第8話 降臨したら、人間でした。(後)

「ああ、俺はヤマトという。――そっ、そう! 考古学者でね。この都市の跡を調べにきたんだよ。彼女はサテラ。俺の助手で護衛でもある」


 ペルカに聞かれた俺はそう答えた。

 苦しいですか?

 分かってる――分かってはいるんだ。でも、さっきからの話の流れだと、色々と知ってそうで良くない? 考古学者。

 それに、今回の降臨は(人化降臨)というやつで、服装を見てもこの格好で神とか名乗って、頭の可哀想な人だと思われるのは御免被りたい。

 最終的には彼女にそう打ち明けて、巫女になってもらわないとならないんだけど、受け入れてもらうだけの実績を作っておきたい。

 サテラさんは俺の話に乗ってくれるつもりのようで、突っ込みもなく見ている。

 助手けん護衛であることは確かだしね。


「で、君の名前は?」

「コウコガクシャさま? ワタシは、狼人族フォルムとラカの娘、ペルカですぅ」


 はい、〈考古学者〉知りませんでした。そうだよな、森に住んでる獣人の一族だもんな。まあ、彼女の名前は知ってたけどね、地上ここにくるまえから。聞いとかないと「なんで名前知ってるんですか?」、的な流れになるからね。


「これからどうするかだけど、四〇年前のことをよく知ってる人の話が聞きたいな。ペルカ、一族の人で詳しい人は?」

「それでしたら、当時の族長さまがまだいるのですぅ」

「ヘッ、まだ生きてるの? 四〇年前だからもういないのかと思ってたよ」

「狼人族は比較的短い寿命の種族ですが、二〇〇年は生きる者が多いですね」


 サテラさんが、フォローを入れてくれた。

 これ不味くない? 助手のほうがもの知ってるよ。ペルカは気が付いていないのか、『良く知ってますねぇ』というような顔をしてる。


「短いって、二〇〇年は長いと思うけどね」


 狼人族二〇〇年も生きるのか、獣人ってことだから人間より寿命が短いとばかり思ってたよ。

 まあそれは地球の人間としての感覚だけどね。いまの俺は不老みたいだしな。


「ところで、人間の寿命ってどのくらいなの?」

「人間? ああ人族ですね……、いまは一〇〇年ほどのはずです」

「えっ? ――人間(普通の人間のことは人族というらしい。そういえばステータスもそうなってたっけ)のほうが短いの!?」

「ええ、……元々は一〇〇〇年ほどあったのですが、主神さまに滅ぼされるたびに神罰で減りましたので……」


 あれっ? ってことはこの世界の文明が滅ぼされた原因って人族なのか? 聞いた方が良いかな。……でも何だかサテラさんが沈痛な面持ちで口に出せる雰囲気じゃないぞ。


「取りあえず、その当時の族長に話を聞けるかな?」


 すみません。ヘタレな俺は、話を逸らしてしまいました。


「……それはできないのですぅ、ワタシがお役目を果たさずに帰ったら、きっと一族に悪いことが起こるのですぅ」

「いや、さっきサテラが話したとおり、キミたちを苦しめている神は偽神だから」

「でも、偽神だとしても、ワタシたちの一族は苦しめられ、生け贄を出すことでその厄災から逃れてきたのですぅ。ワタシがここから動くわけにはいなかいのですぅ。村はこの山の中腹にあるので、お二人で村に行ってくださいなのですぅ」


 うぅ、見た目に反してこの子、頑固だ。

 食事をしてひとごこちついているかも知れないが、やつれて疲労の色が濃い。とてもここに置いていく気にはなれない。どう説得したもんか。


「彼女には本当のことを話したほうが良くはないですか?」


 背後からサテラさんが提案してきた。俺のやり方を見守ってくれるつもりだったみたいだけど、さっそく詰みかけていると分かったのだろう。……やっぱりそれしかないのかな。俺は意を決して、真実を話すことにした。


「……これから話すことは、キミには信じられないかも知れないけど、真面目な話なんだ、聞いてもらえるかな?」


 ベルカは俺の真剣な雰囲気を感じたのか、真っ直ぐに俺を見て静かに頷くと、姿勢を正した。

 俺はサテラに視線を送ってからペルカに視線を戻す。


「俺と彼女は、天界から降臨しおりてきたんだ……」


 かるく空を指さして俺は言った。ペルカはそれを見てポカンとしている。

 ううッ、痛い……視線が痛いよ。

 ペルカの視線が、俺とサテラさんを『え~~っと』という感じで行き来する。俺の告白をどう受け止めたらいいのだろう? という戸惑いがありありと見える。その視線にサテラさんがゆっくりと頷いた。

