第14話「正しい物語の終わり方」

               杉原すぎはら 修造しゅうぞう 六十二歳


 私は病院の個室の中、この世界の終りを知った。

 その事実を知ったとき、私は思ったのだ。

それも悪くないなと……いや、そうではない。悪くないどころか、それは考え得る最高の結末かもしれなかった。

 私は今、この病室でほとんど寝たきりのような生活を強いられている。それでもこれまでの私の人生は悪いものではなかった。

 私は高校を卒業して就職、二十三歳のとき独立し起業した。そして私の会社は、世界でも名の通ったグループ企業へと成長していった。私は多くのものを手に入れた。富に名声、金で手に入るものなら望みさえすれば何だって手に入れることが出来た。悪くないどころか、誰もが羨むようなすばらしい人生だったはずだ。

 だが一年前、私は病に倒れた。

 この年になるまで、健康のことなど一切顧みず、好き勝手に生きてきた。酒に煙草はもちろんのこと、嫌いな野菜はほとんど食べずに、肉ばかりを食べていた。病院が嫌いで、健康診断もまともに受けたことはなかった。

 その結果、私の体はもうボロボロであちこちにガタがきていた。結局今では病院で寝たきりの生活だ。後どれだけ生きられるかはわからないが、そう長くは持ちそうになかった。

 それでも私は死を恐れてはいなかった。好き勝手に生きた結果、ここで終わるというのなら、それでかまわなかった。

 しかしこの数週間、死を身近に感じ、何か得体の知れない悔いのようなものを感じていた。

 私は充分に生を謳歌した。ほしいと思ったものは全て手に入れた。やりたいことを、やりたいようにやってきた。今さらやり残したことなど何もないはずだった。

それに私はずっと一人だった。家庭を持ったこともなければ、起業してからは恋人を作ったことも愛人を囲うようなこともなかった。自分と違う思考を持った他人を完全に信用することが出来なかったのだ。だから私の死後、この世に残してしまうことになる者や、私の死を心から悲しむような者は誰もいない。

 私が作った会社だって、すでに新しい経営者に引き継いだ。まだ若いが出来る男なのでうまくやっていくだろう。それに実のところ、私が死んだ後の会社のことなどどうなってもかまわなかった。私は私が死んだ後の世界、私のいなくなった世界に何一つ関心がないのだ。

 自分が死ぬことも受け入れた。ただ私が消えるだけだ。恐れることなどない。眠ることとたいした違いなどないはずだ。

 しかしだ。そうであるはずなのに、私は心の奥底で言い知れぬ何かを感じていた。

 だが世界が滅びるとわかったとき、それを悪くないなと感じたとき……その正体に気づいた。

 私は納得出来ていなかったのだ。私が死ぬのはかまわなかった。私が納得出来なかったのは、私の死後もこの世界が続いていくことだ。

 私の人生の主人公はまぎれもなく私だった。杉原修造という私の物語が終わっても、その舞台であるこの世界は続いていく。何一つ変わることはなく、ただ私のいない明日が続いていく……そのことが納得出来なかったのだ。

 死後、私はどうなるかを知らない。天国があるのか、生まれ変わりがあるのか、ただ消えてなくなるだけなのかはわからない。それでも私はこの世界から何も持って行くことは出来ない。そして私のいない世界は、変わらずに続いていく。それがたまらなく嫌だったのだ。

 しかし世界は今日、終わるという。世界は私と共に消えてなくなる。私が死んだ後、世界だけがそのまま続いていくことはなくなった。

 そうだ、これだったのだ。私が望んでいた終わり方はこれだった。そうあるべきだったのだ。そうあってしかるべきだったのだ。

 これは私の物語。物語が終わるとき、本をそっと閉じるように、世界もまた等しく終わるべきだったのだ。

 私の人生は最高の物語だった。そしてエンディングもまた最高のものとなる。

 私が死に、世界は終わる。これで私は完璧な形でその生涯を終えることが出来る。

 時計を見上げる。二時十五分。

 もう少しだ。後少しでこの物語は至高の結末を迎える。

 私は私の人生に一片の悔いもない。これこそが私の望んだ理想の終わり方だった。

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