第23話 我が家が筋肉ワンダーランドにやって来た!?(後)

「チョッとサテラ。ここ主神の神殿域と違って雲の絨毯じゃないんだから、地面があるんだよ地面が! 削れる、削れるって!!」


 バルバロイに課された特訓しごきの合間の短い休憩時間。

 心の安寧を得るために、俺はペルカと【神託会話】していたのだが、サテラさんから無情にも休憩終了を告げられた。

 べつに嫌だとごねた訳でも無いんだが、いま俺は彼女に足首を掴まれて引きずられています。


 ……あの、サテラさん? なんだか機嫌悪くありません?

 ジタバタと暴れるが、サテラさんの力に俺がかなうわけがない。何とかダメージを最小限にするように上を向く。背中からズリズリとイヤな音が聞こえる。今はアーマーを着ていないからけっこう背中が痛いよ。

 バルバロイに課されている特訓だが、彼とは力の差がありすぎるために戦闘訓練はサテラさんとしている。そのせいか彼女の俺への当たりが最近は遠慮が無い。

 トサリッと、俺の足を落としてサテラさんが振り返った。

 俺も体勢を立て直して立ち上がる。


「……楽しそうでしたねヤマト。ペルカですね、相手は」


 何ですか? 元々だけど、さらに表情が冷たいよサテラさん。


「地上がどうなってるか、チョッと気になったんだよね。もう三ヶ月も連絡とってなかったし……気になるよね? サテラも……」


 何だ? 何で俺、隠れて付き合ってる娘との連絡現場を、彼女に押さえられた奴みたいなキョドリ方してるんだろう。……やましいことなんかないよ。


「……そうですか。元気でしたかペルカは」


 だから、怖いですって、その視線。


「ああ、元気だったよ。彼女も戦闘の修行してるそうだ」

「あの娘の能力値巫女兵モンクに向いていますから、戦闘訓練は確かに合っていますね。――ですが、あまり一人の巫女に執心するのは感心しませんね」


 いや、サテラさん? 俺の巫女まだペルカしか居ないからね。知ってるでしょ。


「おおぅ、なにサボってやがんだ。もう休憩は終わりだぞ」


 サテラさんに引きずってこられたのは闘神の神殿前だ。といっても、部屋のすぐ裏なんだけどね。

 バルバロイの神殿は、球技場のトラックのような広場があり、その端に俺の部屋がぽつねんと居座っている状態だ。

 主神の神殿域では他人ひとが居なかったからいいが。闘神の神殿域では完全にコントの舞台セットにしか見えない。しかもここでは観客付きだ。

 先ほどの小休止。ペルカとの【神託かいわ】前には、肉体鍛錬として、かなたに見える山まで走り、崖の壁面をロッククライミング、その後、下級へと流れる川を泳いで帰るという。変則トライアスロンをこなしてきたのだった。

 ここに来た直後はさすがにそんな事はできないので、短い距離のランニングやら、筋トレやらだったのだ。

 ただ見かけに反してバルバロイ。彼の訓練は、俺たちの世界の科学的トレーニングに酷似していた。しかし通常72時間ほど掛かる超回復を魔法や魔法薬で強引に引き起こすのでトレーニングの休みがない。

 つまり、肉体は鍛えられても精神はガリガリとけずられて疲弊していくのだ。


「しかしオメエ……。ほんっとに才能ねえのな。俺の訓練を受けてここまで育たねぇ奴も珍しいぜ」


 先ほどのステータスを見た俺の意見としては、たった三ヶ月でここまで成長したことに驚いているんだが。

 しかも、言葉は呆れている感じなのに、バルバロイはやる気に満ちている。

 ――何故?


「ここまで育たねぇと、俺の納得いくレベルまで育つのにどれだけかかるか……たまらねぇな」


 オイッ! アンタなに舌なめずりしてんだ!! まさか訓練トレーニング・ジャンキー!?


「まっいいや、少しは力が付いてきたみてぇだしな。よっし! チョッとテストするぜ。おいサテラ、ヤマトと手合わせしてやってくれ。いつもの教練じゃなくて、本気な」


 チョイ待って。

 確かにこれまでずっとサテラ相手に戦闘訓練してたけど、まだ、訓練でさえ一本も取ったことないんだよ。

 俺の抗議の視線を無視して、バルバロイが訓練用の剣を層界から抜き出し俺とサテラに差し出した。


「わかりました。ヤマト……その前にひとつだけ言っておきたいことがあります。貴男はまだ、自分の居た世界の常識に捕らわれているようですが、今の貴男は私達と同じ神です。私たちはより精神体に近い存在だということをそろそろ理解してください」


 えっ? どういうこと?


