第10話 人間だけど、スキルがあるよ。(後)

とうさま……」


 族長と呼ばれた男に、そうペルカは辛そうに呟いた。

 おおっ、そうだった。

 どこかで聞いた名前だと思ったらペルカのお父さんの名前だよ!

 うゎっ、親父おやじさん族長だったのか。じゃあ、あれか。村の入り口でコッチを心配そうに見ているのはお母さんなのかな。ラカって、そうだよな。

 ペルカ……お母さん似で良かったね。いや、お父さんも格好良いけどね。男臭いけど。


「いや、彼女も当事者なんだし、俺としては彼女も一緒に話を聞きたいな」


 ドゥラン達の殺気がまた強くなったが、ここは引きたくないんだよね。

 俺は、静かにこちらを睨む族長フォルムの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「…………」


 フォルムは感情を表に出さないが、緊張感をはらんだ僅かな逡巡が見えた。

 肉親の情と族長としての立場の間で苦悩しているのだろう。

 俺とフォルムの間で、なんとも息苦しい空気が張り詰めていると、不意に誰かが声を上げた。


「良い、フォルム。ワシが赦そう。ペルカも一緒にきなさい。フォッフォッフォッ、なかなか肝が据わっておるの若いの。戦いに向いた体付きではないが、よほどそこにいる娘を信頼してるらしい」


 声のした方向。村の入り口に、老人? が立っていた。いや、見た感じ老人っていうより初老って感じなんだけど。足腰しっかりしてそうだし、ほら、スタスタ歩いてるよ。

 それに、目に覆い被さっている長い眉毛の奥に光る眼光は鋭く、俺の斜め後ろに立つサテラさんの実力をしっかりと認識しているようだ。


「長老! 神との誓約はどうするのです!! 贄を逃がしたり、守ったりしたら神から神罰を受けるのですぞ!!」


 ドゥランが吠えるように言った。一緒にいた仲間達もそれに同調している。


「だまれ、ドゥラン! 長老が許したのだ…………こい」


 フォルムが、瞬間的に怒気を振りまき、男たちが怯えたように静まった。いまのは【威圧】ってスキルかな?


「……ペルカも長老の家へ行け」


 フォルムは、チラリと娘に視線を向けた。


「いっ、行くのですぅ。ヤマトさん。コッチなのですぅ」


 ペルカが、俺の手を引っ張るように村の中に連れて行く。

 途中、ペルカがお母さんらしき女性と視線を合わせるが、直ぐに下を向いて俺を引っ張った。


「ペルカ、良いのか話をしなくて、お母さんじゃないのか」

「いまは、良いのですぅ。ヤマトさんの言うとおりなら、もう生け贄に成らなくても良いのですよね? だから、いまは我慢できるのですぅ」


 健気だ。成人したとはいえまだ十二歳の娘が生け贄にされて七日も飲まず食わずで野晒のざらしにされていたんだから、両親と顔を合わせたら飛びつきたいだろう。それもせずに一族の問題を優先するとは……良い子やのう、是非俺の巫女になって欲しい。俺、思わず涙が出てきたよ。


「ペルカ!!」


 そのとき、人だまりの中から誰かが叫んだ。若い女性の声だ。


「止めないかアマラ! ペルカは掟に背いて戻ってきたのだ。両親が耐えているものをおまえが騒ぎ立ててどうする!」

「でも、せっかくペルカが無事に帰ってきたのに!」


 叫びが上がった辺りで何やら押し問答のような状態になっている。

 見ると、ペルカと同じくらいの年齢としだろうか、外見は狼人族といわれて納得する鋭い感じがする容姿だ。


「アマラ……」

「彼女は?」

「幼馴染みなのですぅ」


 ホロリとペルカの目から涙が流れた。気丈に振る舞ってはいるが、幼馴染みが自分の心配をしてしてくれていることに感極まったのだろう。

 ペルカは、涙を拭うように振り払うと俺の手を引いた。


「いくのです」

「ペルカ? いいのか?」

「いくのですよ」


 決心が揺らぐのを恐れたのだろう。ペルカは俺の手を強く引いて長老の家に急ぐ。

 サテラさんは、相も変わらず俺の後ろを付いてくる。男たちが殺気立ったときには守ろうとしてくれたけど、基本的に俺任せのスタンスなんだよね。まあ、俺が自分でやると言ったから仕方ないか。


