新型戦車        同日 一五一四時

「大隊の装備を見せておこう」

 旅団長の部屋を離れたあと、オッペルン少佐はカールにそう伝えた。

 カールは運転兵に荷物をまかせると、少佐とともに外へ出た。演習場の地面は整地されておらず、あちこちに車両の轍や窪みが残されている。おそらく急いで造成したため、整地する余裕がなかったのだろう。ただし広さはなかなかで、東西に一〇キロ、南北に三〇キロほどの幅があるそうだ。


 カールは道すがら、旅団についての説明を受ける。

 第119装甲旅団は、誕生からまだ間もない部隊であった。二月の終わりに人員の招集が開始され、その数は士官六〇名をふくめた二千名ほどである。

 中核をになうのは装甲大隊および装甲擲弾兵大隊各一個で(擲弾兵は一部の歩兵部隊に与えられる、ある種の名誉称号だ)、ほかに装甲工兵中隊、車両修理小隊、補給隊が組み込まれている。旅団としてはかなり小振りで、一段下の連隊と同レベルといってよい。

「だが、装備の充足率はわるくない」

 オッペルン少佐は歩きながら言った。「現時点で擲弾兵、工兵ともにSPW(装甲兵員輸送車)を定数いっぱい保有し、文字どおり『装甲化』されている。補給隊そのほかの支援組織も、トラック等の車両類を完備済みだ。すくなくとも装備をみた限り、快速兵団としての態勢は万全といえる」

「定数を確保とは、ずいぶんと豪勢ですね」

 話を聞いたカールは、おもわず感嘆の声をあげた。主として工業力の限界から、帝国軍では装甲車両の供給に苦慮している。特にSPWの不足が顕著であり、膨大な需要を半分程度しか満たせていない。

「前線では定数割れが常態化しているからな。これは素直にありがたい」

 オッペルン少佐は言葉を続けた。

「くわえて機材自体も、出来るかぎり新品が与えられている。なかでも大隊の保有戦車は、完成まもない新型だ」

「新型……ですか?」

「そうだ。まあ、楽しみにしておくといい」

 ひと通りの説明が終わると、話は軍歴へと移っていく。

 それによるとオッペルン少佐も、以前は東方戦域にいた。前線南部で装甲大隊を指揮し、叙勲の大半もそこでの活躍によるらしい。損耗で部隊が後方に移動した際、転属を命じられたとの事だ。

「先ほど伝えたように、旅団は設立から日が浅い」

 大隊長は移動しながら、カールのほうをみて言った。

「兵たちは集まったばかりで、そのうえ訓練も始まったばかりだ。まずは部下たちを、しっかり教育してやってくれ」

「はい、少佐殿」

 カールは力強く頷いてみせる。

 しばらくして、オッペルンが正面を指差した。

「中尉、あそこが目的地だ」

 カールがその先に目をやると、倉庫らしい大きな建物がみえた。半円形の断面をもつ屋根があり、トラックが通れそうな寸法の扉が設けられている。よくみれば扉の前に、戦車兵らしき人影をみっつ確認できた。

 カールたちが倉庫に到着すると、戦車兵たちは姿勢をただして敬礼する。

 そのうち一人は、カールもよく知る男であった。舟形略帽をかぶっている彼に、カールは嬉しそうな表情で返礼した。

「ハンス、待たせたな」

「はい、中尉殿」

 ハンス・アイスナー軍曹が微笑みながら応じたあと、オッペルン少佐が声をあげる。

「では、中に入ろうか」

 大隊長の言葉をうけて、アイスナーが傍らの兵たちに目配せした。彼らがスライド式の大扉をあけると、カールは奥へと足を踏み入れる。

 薄暗い屋内にはいり、立ち止まると視線を巡らせた。

「これは……」

 カールはおもわず息をのんだ。

 広々とした内部は格納庫であり、二種類の戦車が左右に分かれて並んでいた。その数はあわせて、二〇両以上になる。左側は砲塔をそなえた普通の戦車だが、もう片方は車体に直接、武装が据え付けられていた。どちらもカールが見たことのない車両で、薄めの茶色い塗装が施されている。

 それらを凝視するカールへ、横に立ったオッペルン少佐が言った。

「ここには44式戦車と37式駆逐戦車を、それぞれ一一両ずつ格納している。きみの第三中隊が装備するのは、左側の44式だ」

「噂は聞いた事がありますが」カールはあたらしい玩具を前にした、子供のような顔をしていた。「実際に目にするのは初めてですね」

「なら、もっと近くで見てみるといい」

「……では、失礼します」

 カールはしずかに頷くと、ゆっくりと歩き出す。

 彼は新型戦車の前に立ち止まると、その姿をじっと観察した。

 44式戦車は37式につづく、帝国軍の次期主力として一年前に採用された。連邦のT-33へ対抗すべく開発され、さまざまな新機軸が盛り込まれている。

 たとえば従来型の装甲配置は垂直であったのに対し、44式では砲塔および車体の側面、および車体前面を斜めに傾けている。これによって砲弾をはじく、『避弾経始』というアイデアだ。カールが以前きいた話では、装甲それ自体もおおきく厚みを増したらしい。

