3つの扉(短編)

月冴(つきさゆ)

【Episode1-1】 3つの扉

「さあ、どの扉を選びますか?」


 いかにも怪しげな男が、3つの扉の前に立っている。なぜ初対面の男相手にいかにも怪しいと形容するかといえば、黒と白の上下 縦縞たてじまのスーツをまとい、頭にも同じ模様の背の高いシルクハット———手品師がよく頭に乗せている中に鳩を隠せるくらい大ぶりな帽子———を被っているからである。見るからに胡散臭い。むしろ、不審者に見える。


 しかし、そのいかにも胡散臭うさんくさい男以上に怪しいのが、3つの扉である。左から青、黄色、赤と、信号機とまったく同じ並びをしている。扉はごく一般的な開閉式の開き戸、左側に丸いドアノブがついている。それが3つ、綺麗に等間隔に横並びになっている。ここまでならば、多少現実離れしているものの、さほどおかしいところはない。


 では、何がおかしいのか。


 扉は空間のど真ん中に、ただ、ポンと立っているからである。通常扉は壁に備え付けてあるものであり、向こう側とこっち側を行き来するのを隔てるためにあるはずである。それが、何もない空間にぽつんと立っているものだから、怪しい以外に形容しようがない。


「独り言は終わった?もう、先に進めてもいい?」


 男は軽く苛立いらだちを覚えたのか、頭の帽子をきながら焦れたように言う。


「あ…すいません。つい、癖で」


 どうやら、俺はいつもの癖で頭に思い浮かべた事柄をそのまま口に出してしまっていたようだ。特に不安を感じれば感じるほど無意識のうちに声に出てしまい、治そうと自覚はしているものの————


「君、友達いないでしょう?」


 怪しい男は俺の話(独り言)を遮ると、「まあ、いいや」と大きくため息を吐く。それからゴホンと咳払いをして、話しを再開する。


「えー。改めて。君はこの3つの扉から1つだけを選んで、先に進まないといけません」


「すいません!」


 ここで、授業中に挙手をして先生に質問をする生徒のように、俺は手を挙げる。怪しい男は明らかに苛立ちが多少怒りに変わった口調になっている。


「なに?まだ説明の冒頭も読み終わってないんだけど?まあ、いいや。で、なに?」


「えと、ここはどこですか?それに、あなたは誰ですか?」


「それは、言います。続けるから」


 再び口を挟もうと口を開きかけたが、男にキッとにらまれ、押し黙る。口を開かないよう、両手でふさいでおこう。


「1つだけ扉を選んでください。なお、1つの扉につき1回だけ、向こう側の世界を体感できます。3つを体感したのち、最終的に1つを選び、その向こうの世界で人生をやり直してください」


「もし3つとも選ばなかったら、どうなるんですか?」


「選ばないとどこにも進めないので、この空間に私と一生一緒にいないといけなくなります」


 ここで俺はようやく周囲を見回す。どうやら、東京ドームよりも大きな円盤状のホールの中にいるようだ。この巨大な空間に、俺と男と扉3つが立っているのみである。


「え…こんな何もないとこで?……嫌です」


「私の方が、嫌です。なので、君には何が何でも1つを選んでもらいます」


 男は気怠けだるそうに欠伸あくびをしながら言うと、1番左端の青い扉のすぐ横に立つ。それから、黒と白の縦縞の袖からのぞく左手をドアの方に向け


「まずは、青い扉から、どうぞ」


と指を鳴らすと、青い扉が自動的に開き、向こう側からまばゆい光が溢れ出してきた。

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