第22話「14デイズ ダイアリー」

                三浦みうら まこと 三十七歳


14日


 左足がいよいよやばい。どんどん酷くなっている。

 潮時だろう。

 世界は今日で終わることになる。今日がラストチャンス。もう引き返さない。世界が終わるそのときまで、進み続けよう。

 絶対に娘に会って伝えなければならない。愛していると、家族になれて幸せだったと。「わかっているよ」と、笑われるかもしれない。それでも言葉にして伝えなければならない。

 最後に交わした言葉があんなものでは悲しすぎるから。



13日


 足がかなり腫れてきた。やはり折れているのかもしれない。

 今日は昨日見つけた道を真っ直ぐに進んでみることにする。娘の家までの道のりの六割といったところだろうか。四十分程度であそこまで進めれば充分だろう。


 三十八分で昨日の場所まで辿り着くことが出来た。さらにそこから先へと少し進んでみたが、特に問題はなさそうだった。

 ただ足がかなり痛み、車の運転に支障が出てきた。これ以上は引き伸ばすのは難しいかもしれない。



12日


 昨日より足が腫れている気がする。何もしていなくてもかなり痛む。それでも昨日は寝たので、眠気のほうはそれなりにだが解消された。

 今日はまた新しい道を進んでみることにする。


 かなりいい道を発見した。少し遠回りになるが、何事もなく進むことが出来た。明日もう一度この道を確認してみたいと思う。



11日


 目覚めたばかりなのになぜか酷く眠い。足も痛い。

 よく考えてみると、私はこの二十時間ほど一睡もしていないことになるのかもしれない。足の怪我のこともあるし、事故を起こすことだけは避けたいので、今日はこのまま一日寝ることにする。



10日


 足が赤くなって、さらに腫れてきた。動かさないでいてもじんじんして痛みが酷い。しかし病院へ行くことは出来ないし、自分で治療も出来ない。

 それでも今日もまた道を探さなければならない。昨日とは別の道を。


 警察署から先のいい道がみつからない。やはり細い道に入るより、少し遠回りになっても広い道を選んだほうがよさそうだ。明日はそうしてみようと思う。



9日


 今日は昨日見つけた道をまず行って、そこから先を探すことにする。一度、海のほうに出てみようかと思う。


 今日はいろいろあって、足を怪我した。左足足首だ。かなり痛いし、だいぶ腫れている。下手をしたら折れているかもしれない。

 怪我の理由は海沿いを走っていたときだった。時々自殺者が出ることで有名な崖に、挙動不審な男がいた。私は彼が自殺をしようとしているのだと思い、すぐに止めに向かった。説得ではなく、無理やり力で押さえつけて止めようと試みた。それが間違いだった。彼は妻と電話が出来ないことに絶望してはいたが、自殺するつもりではなかったらしい。さらに彼を押さえつけたときに、私は足を怪我してしまった。しかしそんな私と彼の騒ぎを見て、駆け寄って来た老夫婦が彼に電話を貸してくれた。彼は涙を流して感謝を口にした。私の怪我を除けば事態は良い方向に転んだのだろう。

 だが今になって思うのだ。確かに今日、彼は幸せな結末を迎えた。しかし海沿いの道は外れだった。私は明日、もうあの道は通らない。そうであるのなら、私のしたことに意味はあったのだろうか?



8日


 枕が見当たらない。そういえば昨日、枕を押入れの外に置いたままにしてしまったかもしれない。意図したことではなかったが、たぶんそういうことなのだろう。


 家からすぐ大通りに出て、三十分ほどで警察署のところまで問題なく行くこと出来た。そこまでの道のりは決定でいいだろう。



7日


 今日は人通りの少なそうな道をいろいろ探してみることにする。早く娘に会いたい。


 なかなかいい道が見つからない。細い道を選ぶのは間違いだったかもしれない。明日は大きな道を行ってみようと思う。



6日


 今日は川沿いの道を行ってみることにする。


 いい道は見つからなかった。でも無駄ではない。今回行った道が駄目なことがわかった。



5日


 今日から車で本格的に道を探すことにする。何が起きるかわからないので家に戻る分の時間に余裕を持っておく。チャンスは何度でもある。無理をする必要はない。


 外は思ったより静かで騒動のようなものはなかった。それでも放置された車などのせいで渋滞が発生していて、なかなかいい道はみつけられなかった。駄目な道は地図に赤ペンで×印をつけていくことにする。


 

4日


 目覚ましをかけて早く起きることに失敗した。起きた時間は十二時三十分。起床時の目覚ましの時間は二時四十九分を指し示していた。そこまで考えが及ばなかった。

 しかしこれでわかった。早く起きることは出来そうにない。

 予定通り今日は地図を用意して計画を立てることにする。そしていよいよ明日からは外に出て道を探すことになる。明日からは家を出る前と、帰宅後の二回日記を書いていこうと思う。



3日目


 三日目だ。昨日は終わりの直前まで、起きていたはずだった。

しかし気がつくと今日だった。いつもの朝、眠りから目を覚ますような感覚で、私は今日を迎えた。

 時間はまた十二時三十分。

 手の甲にも押入れの壁にも昨日書いた印はあった。この日記も昨日書いたことがそのまま残った状態だ。しかし机の中にはこのノートと同じものが無記入の状態で存在していた。そして昨日押入れの前に置いたはずのビールの空き缶はなくなっている。冷蔵庫の中のビールはもちろんそのままだ。