 いっぽうで主武装は、37式とおなじ七・五センチ砲だ。

 だがまったく同一という訳でなく、砲身をより長くした新モデルのようである。砲身長は射程や装甲貫通力に影響をあたえるので、戦闘力も相応に強化されたことになる。車体は一体形成でつくられているなど、無骨な印象の37式に比べて外観もスマートさが増していた。

 つづけてカールは、隣の列にも目をむけた。

 37式駆逐戦車は、名前のとおり37式戦車をベースとしている。砲塔を撤去した車体に箱型の戦闘室を設け、そこに44式と同系列らしい長砲身型の七・五センチ砲

 をそなえていた。砲塔がないぶん車高はひくく、44式の半分程度に収まっている。

 カールは振り返り、大隊長へ尋ねてみた。

「44式の機動力は、どの程度なのですか?」

 オッペルン少佐が答えた。

「舗装道なら最大時速五〇キロ、不整地でも三〇キロは出せる」

「そんなにですか⁉」

 カールはおどきで声を荒げる。転属前に載っていた37式は、整地上でも四〇キロ前後のスピードしか発揮できなかった。

「噂どおりの戦車ですね。これさえ有れば、誰にも負ける気がしませんよ!」

「ははっ、その意気だ」

 カールの興奮した声に、少佐はわらって頷く。

「改めて、大隊は君の着任を歓迎する。これから忙しくなるだろうが、第三中隊をしっかり纏め上げてくれ」

「はい」

 そう答えると、カールはアイスナーに呼びかけた。

「ハンス、ここでも宜しく頼むぞ」

「はい、お供させていただきます」


 カールは格納庫をはなれると、大隊長と別れてさらに移動した。彼はアイスナーに案内されて、中隊の宿舎を目指す。時刻は一六〇〇時を過ぎたところだ。

 宿舎前にたどり着くと、六〇名ほどの将兵が待ち構えていた。中隊は本部と三つの小隊からなり、彼らはグループごとに一列で並んでいる。一部の下士官を除けば、ほとんどがカールと同世代――あるいはもっと若いようだ。

 カールたちが立ち止まると、本部付きらしい年かさの曹長が声をあげた。

「気をぉ付け!」

 兵たちは一斉に踵を鳴らし、直立不動の姿勢をとった。つづいて「かしら右!」の号令がかかり、全員がカールのほうに目をむける。号令役をつとめた本部付き曹長と、三人の小隊長が敬礼していた。

 カールは返礼しつつ、ゆっくりと列の前を進んでいく。

(これが全員、俺の指揮下に入るのか)

 彼の内心ではいま、不安が渦巻き続けていた。なにしろ部下の数が、少尉時代とくらべて倍以上に増えたのだ。肩にのしかかる責任も、相応に重くなるはずだ。すでに昇進をよろこぶ気持ちや、新型戦車をみての興奮は消し飛んでいる。

 カールは列の前で立ち止まり、右手をおろすと部下たちのほうへ向きなおった。

「かしらぁ前へ!」

 曹長の号令が響くと、兵たちもカールのほうへ目をやった。無数の視線をあびた彼は、掌が汗で濡れていることに気づく。だが部下の模範であるべき将校が、感情を露わにする訳にはいかない。

 列を一瞥したあと、カールはおもむろに口を開いた。

「本日より中隊を預かることになった、カール・シュナイダー中尉である」彼はさらに言葉を続けた。「諸君らには来るべき時にそなえ、ひたすらに訓練へ励むよう期待する。本部曹長と各小隊指揮官は、このあと中隊長室へ出頭しろ。以上だ」

「解散!」

 曹長の号令が発せられると、カールは内心で密かに安堵した。気の利いた言葉は無理だったが、とりあえず無難に済ませられただろう。すくなくとも、彼自身はそう思っている。

 まもなく、アイスナーが近づいてきた。

「部屋に案内します。荷物はすでに届いているそうです」

「分かった」

 カールは頷くと、宿舎の中へと入っていく。

 その後は中隊長室へ向かい、出頭した幹部たちと顔合わせをおこなった。装備や訓練の状況など、業務上の引き継ぎ事項をひとつずつ確かめる。それが終わると歓迎会も兼ねた夕食を済ませ、さらに大隊本部で業務関係の確認に追われていった。

 疲れ果てた彼がベッドにはいれたのは、日付が変わった直後の事であった。

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