い、読む前に取った行動については不問にしていただけたようですけれど、そういうわけでわたくしもあなたが目を覚ますまで待っていましたのよ。ですから・・・その、残念ですけれど拘束は・・・。」


 もちろん、言葉を聞くこと自体は出来ましたが、到底受け入れ難い現実、あまりの非日常的な状況が、落胆、そして混乱を強く生じさせました。わからないことが多すぎましたし、そしてわからないまま行動し続けないことには生きて帰れないという残酷な現実を受け止めることに、しばらくの時間を擁しました。ただ一つの救いは、目の前の女性が冷静で―そして気高くそれはそれは美しい・・・はず―協力的だろうということだけでした。状況が好転したとはいい難い状況でしたが、まずは改めて部屋の中を調べていただきました。そして今までの情報を整理するとともに、一つの疑問を聞いてみることにしました。


「あの・・・2番さん・・・どうして手紙が自分宛だとわかったの?」


「名前が書いていたわけではありませんけれど、封筒に拘束されたあなたへと書いてありましたのよ。ですからわたくしはあなた宛だと思いましたわ。さて、部屋中お調べいたしましたわ。あなたがお座りになられておりました椅子の裏側に、小さな箱が一つありましたわ。それ以外では部屋の隅に小さなメモ書きがございましたわ。メモ書きには1番は人殺しと血文字で書かれておりますわ。」


「えっ・・・?いや、えっ・・・?」


「さすがに、このメモ書きは信じておりませんわ。そして、わたくしが脱出するためには1番さんを信じる他ありませんのよ。」


 2番さんの言葉を聞き、驚きを隠せませんでした。自分に人殺しをした記憶などないし、全く身に覚えが無く、疑われたら困りますし、そういった動揺が感じられておりました。幸いにも2番さんは冷静に―そしてあいかわず上品で気高く、美しい声で―自分を信じていると力強く言ってくださいましたし、安堵することができました。気が付くと自分はなんとも薄気味悪い笑みを浮かべており―ただそれも、2番さんは優しく受け止め、共に美しく微笑んでくださっていることが声からわかり安心しましたが―2番さんに対し、この極限の状況下特有の特別な好意を抱いていることが自覚されました。メモ書きは脱出には役に立ちそうにありませんでしたので、小さな箱を開けていただくことにしました。小箱は蝶番が錆付いているのか、金属が擦れて軋んだような音を出しながら開いたようでした。開いた瞬間、鼻を突く酸っぱいような、甘いようななんとも言い難い特有の腐敗臭がしました。


「なんだこの・・・臭い・・・それは何が入ってる?」


「鍵が1本と、人間の指が9本入っていますわね。酷い臭いですわ。1番さん、この指はあなたが?」


「人の!?・・・うぐっ・・・違う、自分では・・・うぶっ・・・」


 酷い嗚咽が出ました。必死に否定したかったのですが、何せ臭いが酷いものですから、まともに話すこともできないほどでした。そして最悪なことに、あのメモ書きを証明してしまう―自分ではないという確信が当然ありましたが―証拠品が椅子の下に貼り付けてあったのです。2番さんが自分に不信感を抱いていることは明らかでした。そしてそれは自分が脱出するための手段の喪失を意味していました。2番さんは相変わらず落ち着いた―そして上品で美しい―声で話しました。


「・・・残念ですけれど、わたくしにはあなたを信じるだけの勇気がありませんわ。そしてこの鍵は確かに扉の鍵のようですわ。それでもわたくしはあなたを信じる他ありませんけれど・・・。まずはこの扉を開けてもよろしくて?」


 自分に断る術はありませんでした。扉を開けないことには拘束は解いてはいけないルールでしたし、そもそもこの状況で見苦しく助けを請うても、却って心証を悪くするだけだと思えました。


「扉の外にはナイフが1本落ちていましたわ。血がべったりと付いていますわね・・・。わたくしには1番さんが殺人者なのか、それとも哀れな被害者なのか、判断することはできませんわ。ですから、1番さんの拘束をこの場で解くことはできませんけれど、かといってここに放置しておくこともわたくしにはできませんわ。1番さんがいなければ脱出できなかったことも確かですわ。ですからこのナイフ、あなたの拘束されたその両手にお渡しいたしますわ。相当錆付いておりますけれど、少し時間をかけて、身を捩れば1番さんの手足を拘束している縄くらいは切れるでしょうから。わたくしはその間にここから立ち去って、警察に通報いたしますわ。後のことは、警察がなんとかしてくれるでしょう。」


 そういうと、2番さんは自分の手にナイフを―とてもいい匂い、おそらくは高級な香水の香りがしました―握らせました。外へ出る足音へ向かって、もし警察が来る前に犯人が来たらどうすれば、と言いたいところでしたが、2番さんの―美しくか弱い彼女の―立場に立てばこうするも当然でしたから、仕方の無いことだということはわかりました。静寂が訪れ、この部屋には自分しかいないということがわかりました。扉が開いているのか、かすかに風を感じます。木々のざわめきと、鳥の鳴き声も聞こえているようです。手渡されたナイフを使い、拘束を解きました。

 そして、先ほどまでの出来事をまとめたこの手記を今書いております。全ては自分が仕組んだことでした。美しく気高い、上品でいい香りの、あの2番さん、名前も知らないあの方を自分のものとするため、綿密に計画し、誘拐し、無関係の人間を犯人に仕立て上げるため3番目の人間を殺害までいたしました。ただ一つ失敗したことと言えば、2番さんを試しすぎてしまったことだけでした。自分の自尊心を満たすために、あえて濡れ衣―おっと、この場合、真実は濡れてはいませんでしたが―を着ることで、信頼を確かめようとしてしまったために、逆に彼女の疑惑を確かなものとしてしまいました。これでは自分への疑いは確たる物となってしまうでしょうし、いまや証拠となる凶器には自分の指紋がべったりと付いてしまっています。間違いなく自分は逮捕され、有罪となるでしょう。そうなれば自分の目的も永遠に叶うことは無い。もう、自分に出来る残されたことは、この事件の真実となる手記を残し、自害することだけです。

 それでは最後にこの手記を見ることになるであろう方へ、自分のふしだらな妄想に最後まで付き合っていただいたこと、感謝いたします。さようなら。




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