世界の終わりに、想うこと

鈴木りんご

第1話「幸せの在処」

                田中たなか りょう 二十六歳


「向上心を忘れるな!

 今の自分に満足するな!

 そんなことを言い聞かせられて

 いつ、僕は幸せになればいい?


 そこら中に幸せは転がっているのに

 今の自分に満足出来れば

 今の自分を好きになることが出来れば

 ここは……ここだって楽園になるのに

 どうしてわざわざ人と競争して

 どうして人を傷つけてまで

 上へ上へと進まなければいけない?

 上に行って、上に行って

 どこまで行ったら僕は幸せになればいい?


 なんでここで止まっちゃいけない!

 なんでここにずっといちゃいけない?

 ここにだって、幸せは溢れているのに

 こんなにも幸せに満ち溢れているのに

 僕はここが大好きなのに……


 向上心を忘れるな!

 今の自分に満足するな!

 そんなことを言い聞かせられて

 いつ、僕は幸せになればいい?


 たくさん勉強していい学校に行けば

 本当に僕は幸せになれるの?

 いい会社に行って、偉くなれば

 そこで……本当に幸せになれるの?

 どうしてわざわざ人と競争して

 どうして人を押し退けてまで

 上へ上へと進まなければいけない?

 上に行って、上に行って

 どこまで行ったら僕は幸せになっていい?


 なんで今、楽しんじゃいけない!

 なんでここで幸せになっちゃいけない?

 ここにだって、幸せは溢れているのに

 こんなにも幸せに満ち溢れているのに

 僕はここで充分幸せなのに……


 どうして僕の幸せを

 僕が決めちゃいけない?

 他人に僕の幸せを決められて

 今ここにある幸せを否定されて

 いったい僕はいつ幸せになればいい?

 いったい僕はいつ幸せになっていい?」


 うるさい……

 真っ暗だった意識の中に、そう言葉が生まれた。

 何かが聞こえていた。

 とても、とても耳障りな音だ。

 虚ろだった意識が、ゆっくりと覚醒していく。

 自然と目蓋が持ち上がった。

 少しずつ覚醒していく意識と共に、薄暗い世界は徐々に色づき、形を成していく。

 聞こえていたのは歌だった。

 それはまるで俺の気持ちを代弁しているかのような歌詞。

 しかしだからといってこの歌が好きなわけではない。むしろ嫌いなくらいだった。この歌は思い出させるのだ。俺がいまだ幸せに向かう途中であることを……

 そんなことを考えていると、フルコーラスが終わっても続いていた歌がやっと止まった。

 時計を見る。

 十三時五十二分。

 寝始めてから、まだ四時間もたっていない。

 ここ数日の間、俺は眠る間もなく仕事に追われていた。その仕事にもやっと区切りがついて、今日は久しぶりの休暇だ。もっと寝ていても罰は当たらないだろう。

 そもそも人間の体は寝貯めは出来ないが、寝ていない分のツケを後から返済出来るようにはなっているらしい。だから俺はここ数日分のツケを返済するために、まだまだ眠らなければいけないのだ。

 それなのに……また歌が聞こえてきた。

 この歌は父さん専用の携帯の着信音だ。父さんは自分の代わりに、俺に進むことを強いた。だからこの歌がお似合いだ。

 そんな父さんではあるが俺にとってはたった一人の肉親で、大切な存在だった。だって父さんは、俺以上に俺の幸せを望んでくれている。だから俺に強いるのだ。幸せに向かって進むことを。父さんの背負った悲しみを俺には味合わせないために……

