第21話 我が家にモフ神やって来た!?

「ヤマトさま、改めてお礼申しあげます」


 シュアルさんが、三つ指をついて頭をさげた。頭上の狐のような耳もぴょこりと伏せる。たくさんあるしっぽが背後に扇状にひろがっていて着物の長裾のようにみえる。

 なんというか十二単依を着せたくなる感じの神だな、この方。

 上品というか、おしとやかというか。これまでの俺の人生で出会ったことのないタイプだ。

 いや、サテラさんもバルバロイも出会ったことないタイプだけどね。こんな人たち周りにいたら、今ごろ別の天にいましたよ。

 ちなみにここは俺の部屋なわけだが、シュアルさんがテレビの横の開いた壁ぎわ。この部屋で一番広い場所で三つ指をついています。


「いや、行き掛かり上だったんでそこまでかしこまられるほどのことはしてませんよ」

「そうですね。ほとんど殺されにいっただけのようでしたし」


 サテラさんはコタツと本棚のあいだに陣取り、いつのまにやら湯飲ゆのみでお茶を飲んでいる。やっぱり容赦ないねサテラ。ちょっとは優しくなったと思ったのに。

 コタツを挟んでテレビが見られる俺の定位置。俺のうしろには小型の茶箪笥ちゃだんすがあって、さらに電気ポットが置いてある。そこから持ってきたんだよねその湯のみは? 使ってないからうろ覚えだけど見たことあるよその湯のみ。お湯はポットから出したのだろうか? ポットの電気はどこから? ……まさか俺の世界から盗電? アパートどうなってるんだろう? ……考えたら寝られなくなりそうだ。


「あらあら、サテラ。あなたあれほどヤマトさまのことを心配していたのに」


 シュアルさんは長い袖で口元を隠しているが、小首を傾げるようにサテラを見ている目元にははっきりと笑みが浮かんでいる。


「なっ、何を言っているのですか! シュアルさま!」


 サテラさんが頬をうっすらと赤く染めて慌てている。氷の表情のサテラさんも良いが、うん、この表情の攻撃力もかなりのものだ。俺の好み的に。

 そんなことを考えていると、彼女がキッと、俺に視線を向けた。


「――勘違いしないでくださいね! ……少し見直しただけなんですからね!」


 ……何だろう、サテラさんが失敗したツンデレみたいになってるよ。


「よーぅ、サテラ。そこの本、取ってくれよ。シュアルの話はまだ続くんだろ――ヒマなんだよ」


 バルバロイは話しに置いていかれた子どもみたいになってるよ。

 それ以前にまだ挨拶しただけだからね。どこまで短気なんだよキミ。それに、やっぱりそマンガの続きを読むんかい!!

 ちなみに彼まで部屋に入ってくると暑苦しいんで、彼は開いている壁がわの床に腰かけてもらってます。密かに、見えないだけで実は壁があるんじゃないかな? とか考えだしていたんだけど。やっぱりありませんでしたよ――壁。

 どうも彼らは、に許可が無い限り、人や持ち物に対して常識から外れる行動はしないらしい。サテラさんも神々の契約とか言っていたしいろいろと面倒なルールがあるのではないだろうか。

 バルバロイは、俺がそこに腰掛けていてくれと言ったらすんなりと座りやがった。


「どうやら――サテラもこの世界のことをあまり説明していなかったみたいですね。……私も多くを説明できるわけではありませんが、お礼もかねまして少々説明させていただきます」


 シュアルさんは、思わせぶりな視線をサテラにおくってから俺に向きなおると、姿勢を正して、コタツを挟んで俺の正面に座った。


「まず、この世界の神々の事はどのくらい知っていますか?」

「神々にも色々と決まり事があるということは何となくかわりましたが」

「なるほど……もっとも基本的なところから説明したほうがよさそうですね。私たちは主神さまの従属神ですが、そのなかにもさまざまな階級が存在します。まず主神さまのようにこの世界が生まれたとき、ほぼ時を同じくして生まれた神々。彼らは六合神コスモディアと呼ばれ、多くは我々が治める星界せいかい外の六合界コスモディオにいらっしゃいます。主神さまが『新旅行ハネムーン』と称して旅立たれたのはそちらになります。また主神さまは、この星界のテラフを気に入られてここを居界きょかいとされていますが、この星界を含む大星界をも治めておられますので時折こうして出かけていかれます」


 ただの無責任ヤロウかと思ってたけど、いちおう仕事もかねてたんだね。でも大星界って、銀河系?それとも大銀河団のことかな?

