【6】

 明け方。冴子はまだ病室にいた。

 冬眠状態に入ったというしゃけさんは、未だに生きているんだか死んでいるんだか分からないような状態でいるが、何度も伊丹医師に確かめてもらったので心配はないだろう。

 彼が自殺の為に睡眠導入剤を大量に摂取したようだが、全身性M目クマ科という『獣人病』を患った彼の身体には、人間用の薬剤では効き目が弱かったのだとか。

(でも……)

 未遂で終わったが、彼が自殺に走った事実は変わらない。

 また目を覚ました時には同じ選択を選ぶのかもしれない。

 だが、冴子の瞳には既に暗い感情は見当たらなかった。

「……もう二度と、こんなことさせませんから」

 呟く。冴子の心は決まっていた。

 事実は変わらないけれど、変わったこともあるのだ。

 ふと思いついて、首元からそれを引っ張り出した。

 鈍色の鎖の先には淡泊で胡乱な石が嵌っている。

 今はこれくらいしか手放せるものがない。

「これ、必勝祈願のお守りです。でもちゃんと返して下さいね」

 呟きながら、腹の上に重ねられた熊の両手に鎖でぐるぐると巻きつける。

 その手付きは慎重で、傷つけまいとするようなものだったが……。

 ひと仕事を終えた冴子は一度、肩を落とし、深く息を吸い込んでから立ちあがる。

(まずは実技試験の日程をずらしてもらわないと――あ、ていうか自殺未遂のもみ消しもしないと。実技試験は死ぬ気で対策してもらうとして)

 頭の中では目まぐるしく、『これからのこと』を考える。

 問題は山積みだが、目的は明瞭としていた――とそこで、

「……ふぁ」

 欠伸が漏れた。

 目的を前にして、ひとまず成すべきことは決まったようだ。

「私は一回寝ますけど……しゃけさんは早く起きて下さいね」

 半目でそう言って、病室のカーテンに手をかける。

 一気に引くと朝焼けが部屋に飛び込んでくる。

 徹夜明けになんて仕打ちだと冴子は目をすがめてから、病室の扉へと歩き出す。

 足取りに迷いはない。

 靴音の去った病室には、ベッドで休むヒグマという図だけが残されていた。

 朝日は責めるように彼を照りつけ、その手の中でブルームーンも輝きを返していた。

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