 思い出す。

 それは俺がまだ中学生のときだった。

 父さんは売れない画家だった。

 貧しかったけど大好きな父さんと母さんに囲まれて、俺は幸せだった。

 そんなとき、パートで家計を支えていた母さんが倒れた。

 そして母さんの命に値がつけられた。

 母さんを助けるためには手術が必要だった。手術を受けるには金が必要だった。それは我が家では到底払うことなんて出来ないような金額。

 結局母さんは死んだ。

 父さんは親戚や知り合いに頭を下げて、金を工面した。それで母さんは手術を受けた。

 それなのに母さんは死んだんだ。

 病状が予想以上に進行していて、手は尽くしたのだが駄目だったそうだ。もう少し早く手術をしていれば、また結果は違ったものになっていたかもしれないと、医者は言っていた。

 その後、父さんは借りた金の返済と、生活費を稼ぐために画家を辞めて工場で働き出した。父さんは忙しく働いていたが、裕福な生活は出来なかった。

 そんな父さんが、俺に言った。

 良い高校に行けば幸せになれると……

 俺は同級生が遊んだり、スポーツに励んでいる中、一生懸命勉強をして県で一番の進学校に進んだ。

 高校に入ると、父さんは言った。

 良い大学に行って、良い会社に入って、偉くなれば幸せになれると……

 俺の幸せはずいぶんと遠く先にあった。

 それでも俺は父さんの言う通りに頑張った。

 だって父さんは俺を愛してくれていて、俺のためにそう言ってくれているのだとわかっていたから。それに俺だって痛いほど、金の必要性を学んだのだから。

 そういうわけで俺は今、寝ないといけない。明後日からまた必死で働いて、幸せに向かって進んで行くために。

 それなのに、いまだに歌が聞こえる。

 父さんがこんなにしつこいのは珍しい。何かあったのかもしれない。

 しかたなく俺は携帯を手に取った。そして電話に出る。

「亮!」

 耳が痛い。

 驚きながら、携帯を少し耳から離す。電話から聞こえてきたのは父さんの叫び声だった。

「もしもし……何?」

「今、大丈夫か?」

 まだ少し声は大きいが、耳に痛いほどではないので気にしない。

「あぁ、うん。今……寝てたんだ。忙しくて、ここ数日ろくに寝てなかったから」

「寝てたって……知らないのか?」

「何を?」

「いいか。よく聞け。もうすぐ、世界は滅びるんだ」

「はぁ? 何っ? 何の話?」

「だから後一時間もしないうちに、十四時四十八分に世界が滅びるんだ」

「だから何? 映画か何かの話?」

「違う現実の話だ。太陽でスーパーフレアとかいうのが発生して、地球の生物は全て一瞬で死ぬことになるんだ」

「はぁ?」

 カレンダーを見る。

 今日は十月十四日。

 何の日かはわからないが、少なくとも四月一日、エイプリルフールではない。

「エイプリルフールは過ぎてから随分たつし、次が来るのもまだまだ先だぞ?」

「嘘でも、冗談でもない。真実だ。真面目に聞け、とにかく――」

「ごめん。今はマジで眠いんだ。起きたらまた電話するから、話はそのときに聞くよ」

 父さんの話を遮って、そう伝えると俺は電話を切った。

 しかしすぐにまた携帯が鳴り出す。もちろん聞こえてくるのはあの歌。相手は父さんだ。

 もうめんどくさいので、携帯の電源を落としてしまう。

 いったい父さんはどうしてしまったんだろう。真面目で不器用な正確で、冗談なんかはあまり言うほうではなかったはずだ。それが少しだけ気になって、このまま寝てしまう前に、一度テレビをつけてみることにした。

 ニュースがやっていた。

 女性アナウンサーが真剣な表情で何か言っている。画面の右上には何かでかでかとカウントダウンのような数字が表示されている。

 意味がわからなかった。

 アナウンサーの言っている言葉はわかる。

 しかしその言葉の意味を理解することが出来なかった。

 チャンネルを変える。

 どこもニュースをやっていて、内容もあまり変わらなかった。今映っているチャンネルでは有名な男性アナウンサーがしきりに呼びかけている。

「どうか、冷静に判断してください。あなたが今から行う行動はあなたの最期の行動です。間違ってもあなたの今までの人生を汚すような行動は行わないでください。最期まで人間らしく、互いを思いやって行動してください」