「長老さまの家はここなのですぅ」


 俺が、色々と考えている間にペルカが長老の家に引っ張ってきてくれた。

 フォルムおやじさんは何も話さず、ただ先導してきただけだった。


「入れ」

「お邪魔します」

「フォッフォッ。たいした家ではないがくつろいでくだされ」


 先に家に戻っていた長老が迎え入れてくれた。

 長老の家は、木造のログハウスっぽい家が多いこの村のなかで、木の支柱を円錐形に立てなめした革を大きく縫い合わせたもので覆われていた。アメリカンインディアンのティピーという住居に酷似している。

 俺とペルカ、サテラさんが敷物の上に座ると、それを待つように長老が口を開いた。


「村の外から大きな声で話されていたが、お主は、山の神を神とは思っていないようじゃの。聞きたいのはワシが神のお告げを聞いたときのことかな?」

「はい、それもありますが。森の食べ物が毒になったと聞きましたが、どのような症状が出たのですか?」

「ふむ、あの頃――森が育ち、そこに住む動植物の命の繋がりができたところであったか……。初めは、森の木が所々で枯れ始め、そのうち狩ってきた動物を食べた者達が体調を崩して弱っていったのだ。当時やっと食料の不安がなくなり一族が増え始めたところに、そのような事が起ったのでな、体力のない幼子おさなごが二十人ほど亡くなった。そのうち、体力のある大人まで倒れる者が出だしてな、ワシらは一族で話し合ったのだ。やっと育てたこの森を捨て別の場所に移住するかと。だがそのときワシに神託が有っての。それは、この先の山に大崩壊前の大神殿があるから、そこに一人で来るようにというものでな。一度、神殿を訪ねてみようという話になったのだ」

「なるほど、その森が枯れ始めてから体調を崩した人が出るまでの期間はどの位あったのですか?」

「あれは……、5年ほどかの」


 俺の問いに、長老は思いだしながら言った。でも、木が枯れ始めてから5年か、何か長くないか? 毒は弱いけど身体に蓄積して害を出すタイプみたいだな。


『聞こえますかヤマト。ああ、声は出さないように』


 突然俺の頭に、サテラの声が響いた。


『まず私に話すつもりで念じれば言葉は通じますので、とりあえず聞きなさい』


 何だ? サテラさんなにか判ったのか?


『この者、神託を受けたと言いましたが、この者には神官としての力がありません。この者に神託を授けられるとしたら創造神と守護神だけです。しかし、この者には守護神はいませんし、この者達の創造神はこの様なことをなさる方ではありません』

『サテラは、狼人族の創造神を知ってるんだね』

『はい、神々の誓約によって詳しいことは言えませんが良く知っています。だからそのことを頭に止めて話を聞きなさい』


「それで、神殿を訪ねてどうなったのですか?」

「ふむ、お主もあそこに行ったのだったな。当時すでに神殿はあのありさまでな。ワシは神殿などというモノは見たことが無かったので、時間が掛かった掛かった……」


 長老は、ふぉっふぉっふぉっとその時を思い出して笑った。あっ、見た目初老だからそうでも無いかと思ったが、やっぱ老人だわこの人。まあ、昔を懐かしめるうちはまだ良いか、その先に行くと分かんなくなっちゃうしな。