 邪魔になってないといいね……。

 あれ? ということは……


「あの、もしかして主神ていうのは、大星界を治める神のことを言うんですか? ほかの大星界にはその大星界の主神がいる?」


 俺の問いに、シュアルさんは首を縦に振った。


「その通りです。六合神様達はそれぞれ六合界に散る大星界を治めているのです」

「六合神=主神と考えれば良いということですか?」

「その認識で間違いありません。ただ、僅かばかりですが大星界を治めておられない方もおられます」

「あとひとつ、気になったんですが、この大星界にはほかにも人、というか知性体が生息するテラフみたいな星ってあるんですか? もしあったとして、俺はそこに関しては何もしなくて良いんですか?」

「それについては、安心してください。六合神の制約として子供達を育むことのできる星は大星界にひとつと定められております」

「俺はこのテラフのことだけ考えれば良いってことですね」

「その通りです」


 もともと微笑んでいるように見えるシュアルさんの顔に、はっきりとした笑みが浮かぶ。


「では続きを。つぎに星から生まれた神々――星神せいしんと呼ばれています。陽行神さまや月神さまなどがおられます。主神さまと結婚なさりました大地母神さまも星神になります。さらに、私のように自然界の精霊が昇華して神になった精霊神たち。ちなみに、私は森獣神とも呼ばれています」


 シュアルさんは右手で軽く自分を指して言った。なんとも仕草が優雅だ。

 この世界に来てから神様に出会ったのは五人目……あれ? 神様の数えかたって『はしら』だったっけ? 五柱目なのか? だけど、彼女がいちばん神らしいな。外見はペルカより少女なんで、膝に乗せてモフりたくなるけど。


「そして、そちらにいるバルバロイ殿などのように人々の理想が神として具現化したものたち。サテラをふくむ戦女神たちの多くもそうですね」


 思わずバルバロイを見た。えっ? これが理想? なんかイヤな人々だな。

 彼は俺の視線も気にならないのか、既に第三巻を読み始めている。


「最後に、私たち神々と××××××」


 話の途中、彼女の言葉が不自然にとぎれた。ピー音は出なかったけどね。


「――申し訳ありません。この事柄については私にこれ以上の発言権はないようです。サテラあなたはどうですか?」

「私には、主神さまのつくったこのマニュアルにある事柄以外の発言権はないようです。……ただしヤマトの成長にあわせて解放される情報はあるようですが」

「そうですか、あの方がなにを考えているのかはわかりませんが、なにがしかの思惑があるのでしょう」


 バルバロイには聞かないんだね。って、彼、聞いてないか。


「最後の説明が出来ませんでしたが、基本的に私が話した順に神格が高くなります」

「基本的ということは、それ以外の要素もあるってことですか?」

「そうです。たとえば、私は四つの種族を生み出しました。また、バルバロイ殿などは地上の闘士や戦士などに広く信仰されています。よって、より多くの神力を得ることができ神格が上がっていくのです」

「神力を多く持っていれば神の力をより使えるからってことですか?」

「そうですね。よりこの星界に影響をあたえることができます。星界への干渉力が神格といってもいいかもしれませんね」


 シュアルさん四つも種族を生み出したんだ……少女にしか見えないのに。神様って侮れない。

 それと種族って、たぶん知性がある種ってことだよね?


「シュアルさんが生み出した種族は狼人ろうじん族のほかには?」

狐人こじん族、びょうじん族、犬人けんじん族になります」


 うーん、この種族名……俺の頭のなかでは言葉の響きから『個人』、『病人』、『県人』と変換された。狼人族は『老人』だし。なんだろう、このネーミングセンス……微妙だ。


「シュアルさまは、われわれテュール神族のなかで良識的な方の一柱ですが、美意識が少々……」


 サテラが俺の様子に気付いたのか横から小さくことばを挟んだ。

 あっ、やっぱりこの世界でも微妙なんだね。

 この世界に来てからも、俺はそのまま日本語で考えていると思っているんだが、言葉はこの世界の言葉で話しているらしい。でも、ニュアンスは間違いなく伝わっているんで、俺が微妙だと感じるってことは、この世界の人達も微妙と感じているんだろう。


「何の事かしら、サテラ? ……良い名前ですよね、ヤマトさま?」


 シュアルさんが、小首をかしげてサテラと俺に問いかける。

 ……その笑顔は、理解してませんね。重症だ。


「……そっ、そうだ。俺の神格ってどのくらいになるんですか?」


 俺は、ムリヤリ話題をかえた。その無垢な笑顔の圧力には耐えられません。


「ヤマトさまの神格ですか。……そうですね。主神さまに次ぐ神格をお持ちです」

「え゛ッ!? 俺、神力12しかもってませんよ。神レベルも2だし」

「今はそうですが、ヤマトさまは代理とはいえ主神になります。主神さまのこの地での仕事はテラフの命運をになう存在を導いていくことにありますので」

「……ということは、ペルカは地上に大きな影響をあたえるってことですか?」


 考えたくないがあのカエルもか?