 男性アナウンサーの表情は真剣そのものだった。とても冗談を言っているようには見えない。

「もう時間がありません。思い残すことのないように、大切な人と共に過ごしてください。誰かに伝えなければならないことがあるのなら伝えてください。暴動や、犯罪行為は止めてください。それが最期の行いでは悲しすぎます。有終の美を飾りましょう。私は最期まで放送を続けます。これが私の仕事だからではありません。これが私に出来ることだからです。私たちの死は確定しました。それでも私はまだ死んではいません。ですから……残りの時間、私は精一杯生きて放送を続けていきます」

 本当に意味がわからない。

 そうだ……これはドッキリだ。みんなで俺を騙して、笑いものにしようとしているのだろう。きっとそうだ。間違いない。

 しかしどれだけ待っても、誰もネタばらしに現れてはくれない。

 震える手でチャンネルを変える。

 その放送局では、学者ふうの老人がホワイトボードに太陽と地球の絵を書いて何かを説明していた。

 意味がわからない……

 意味がわからない……

 俺には……意味がわからない。

「本当に……父さんが言っていたように……世界が滅びるのか?」

 そんなわけがないと、首を振る。

 チャンネルを次々に変えていく。

 そして手を止めた。

 そのチャンネルではアメリカの大統領による声明が流されていた。ライブではなく、録画のようだ。

 英語と同時に流れてくる日本語の通訳に耳を傾ける。

「私が始めて世界の危機を知ったのが半年ほど前でした。それから多くの対策を検討してきました。しかし解決策は見出すことが出来ませんでした。もう我々には神による奇跡を祈ることしか出来ないのです」

 大統領はそこまで言うとうつむいて、手のひらで涙を拭うような仕草を見せた。

 そしてまた顔を上げて言葉を続ける。

「いいえ……その考え方自体が誤りなのかもしれません。我々人類は赦されたのではないでしょうか。アダムとイブが犯した罪が償われ、やっと神の身元に帰ることが赦された。だから怯える必要はありません。あなたは一人ではないのです。皆が、誰もがあなたと共にあります。これは人類の旅立ちです」

 俺が聞いているのは通訳の話す日本語だ。それは女性の声で酷く戸惑いを感じた。

 しかし同時に聞こえているアメリカ大統領の発する英語はとても力強いものだった。

「この発表が、旅立ちの三時間前になるまで伏されていたのは、暴動を避けるためです。残りはわずか三時間です。どうか大切な人たちと、心安らかにすごしてください」

 テレビを消した。

 ドッキリではないのだろう。

 世界は終わるのだ。十四時四十八分に。

 今はもう……十四時二十三分。もう三十分もない。

 どうしよう。どうするべきなのだろう。

 考える。

 残された時間でしなければならないこと。少しでも悔いを残さないためにしておくべきこと。

 時間は有限だ。

 必死に考える。

 それなのに、何一つ思い浮かばなかった。

 しなければならないことも、しておきたいことも……何もない。

 俺には、何もない。

 愛を伝えるべき恋人も、別れを惜しむ友人もいない。

 俺はずっと進んできたんだ。寄り道も脇見もせず、まっすぐに進んできた。

 周りは敵ばかりだった。皆が俺の足を引っ張り、俺を蹴落とすチャンスをうかがっていた。それでも俺は上へ上へと進んだ。どれだけの敵を押しのけて進んできたのだろう。中にはこんな俺に手を差し伸べてくれる人だっていた。

