第194話「西園寺家の事情(参)」
「そういうわけで、こうして使い走りをさせられているわけだ」
「羨ましいことだ。お前は重茂殿から頼りにされているらしい」
家の主である
重季は留守を任されているが、そのことにやや不満があるようだった。
「信頼されている感じはまったくしないけどな。便利に使われているだけな気がする」
「
なお、重季には
重季自身に何かあるわけではないが、
また、一族の長老格でもある尊氏の母・
表立って対立しているわけではないが、両者は別々の派閥を形成しており、その間には何か張り詰めた空気が漂っている。
そのため、上杉に北条関連の話はあまりしないようにしていた。
「お前は西園寺家についてどれくらい知っている?」
「鎌倉と朝廷の交渉を担う家として発展したこと、
「衰退した理由は公宗卿の失脚以外にもあるんだが、まあそこは省いておこう。一つ注意すべき点があるとしたら、衰退したと言ってもそこまで酷い状況にはなっていない、というところだな」
西園寺家は大覚寺統・持明院統と縁戚関係を持っている。
このうち大覚寺統との縁はほぼ失われてしまったが、持明院統との縁は色濃く残っている。
この兄弟の母が、西園寺家出身の
「広義門院は出家の身であり直接政務に口を出されることは少ないそうだが、不見識な御方というわけでもない。場合によっては院にご意見を出されることもあるそうだから、影響力は十分ある。先の西園寺家家督問題についてもそうだ」
「公重卿から公宗卿の遺児に、家督を移した一件のことだな」
広義門院に限ったことではないが、後宮では公宗卿の遺児――というより、その母である
公宗卿は
そもそも、狙われたのはあくまで後醍醐であり、持明院統からすればそこまで咎めるようなことではないのではないか――。そんな意見が広まっていたという。
名子は元々持明院統が在位していた折に女官として後宮に仕えていたため、知己も多い。
それに加えて広義門院等の後押しもあり、家督が名子の子に譲渡されたのだと言われている。
「ただ、この一件について院は後宮とまた別の見解を持っているようでな。家督こそ名子殿の子に渡すことになったものの、公重卿は引き続き側近として遇されている。一方、まだ幼少ということもあるのだろうが、名子殿の子が今後どれくらい重用されるかは何とも言えないところがある。家督以外のことについては何も仰せになられていない」
朝廷内では、公重卿について兄・公宗から家督を簒奪したというマイナスのイメージもあるが、一方で帝暗殺を食い止めた良識人だというイメージもあるという。少なくとも、光厳院政下において疎外されているといったことはないらしい。
「
「正直、少し意外だな。密告で家督を手に入れた、という印象のせいかもしれないが、もっと評判が悪いものと思っていた」
「それを得意げに語るようなら評判も悪くなっていただろうが、そういうわけでもないらしいからな」
どうやら公重は、公宗に関する話題全般を極力避けようとするところがあるらしい。
西園寺家の家督については、当人もいろいろと思うところがあるのかもしれなかった。
「兄上!」
そのとき、話し込んでいる二人のところにまだ幼さの残る少年が駆け寄って来た。
後を追う形で、
「こら、三郎。兄上は今大事な話をしているところなんだ。邪魔をしてはいけないよ」
「ああ、別に構わぬ。少し世間話をしていただけだ」
重教が言うと、顕能は「すみません」と頭を下げてきた。
一方、三郎と言われた少年は重季に稽古をせがんでいる。
「三郎よ。客人がいるのだから、まずは挨拶をせぬか。それでは父上の名に泥を塗ることになるぞ」
三郎と呼ばれた少年はそこで重教に気づいたらしい。
はっとした表情を浮かべながらも、咄嗟に背筋をピンと伸ばしてみせた。
「上杉重能の子、三郎にございます」
「
「はい、よろしくお願いします!」
仲良くさせてもらっている、というところで重季が不満そうな顔を浮かべたが、重教はスルーした。
実際仲が良いかはともかく、こういう話を出来る程度の関係ではある。
「しかしこの年頃の弟がいるとは知らなんだ。今まで会ったことなかったよな」
「当然だ。三郎は先頃
「ああ、そうなのか。三郎殿、奇遇だな。俺も実のところ養子の身なんだ」
この時代、養子や猶子は決して珍しいものではなかった。
戦や病で庇護者を失った者を、一族の誰かが養子として迎え入れる。
あるいは、後継ぎの見込みがない者の元に一族が子どもを養子として送り出す。
そういった事例は多々あった。彼らの父である上杉重能自身、実父を失った後に母共々憲顕の父の養子になった身である。
「しかし重能殿は養子をよく迎えられるんだな。顕能も確か養子だったろう」
「はい。自分も他の上杉一族から来た身ですね」
「配慮だろう」
そう言いながら顔を出してきたのは、重能その人だった。
「父上、御帰りでしたか」
「つい今しがた戻った。問題はなかったか」
「はい」
「ならば良い」
素っ気ないやり取りだったが、重教はあまり冷たい印象を受けなかった。
三人の子たちが、重能を信頼しているのがなんとなく伝わってくるからかもしれない。
「重能殿。配慮、というのはなんでしょう?」
「俺は母こそ上杉の出だが、父は違う。養子入りして上杉を名乗っているが、そのままでは浮いた存在になる。それで清子様辺りが気を使われたのだろう。上杉一族の者を私の養子にすることで、私に上杉一族としての箔をつけさせようというわけだ」
重能は尊氏に縁談を持ちかけようとして不興を買ったが、上杉一族の中での待遇はむしろ良い方だった。
東国行きになった憲顕と比べると、中央で活躍する機会がある分厚遇されているという見方もできる。
きちんと仕事をこなしているから、というのもあるだろうが、養子を受け入れているのもその一因なのかもしれない。
「養子縁組というのも、いろいろなものがあるんですね」
「家と家の繋がりが発生し得るなら、そこには様々な理由や思惑があるというものだ。西園寺家のそれはかなり複雑だから、もし口を出すつもりならそれを十分注意することだ。そう重茂殿にも伝えておくが良い」
それだけ言い残して重能は奥へと行ってしまった。
西園寺家について言及した辺り、ある程度話は聞いていたらしい。
「……どこから聞かれてたんだろうなあ」
「さあな。確認したところで詮無きことだろう」
家と家の繋がり。
重能が最後に言い残した言葉で、少し気になることが浮かび上がってきた。
「公宗卿は既に亡くなられている。少し前まで西園寺家を主導していたのは公重卿だ。後宮からの後押しがあったと言っても、それだけで幼い当主を迎えてやっていけるものなのかね」
「何が言いたい?」
重季の問いかけに、重教は一つの名前を口にする。
「幼少の当主の母の実家。西園寺家にとっての外戚。――
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