「そうですね、その娘もしかすると××××××かもしれません」


 また彼女の言葉が不自然に途切れた。主神のやろう……、これけっこうストレスたまるぞ。


「これもダメですか。できるだけたくさんの知識をヤマトさまに与えられればと思ったのですが……難しそうですね」


 簡単に主神代理をひきうけた俺もバカだったろう。でもあのときは熟考したつもりだったんだよ! まさかこんなにいろいろな制約がかけられているとは思わなかったよ。


「知識については主神様の思惑どおり随時サテラに聞いていただくしかないようですね。――お願いしますよサテラ」

「それはまちがいなく。ワタシに託された仕事ですので」

「そうなると、地上に降りるときに私の加護をあたえるだけでは心苦しいですね。そうだ! こちらを差しあげましょう」


 シュアルさんが、名案を思いついたとでもいうようにポンッとてのひらを合わせる。そしてその掌をひろげると両手のあいだに大きな……グローブですか? それ。


「〔獣神の足紋そくもん〕という神器です。こちらを足に装着しますと獣人達と遜色ない素早さを得ることができます」


 彼女の手の上には、野球のグロローブよりさらにひとまわり大きい……言っているとおりならば靴なんだろうな。……肉球が見えるんだが。


「どうぞ、ヤマト様お納めください」

「えーっ、……はい、いただきます」


 笑顔でハイッと差しだされる。

 ……無垢な威圧感がこんなにも凄いとは思わなかったよ。


「ところでひとつ聞きたいんですが、シュアルさんはこの〈獣神の足紋〉はどこから出したんですか? バルバロイさんも何も無い空間から剣を抜き出していたんですが」


 実は、こっちのほうが気になってたんだよ。このてのライトノベルの話だと大きさと重量を無視して持ち運ぶことができるアイテムボックスとかがあるはずなんだよね。

 次に地上に降りる時のことを考えると、そのたぐいの手段がぜひ欲しい。


「もしやヤマトさまは【倉界そうかい】を使えないのですか? サテラ?」


 シュアルさんは驚いたようで細い目がわずかに広く見開かれた。彼女の瞳はサテラに向いている。


「はい。ヤマトが別の世界からやってきたことが影響していると思うのですが……」

「えっ? もしかして普通は使えるもんなの?」


 サテラは、俺がその【倉界】とやらを使えないのがわかっていたらしい。そうだよな、スキルの話しはしたもんな。でも、疑問に思ってたならそのときに言って欲しかった。


「はい、神であるならば始めから【倉界】は使えるはずです――神力も消費せずに使えるもっとも基本的な能力スキルなので」


 サテラが俺に答える。

 シュアルさんは、俺とサテラのやりとりを聞きながらなにやら考えこんでいた。


「……わかりました。ならばもうひとつこちらを差しあげましょう」


 シュアルさんはそう言うと右手を握りこんだ。そしてその手を左手でぽんと叩くとパッと開いた。するとその掌の上には革製の袋が現われる。あっ、俺これ知ってる。カンガルーの玉袋だ。――いや、たぶんよく似たものだと思うが。しかし、彼女の物の出し方って手品にしか見えない。


「〈界蜃かいしんの袋〉です。【倉界】と違い容量がありますが、かなりの物を入れておけます。お使いください」

「ありがとうございます。あの、これ革袋みたいですがなんの革なんですか?」

「はい? ……たぬきですが」


 相変わらず、無垢な笑顔だ。

 ……えーっと、聞くんじゃなかった。

 チョッとした好奇心だったんだが。この世界でもきつねとたぬきってナニか確執があったんだろうか? あれ? でも、地球ではたぬきって、もともとは中国からロシア東部なんかの日本周辺にしかいなかったし、昔話でもきつねとたぬきの化かし合いくらいしか対立してなかったような? あれ、逆なのかな? こっちの世界での確執が俺たちの世界の昔話に影響してる――もしかして?

 うーん、シュアルさん物腰も柔らかくて優しいかんじだし、主神のような裏のありそうな笑顔でもないんだけど、なにやらドロドロしたものが心の内にあるんだろうか?