 しかし俺はその手を振り払った。

 だってこの手に握れるものには限りがある。進むためにはしかたなかった。先を目指すのに邪魔なものは切り捨てるしかなかった。

 小さな頃は俺も父さんみたいな画家になりたかった。それが夢だった。

 でも諦めた。

 芸術家の成功に必要なものは技術や才能だけではない。運も必要だった。そんな不確定要素の含む道を進むわけにはいかなかった。

 初恋だって諦めた。

 中学生のとき、隣の席に彼女は座っていた。とても優しくて、よく笑う娘だった。

 しかし恋愛にかまけている暇なんて俺にはなかった。ずっと勉強をしていた。勉強だけをしていた。

 俺は何もかもを切り捨てて、まっすぐに進んできた。それもこれも幸せになるためにだ。

 目指す頂に辿り着いたとき、全てが手に入るはずだった。今まで諦めて投資してきたものが、大きな利子を伴って戻ってくるはずだった。

 それなのに俺は今日、死ぬ。

 時計を見る。

 今は十四時三十分。

 後、十八分で俺は死ぬ。

 今……俺の手の中に残されているもの。それはたった一つ。より上へと進むために必要な、次の扉を開くための鍵。

 それだけしかない。

 そんなもののために、この数日寝る間も惜しんで働いてきた。いったい何の意味があったのだろう。

 あぁ、そうか……意味はなかったんだ。

 俺の全ては無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

 無駄だった……

「無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった」

 つぶやく。

「無駄だった。無駄だった。無駄だった。無駄だった。全部……全部無駄だった!」

 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。

 だって無駄だったんだ。

 全部が……全部無駄だった。

 意味がなかった。

 重ねた努力も……諦めた夢も……切り捨ててきた、たくさんの……本当にたくさんの大切だったもの……

 その全てが……

 全部、全部、全部が無駄に終わった。

 報われることなく、終わりを告げられた。

「うあぁぁーーーーー!」

 俺は……

 俺は死ぬ。

 俺は幸せに向かう途中で、幸せになることなく死ぬ。

「あ……あぁ……ぅぅ……」

 涙が溢れてきた。

 体から力が抜ける。

 床に崩れ落ちて泣いた。子供のように泣き叫んだ。

 悲しかった。

 悔しかった。

 苛立たしかった。

 殴る。床を思い切り殴りつける。

 殴りつけた拳が痛かった。血が溢れた。

 でもそんなことは関係ない。手の傷がなんだ。どうせ死ぬ。

 俺は……俺だけじゃない。みんな死ぬ。死んで終わる。

 もう全てに意味はない。意味のあるものなんてこの世界に一つもない。全部まとめて意味を失った。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 近くに落ちていた、テレビのリモコンを壁に投げつける。

 テレビがついた。

 さっきの男性アナウンサーがまだ呼びかけている。

「もし……やがて失うものに意味がないのなら、この世界に意味のあるものなど何一つありません。人は誰しも、いつか死にます。もし今日、太陽の爆発がなかったとしても、私たちは何らかの理由で、今日死んでいたかもしれません」

 そう言って男性アナウンサーは優しく笑みを浮かべた。

「ですから、残された時間に限りがあったとしても、それがわずかな時間でも。大切なものは今まで通り大切にしてください。だってそれはあなたが、今まで大切にしてきたものでしょう? 今更手放さないでください」

 綺麗事だと思った。俺には意味がわからない。

 血だらけになった手のひらの中を見つめる。

 何もない。

 だってこの手の中には何もない。

 俺が大切にしてきたもの……会社での地位だろうか。そんなもの今更、何の意味もない。

 俺は間違っていたのだろうか。

 ただ……信じていた。

 頑張れば頑張った分だけ幸せになれると。幸せは頑張ったご褒美に貰えるものだと。最後に笑うのは楽しんで今を浪費するキリギリスではなく、未来のために今苦労を重ねるアリなのだと。そう信じていた。