「いや失礼。この年になると、辛かったことだろうと昔のことは懐かしく思えてしまうものでな。……まあ、山中の都市の跡を探し回っていたところ、いま生け贄が捧げられておった場所があったであろう。あの場所に至ったときに、突然神の声が響いたのだ。その声によると『この土地は我の土地である。お前たちは勝手に我の土地に住み着いたが、我を奉る訳でもなくその恵みのみを受け取った。故にお前たちに罰を与えた。我の恵みをこれ以上受けたければ、これより10年に一度成人を迎えた巫女の資格を持つ娘を生け贄として捧げよ。さすれば、我はお主等一族を守護しより大きな繁栄を約束しよう』、とな」


 長老が話を終えたが、あれ? よく考えてみるとペルカから聞いた話と少し齟齬があるような。


「一つ聞きたいんですが、生け贄はその後、直ぐに始めたんですか?」

「いや、神の話を聞いた後に一族で話し合ってな。神のことを怪しむものや、この土地から出ていこうと言った者もおった。だがの、ワシらも200年以上この土地に住み森を育ててきたのだ。この土地に対する愛着を簡単に捨てることはできなんだ。結局、生け贄を捧げる決断をするのには1年ほど掛かったのじゃ」

「ということは、生け贄を捧げ始めたのが40年前からで、森に異変が起ったのはそれより6年ほど前からだったんですね。それと、神は声を聞いただけで姿は見なかったんですね」

「ふむ。そうじゃ」


 うーん、まあ生け贄がいつから始まったかはそこまで重要じゃないけど、それよりも、山中の神殿跡まで呼び出しておいて、声だけって…… 姿を見せられない訳でもあったのか? サテラさんが言ってるように、偽神っぽいよな。


「ああっ最後に、捧げられた生け贄がその後どんな状態になっていたかは分かりますか?」

「生け贄がどうなったかか? ……実は、神から一つだけ厳命されたことがあったのじゃ。生け贄を捧げてから三ヶ月は山に何者も入らぬようにとな。三ヶ月後に贄になった娘を弔うため神殿跡で見た状態ならば、生け贄は拘束に止められたまま白骨遺体になっておった。

 隣に居るペルカがビクリと動いた。それはそうだよな。本当だったら自分がそうなるはずだったんだから。あれ、でもその状態になるってことは、そのまま朽ちたって感じにしか思えないけど。野獣が襲ったり鳥が突いても、結構骨とかが散らばると思うんだが? あれ? 仮説だけど、どんな奴が犯人なのか分かったような気がするぞ。


『サテラ、この世界に魔族ってのがいるって言ってたけど、それ以外に魔物っていうのかな、そういうのって存在するの?』

『ええいますよ。そうですね……あの本棚の本に有ったような、魔物や魔獣、ドラゴンなんかもいますね』


 ここで、あの本を引き合いに出すの止めてもらえませんか。いけない羞恥心を思い出してしまうから。


『その中で、そうだな地中や土に関係していて、弱くて、蓄積するタイプの毒を持ってる奴いる? それも、思考ができて頭が良さそうな奴』

『そうですね、その条件だとアースドラゴンの幼生体が思い当たります』

『えっ、ドラゴンなのに弱いの? 子供とはいえ』


 俺の中にあるドラゴンのイメージと違う。ドラゴンって地上最強の魔獣の一種じゃないのか?


『成体ならばいざ知らず。幼生体ですから』

『うーん、まだいくつかピースが足りない感じがするけど、どういった経緯かは分かった感じがする』


「……何となくですが、その神とやらの正体が分かりました。巧くいけば退治できると思います。できたら俺たちにまかせてもらえませんか」


 俺は、長老に提案した。

 長老が、俺の目を――まるで心の中まで覗き込むように見つめた。


「……ふむ、分かった。村の者はワシが説得しよう。これまで贄になった娘には申し訳ないが、ワシもできることならば、このようなことは直ぐにでも止めたいからの」


 そうだよな、長老が神(偽)の仲介みたいになってたみたいだから良心の呵責があったんだろう。


「……どちらにしても、今日はここに泊まりなさい。何をするにももう遅いからの」


 俺たちは、長老の進めに従って、長老の家に泊まることにしたのだった。

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