18話 檻
檻(1)
まだ午前中早い時間にマンションに到着したから、二限目の講義には間に合いそうだった。皆で管理人室の藤堂にお礼に行った後、由香奈はいったん部屋に戻って教材をバッグに入れた。
「私は果物は食べない」と藤堂に突き返されたお土産のブドウは、明日の朝ごはんにすることにしてすっからかんの冷蔵庫にしまう。
急いで学校に行き授業に出たものの、睡眠不足で眠くて仕方なかった。昨夜は気が昂ってなかなか寝付けなかったのだ。どこでもすぐ眠れると言っていたクレアと春日井が羨ましい。
昼休み、どうしても眠くて昼食を食べずに図書館に向かい、個別の仕切りがある閲覧机につっぷして少し寝入った。
いくらかすっきりして午後の授業を乗り切る。それからバイトの時間までの合間にフラワーに行ってみた。
「ゆかなん、ドリルの丸つけして」
クレアは来ていなくて、由香奈に懐いているおかっぱの女の子が真っ先に駆け寄ってくる。
「えと、あんまり時間ないから、少しだけだよ」
時間を気にしながらテーブルに座ると、園美さんが紅茶を持ってきてくれた。
「ブドウをありがとう。さっき春日井くんが持ってきてくれたから、子どもたちのおやつにするね。由香奈ちゃんも食べてく?」
「私の分は家にあるので……」
割り算のひっ算を確認し終えて顔を上げると、園美さんはにこにこ笑っていた。
「楽しかった?」
「はい。ありがとうございました」
園美さんは満面の笑みで由香奈以上に満足そうだ。
「人生ってさ、修行じゃないんだから、楽しんだっていいんだよ」
突然の意味深長な言葉に由香奈は驚く。見つめ返しても、園美さんはにこにこするばかりだ。
「ゆかなん、どう? できてる?」
「あ、うん……全問正解」
気を取られた隙に園美さんは向こうへ行ってしまう。
バイトに入ってからも、油汚れのひどい皿を洗いながら由香奈は考えた。どういう意味だろう? 自分は別にストイックな生活をしているつもりはないし。でも、とふと思った。だからといって、別に楽しいことをしようとも思っていない。楽しいことってなんだろう。
街灯で明るい路地をマンションへと歩きながら、最近楽しいと感じたことを思い出す。美味しいものを食べたり、綺麗なものを眺めたり、クレアとおしゃべりしたり。
フラワーで子どもたちが寄ってきてくれるのも、なんだか嬉しくて楽しいと感じる。楽しいって、嬉しいのと同じこと? 嬉しいのってどんなとき? 思いを巡らせながらエントランスに入る。
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