 父さんがそう言ったから……そうすれば幸せになれると、そう言ったから。

 そうだ……俺は父さんを信じていた。大好きな父さんの言うことだったから、信じることが出来たんだ。

 しかし俺は幸せにはなれなかった。幸せになるために多くの犠牲を払ったのに、その対価を得ることは出来なかった。

 そして今更になって思うのだ。俺がそこまでして欲した幸せとはいったい何だったのだろう。今まで幸せを得ることばかりを考えて、幸せとは何かなんて考えたこともなかった。

 それはこのまま進み続けた先にあるはずだったものだ。世界が終わることなく続いていたのなら、俺は会社で偉くなることが出来ただろう。独立して自分で会社を起こすことだって出来たかもしれない。その先で得られたであろうもの。

 思いつくのは金と名声くらいだ。

 しかし幸せとはそんなものではないはずだ。

 金はもちろんほしいし、その大切さは身にしみて理解している。名声だってあるに越したことはない。しかし俺が本当に欲した幸せはそんなものじゃない。

 ずっとずっと望んでいた。そのために全てを費やしてきたはずなのに、それが何なのかすら思い浮かばない。

「幸せ……」

 そう言葉にしたとき、ふと頭を過ぎった。

 未来には思い浮かばなくても、過去にそれはあった。

 そう……俺は昔、幸せだった。

 偉くなかったし、金もなかった。それでもあの頃は幸せだったはずだ。父さんと母さんの愛に包まれて、それだけで幸せだったんだ。

「あぁ……」

 手が震えていた。震える手のひらの上に涙がこぼれ落ちる。

 本当に無駄だった。俺の人生は全く意味がなかった。

 今になってやっとわかった。

 努力は必要だっただろう。何かを切り捨てる必要だってあったかもしれない。

 でもそれは幸せを得るためじゃない。幸せを守るためにこそ必要だったんだ。

確かに俺は母さんを失った。悲しかったし、たくさん泣いた。

 それでも幸せを失ったわけではかった。母さんは死んでしまったけど、母さんと過ごしてきた幸せな日々を失ったわけじゃなかった。

 それに父さんが、母さんの分まで愛してくれた。夢を捨てて、ただ俺のために生きてくれた。

 母さんが死んで以来ほとんど笑うことのなかった父さんが、俺がテストでいい点を取ると喜んでくれた。俺がいい高校に進学すると喜んでくれた。俺が一歩上へと進むたびに、父さんは喜んでくれた。そのときだけは本当にうれしそうに笑ってくれたんだ。

 涙が溢れる。

「ぁ……あぁ……」

 みつけた……

 意味があった。

 意味はあった。

 進んできたことに意味はあった。

 俺は報われていたんだ。一つ努力を重ねるたびに、一歩上へと進むたびに……父さんが笑ってくれていた。

 それなら、意味はあった。無駄じゃなかった。無駄なんかじゃなかった。俺の過ごしてきた時は決して無駄ではなかった。

 だから……

 溢れる涙を拭って、携帯電話を手に取る。

 電源を入れた。

 すぐにあの歌が流れてきた。

 電話をかける必要はなかった。受け取るだけでよかった。

「亮!」

 大好きな父さんの声が聞こえた。

「大丈夫か? いいから聞け! 寝ている場合じゃないんだ!」

「父さん……ありがとう。もう、大丈夫。事態は把握したよ。だから……聞いて欲しいんだ」

「……なんだ?」

「父さんは俺に幸せになるために努力しろって言ったけどさ……俺、わかったんだ。俺は幸せになる必要なんてなかった。だって、俺は……父さんの子供として生まれてきて、この二十六年間、もうずっと幸せだったんだから」

 最期にこの言葉が言えてよかった。

 そしてこの言葉を聞いて、父さんが笑ってくれたのなら……

 それだけで俺は充分幸せだった。

 俺の人生は報われたんだ。

 最高の人生ではなかったかもしれない。

 それでも……俺は俺の人生に納得することが出来た。

 時計を見る。

 もうすぐ世界は終わる。

 だから、これでめでたしめでたしだ。


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