 妙なプレッシャーから逃れるようにバルバロイを見てみると、ちょうど三巻を読み終わって四巻に手を伸ばそうとしていた。


「おっ、どうした。話し終わったのか?」


 あ゛ぁぁぁ、ありがとうバルバロイ。俺の視線に気づいてくれて。シュアルさんの笑顔のプレッシャーに心が折れかけていたんだよ。


「シュアルさん、ありがとう。少しは神々のことがわかりました。それに、アイテムまで――助かります」

「いえ、これもお礼ですから気になさらず」

「おおぅ、終わってみてぇだな。おう、どうするよ。ここはオメエを鍛えるには不便だから、俺の神殿域に移動しねぇか?」


 シュアルさんとの話が終わったとみるやバルバロイが矢継ぎ早に話しだした。


「神殿域?」

「ヤマトは――ここにあなたの部屋と主神さまの神殿以外の物が無いのを不思議には思いませんでしたか。われわれ神の中には、独自の起居ききょ領域を持つもの達がいます。私も普段は戦女神の神殿域で生活しています」


 俺の疑問にサテラがすばやく説明してくれた。たしかに、神殿と俺の部屋と雲海の絨毯だけって。殺風景な神の世界だとは思ってたけどそういうことだったのか。


「そういうこった。俺の神殿域はここと違ってにぎやかだぞ。楽しめることは保証するぜ」


 バルバロイは、ニカリという描き文字でも背後に出てきそうな笑顔で言った。なんとも暑苦しい。


「バルバロイ殿、気がきすぎです。ヤマトさまもこちらの世界にいらしてからなにかとお忙しかったらしいではありませんか。今日くらいゆっくりさせてあげたらいかがです。そうだ、私が食事を振る舞いましょう。サテラ、手伝ってください」


 そうだった。うっかりしていたがバルバロイの所に行くってことは、戦闘訓練に行くってことだった。また流れでそのまま怒濤の展開に巻き込まれるところだった。


「シュアルさま。そっ、そのようなお手をわずらわせるなど、私が用意しますので……」


 あれ? サテラの返事にキレがないぞ。


「遠慮などいりませんよ。ほらこのようにメインの料理はすでに準備できていますから」


 シュアルさんがまた、パンと両手の平を打ち合わせてからその両手を広げると、そのあいだには土鍋が出現した。鍋の上にのせられた蓋のふちからはまだ火に掛かったままのような湯気が吹き出ている。相変わらず手品じみた出しかただ。


「サテラ、あなたは何か付け合わせになるものを準備してください」

「……わかりました」


 サテラは、かるく息をつき、諦めたように言うと、目の前の空間から皿を出現させた。

「おっ、じゃあ俺もひとつ振る舞ってやろう」


 バルバロイが、目の前の空間に無造作に手を突っこむと肉の塊を抜きだした。――なにッ! マッ、マンガ肉だと!! マンガ肉は本当にあったのか!?

 バルバロイが取り出したのはマンガ世代の夢のひとつ、マンガ肉だ。しかも、の人達が食べていたタイプだ。

 しかし、こうやってみると三者三様で【倉界】とやらへのアクセスのしかたが違うようだ。

 シュアルさんは手品のようにひとアクションおこしてから、バルバロイは空間に手を突っ込んで抜き出す。サテラは対象のものが空間から浮き上がってくるように出てくる。

 これを考えると、アクセスのしかたで俺にも【倉界】が使えるようになるんじゃないだろうか? ……そのうちいろいろ試してみよう。


「はい、召し上がれ」


 俺が考え込んでいたあいだに、コタツの上には食事の準備がととのっていた。

 シュアルさんが鍋から、具を取り分け俺達に渡してくれる。

 見た感じ味噌仕立ての鍋で少し独特の匂いがするものの、うまそうだ。

 俺は、取り分けられた具に箸を……見回すとみんな器用に箸を使っている。神様ってやっぱりハイスペックなんだろうか? 

 気をとりなおして取り分けられた小皿から肉を一口。


「旨い! 肉が軟らかくて味もいいですね……この鍋はなに鍋ですか?」


 俺は、肉を噛みしめながら言った。だがたしかに旨いんだが、なんだろう匂いが微妙だ。獣くさいといったらいいのか。


「たぬき鍋ですが」


 え゛っ、……俺は、いい笑顔で鍋をふるまうシュアルさんに戦慄の視線を向けた。

 サテラの反応がおかしかったのはこのせいか? 「たぬきとなにか因縁があったんですか?」とは、とても聞ける雰囲気じゃないし、でもまあ、俺に直接被害があるわけでもないからいいか。

 そうは思ったものの、そのあと食べた夢のマンガ肉の味は俺の記憶に残らなかった。

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