「行きますよ、構えなさい」


 俺の『?』は答えてくれないようです。自分で気付けってことらしい。たぶん、俺がこの世界に来てからこれまでの間に何らかのヒントが有ったんだろうけど……判らん。


「よーっし、初め!」


 しまった! 混乱しながらも、剣を構えてしまったのでバルバロイが号令を掛けてしまった。

 号令を合図にサテラさんがスススと前進してくる。

 バルバロイがこの三ヶ月の間、俺に戦闘技術として鍛えるように言ったのは剣術だ。

 俺に剣士のレベルが付いたってのもあるみたいだが、この世界では剣術が一番潰しがきくらしい。

 一般に無手を1とした場合、剣は3倍、槍は5倍強いと言うそうだが、槍は取り回しが難しく懐に入られると途端に無力になるので高度な技術がいるらしく、バルバロイ、サテラ共に早々に却下していた。

 というわけで剣を使っての訓練を積んでいたのだ。

 サテラが間合いに入り剣を打ちつけてくる。その剣にこちらの剣を打ち合わせて、力の均衡を作り出してから次の攻撃へ繋げるの態勢に移行しようとするが、サテラの力に押し込まれて体勢を崩される。

 そのまま押し込まれるとサテラの思惑通りなので、素早く力を抜いて後ろに下がる。


「その流れでは、今までと同じですよヤマト!」

「そんな事はわかってるよサテラ。……だから、こんなのはどうだ!」


 今までは力に押し込まれ真っ直ぐに下がってしまっていたが、サテラさんの剣が押し込まれた方向から逃れるように、左足を軸にして右足を引いて彼女の剣を流す。

 俺はそのまま左に回転して、担ぎ上げるように持ち上げた剣を頭上で回し、サテラさん目掛けて振り下ろそうとする、しかし利き腕ではない左からの攻撃なので、彼女の迎撃準備のほうが早かった。

 ヤバイ、このまま行ったら胴を打たれる!

 俺は、攻撃を中断して後ろに下がった。寸前まで俺の胴があった場所をサテラさんの剣が通り過ぎる。

 その後も、何合かこれまでの教練での攻撃を思い出しながら微妙に受け方を変えて攻撃しようとしたが、全て先回りされてしまう。

 これまでの訓練ではことごとく力負けで終わっていたから、何とか受け流しながら攻撃できないかと試してみたんだが……。


「くそっ! 慣れない事やるとやっぱ駄目か……」


 間合いが離れた所で一息つくと、途端に汗が噴き出してきた。

 でも、こんなに打ち合えたのは初めてじゃないだろうか? ちょっと感動。この方向で行けば今日は駄目でも数日中には一本取れるかも。


「ヤマト。私の言葉をちゃんと考えていますか? この神殿域に居るもの達をよく見てみなさい」


 サテラさんが真剣な顔で俺に問いかけてきた。……エッ? 俺何か勘違いしてるのか?


「おいサテラ。この過保護娘。おめぇ、ヒント与えすぎだ。そういうのは自分で理解しないと身になんねぇぞ」


 バルバロイが、サテラさんに呆れ顔で忠告する。

 ……どうやら俺の考えてる方向性は間違えてるらしい。

 サテラさんは何て言ったっけ。この神殿域にいるもの達を見ろ。あと、神になったのに前の世界の常識に捕らわれてるとも言ってたな。

 俺は、彼女の攻撃に備えながら辺りにいるムッキムキの戦士達を見回した。

 あれ? 何か頭に引っかかったぞ。何だ? 何か違和感が。


「早く気付かないと、これで終わりますよ」


 サテラさんが、次の攻撃を示唆すると踏み込んできた。

 戦女神の名に恥じない踏み込みだ、数メートル先から一瞬で間合いを詰められた。

 ――戦女神!?

 ここに居る戦士達は死後・・天界に招かれたんだよな。――そうか!!

 俺は一か八かで、閃きを実行した。

 ガキンッ!! という激しい激突音がして剣が弾き上げられる。

 ――サテラさんの驚きの表情なんて初めて見たよ。

 俺の剣に弾き上げられサテラさんの胴ががら空きだ。俺は素早く一歩踏み込んで、剣のつかで彼女の胴を打った。


「それまで!!」


 バルバロイの声が上がった。


「フーッ! これで良かったのかな? 何か格好悪いけど」


 俺は、右手だけムッキムキ状態で言った。


「違います!」

ちげーよ!!」


 サテラさんとバルバロイにハモって突っ込まれました。

 あっ、やっぱり!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る