 だいたいわかった気がする。なぜこんなことになったのかはわからない。それでもこうなった。

 この押入れはタイムマシンのような存在だ。世界が終わる瞬間かその少し前から、世界が終わる前の今に戻る。

 一回目のとき目覚めたのが十二時三十分だったせいで、今目覚めたのか、それとも十二時三十分に戻っているのかは定かではない。それを確認するためにも今日を終える前に目覚まし時計をセットしてみようと思う。時間はとりあえず十一時くらいでいいだろう。

 そして一番の問題はこの事象をどう私が利用するかだ。もう答えは決めていた。娘に会いに行こうと思う。

 世界が終わる日の前日、十月十三日に私は娘と喧嘩をした。娘は私の実の子ではない。娘が五歳のとき事故死した姉夫婦の子供だった。それを独身の私が引き取って男手一つで育ててきた。そんな娘が急にやりたいことがみつかったので大学を辞めると言い出した。私は大学を卒業してから考えればいいと説得をしたが、娘は聞く耳を持たなかった。以前から娘には生き急いでいる節があった。その理由がわかった。娘は両親の突然の死でトラウマを抱えていた。娘は恐れていたのだ。それは死ぬことではなく、費えること。いつか突然に訪れるかもしれない終わりを前に、時を無駄に浪費することを酷く恐れているようだった。それでも私は娘に大学だけは出てもらいたいと思った。だから言い合いになった。売り言葉に買い言葉で、汚い言葉も使った。そして私は言ってしまった。お前なんか引き取らなければよかったと。もちろんそんなことは考えたこともない。心にもない言葉だった。

 だから私は世界が終わる前に伝えなければならない。娘として愛していると。

 そのために私は娘に会いにいこう。大学の近くで一人暮らしをしている娘の家は、ここから車で一時間半くらいかかる。普段であるのなら、十二時三十分に起きてすぐに出発すれば充分に間に合う距離だ。だが今は世界の終りという非常事態。すんなり行けるとは思えない。だから入念に計画を立てることにしよう。

 そして辿り着けたとしても、そこに娘がいるとも限らない。それでも可能性があるのなら行かなければならない。



2回目


 何が起きているのかがわからない。事態を把握するためにもこのノートに日記をとることにする。

 まず私は昨日も今日を体験した。今日で十月十四日は二度目だ。

 酒に酔っているわけでも、夢を見たわけでもない。今日は昨日と全く同じ日だ。今日も昨日と同じように私は押入れの中で目を覚まし、テレビでは世界が終わると言っている。そして娘に電話はつながらない。

 しかし全てが同じというわけでもない。

 今日目覚めたとき、枕元に飲みかけのビールの缶があった。これは昨日の、一度目の十月十四日に私が飲んだビールだった。一度目に目覚めたときはなかったものだ。そして冷蔵庫の中にもビールがあった。昨日冷蔵庫の中にはビールは一本しかなかった。それがこの枕元にあったビールのはずだ。しかし今日、冷蔵庫を開けると昨日と同じ状態に戻っていた。今日は昨日なのだからそれも当たり前なのかもしれない。だがそうなると枕元のビールの存在が矛盾することになる。

 いや、違うのかもしれない。この枕元にあったビールも私と同じで二回目の今日を過ごしているということだ。

 ではそれは何故なのだろう。問うべきは、なぜまた今日がきたかということではない。どうしてそれが私とこのビールなのかということだ。そして考えるべきは共通点ではなく、このビールのような一度目の昨日と二度目の今日の相違点。

 もちろん私は違う。私は同一の人物ではあるが一度目の記憶を持っている。テレビの内容は細部まで記憶しているわけではないが、昨日と同じだと思う。そういえば、起きた時間も一緒だった気がする。十二時三十分くらいだった。昨日もそのくらいに起きたはずだ。そしてテレビで世界が終わることを知った。その後すぐに娘に電話したがつながらなかった。娘は一人暮らしをしていて、携帯電話しか持っていない。その携帯電話は今、つながり難いメーカーのものだった。私は絶望して、冷蔵庫にあったビールを飲みながら寝てしまった。布団を敷くのが面倒で、布団のしまってある押入れに入ってそのまま寝た。そういえば世界が終わる前の前日、十三日も押入れの中で寝た。

 押入れの中を調べてわかった。布団に昨日私がこぼしたビールの染みがある。一度目にはなかった染みだ。それはこの布団もまた二回目を体験しているということだ。

 そうなるとこの押入れが鍵になっている可能性が考えられる。

 まだいろいろと考察を重ねたくはあるが、すでに世界の終りは間近に迫っている。もう時間がない。

 押入れの壁に正の字の横と縦の線を書く。自分の手にも。そして私は押入れの中で世界の終りを待つことにする。ビールの空き缶は押入れの外に置く。このノートは押入れの中。

 そして私は今日が再び訪れることを信じて、今日を終えることにしよう。

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