忘れえぬ女(2)
「そういえばさ、すっごい今更だけど、あんた名前は?」
ずっと失念していたことに気がつき、由香奈は少しむせてしまう。そんな由香奈をスルーして彼女が先に名乗ってくれた。
「あたしはクレア」
「くれあ!?」
胸を撫でて喉を落ち着けていた由香奈はまた驚く。キラキラネームだろうか。どんな字を書くのだろう。それとも実は外国人とか?
「あんたは?」
「由香奈です」
「すっごい今更だけど、よろしく」
「はい……」
「バイトってどこ?」
「駅前通りのラーメン屋さんです」
「ええ? 前よく通るし、食べにも行くけど、見たことないよ」
「奥でひたすらお皿を洗ってるから」
「へーえ。接客はいや?」
由香奈はこくんと頷く。小首を傾げる彼女の髪がさらりと流れる。長さは由香奈と同じくらいだけれど、おしゃれなカットだし艶のあるカラーに染めてさらさらしている。
由香奈がぼーっとしていると、クレアは不思議そうに目を見開く。
「あ……髪が、きれいだなって」
「そう? ありがと。由香奈はどこでカットしてるの?」
「あ……いえ……自分で……」
「は? マジで?」
本当だ。前髪はそれなりに切れるが、後ろはほぼ適当だ。だからいつもお団子状にまとめている。
「自分のことにお金、かけたくなくて」
「そうは言ってもさあ。安い店だってあるよ? あたしはいつも五百円でカットしてもらってる」
「五百円!?」
「そーだよー。知り合いでね、練習台になるなら五百円でいいって。そうは言っても腕は確かだからおかしな風にはならないし。シャンプーなんかもね、モニターやれって何本もくれたりするんだよ。今度行くとき連れてってあげる」
「え……」
「いや、だって。自分でカットはないわー」
そうなのか。由香奈は顔を赤くする。
それからも少しだけ、お互いのことを話した。クレアは年は由香奈よりひとつ上で服飾系の専門学校に通っているそうだ。
「美容関係の勉強もしたくて。もういっこ学校行こうかなあなんて考えてるとこ」
好きなことをするのが楽しいのか、瞳がきらきらしている。
「こんなに人としゃべったの久しぶりかも」
彼女がそんな風に言うのが意外で、由香奈はきょとんとしてしまう。
「友だち多そうなのに」
「知り合いは多いけど、友だちは少ないよ。わかる? ニュアンスの違い」
由香奈はこっくり頷く。
「私なんか、こんなにしゃべったの初めてかも」
「いやあ、ないわー。あんた」
つぶやきつつ、なんだか嬉しそうにクレアは笑った。
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