 それを、『信じて大丈夫ですよ』と受け止めたのだろう、ペルカはまた俺に視線を合わせた。


「つまり、俺と彼女は……その、なんだ、君たちのいうところの『神』ってやつなんだ。――だから、君たちの村に災厄を振りまいたヤツが偽神だって言ったのにも根拠があるんだ」


 ううぅ、だめだ、せっかくサテラさんがフォローしてくれているのに、恥ずかしさが先に立ってしまう。こんなに言い淀んだ告白、俺だったら「おまえ頭、大丈夫?」って、真面目に思うよ。


「……ホントウなのですか」


 そう言ったペルカの大きく見開かれた瞳には、素直な希望の光が宿る。

 彼女は俺よりもずっと純真でした。

 三二年、世間の汚れが染みついた俺にはまぶしいくらいだ。


「本当だ。俺たちが地上ここに来たのは、キミに……俺の巫女になってもらいたいからなんだ」

「ホエ!?」


 今度こそ彼女の目が点になった。


「あっ、いや、だからね、フォブ!」


 言い淀んだ俺の後頭部に衝撃が走った。一瞬目の前が真っ白になるほどの衝撃だ。


「何をキョドっているのですか。バカですか。見なさい、彼女が萎縮しているではありませんか」


 いやサテラさん!? いま彼女が萎縮しているのはあなたの行動を目にしたからじゃないんですか? 何したの!?

 どうやらサテラさんに後頭部をはたかれたらしいのだが、なにで叩かれたんだ? 手の感触じゃなかったけど……。

 素早く見回した彼女の装いに変わったところはない。


「このままでは話が進みません、私が変わりましょう」


 サテラさんが、しびれを切らしたように俺の前に出た。

 ……クッ、彼女、口は悪いけど、俺の行動を見守ってくれていたのに、情けない……。

 でも、本当にこれでいいのか? たしかに彼女は俺の補佐として付いてきてくれている。だけど、この世界をあの主神から託されて、曲がりなりにも引き受けたのに、これでいいのか?

 しかも神になった俺が(実感がまったくわかないけど)、はじめてこの世界で、自分の巫女を手に入れるのに……それを他まかせって。

 ――いいわけないよな。


「……サテラ、待って」

「……何ですか?」


 腕に手をかけて押しとどめた俺に、彼女が怪訝そうに振り向いた。


「やっぱりそれは俺の役目だと思う」


 このままサテラさんに任せてしまったら、自分でプレイし始めたゲームを放棄して、他人にプレイしてもらうようなものだ。いや、彼女が女神であることを考えるとオートモードだろうか。

 サテラの怜悧な瞳が俺をとらえる。彼女は俺の表情をマジマジと見ると、少し感心でもしたような表情を浮かべた。その表情は俺が初めて見るものだ。しかしそれも一瞬で、いつもの冷静なようすにもどる。


「……いい顔になりました。あなたに任せましょう」


 そう言って彼女は、俺をペルカの前に促した。


「えっ、あのぅ」


 ペルカが俺たちのやり取りにどうしたらいいのか分からず、オロオロしている。


「ああごめん」俺は心を決めると、彼女の前に正座して向き合った。

「俺は――神になったばかりなんだ。だからこの地上にまだ信徒がひとりもいない。神は地上の者たちが奉じてくれないと力を得ることができない。ペルカ……キミは巫女になれる力を持っていて、俺との相性も良いんだ。だから俺の巫女になってほしい」

「………………」ストレートな俺の言葉を、ペルカは真面目な顔で聞いてくれ、「ワタシ……ワタシなんかが力になれるのですか……」と、おずおずとしたようすで口を開いた。

「いまの俺にはキミしかいないんだ」


 俺は自分の熱意を伝えるように、グッと彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

 ペルカの瞳はとても綺麗に澄んでいて、見つめ合う俺の瞳の奥、その心の内全てを見透かしそうだ。


「………………わかったのですぅ」

「ヘッ? いいの……ホントウに?」


 こんなにあっさりと了承してくれるとは思わなかった。俺の考えすぎ? それとも心が汚れすぎだろうか。


「なら善は急げだ……あれ? 巫女になってもらうにはどうすればいいの?」

「ふぅ……」


 サテラさんが、額に手を当ててため息ついた。あれ、俺なにか呆れるようなこと言ったっけ?


「ヤマト、あなたは肝心なことを忘れていませんか? 今のあなたはその儀式を行うことはできませんよ」

「ヘッ? あっ……俺いま人間じゃん!」

「そうです。神スキルを使うことはできません。ですからいまあなたが成さなければならないことをするべきではないですか?」

「成すべきこと?」

「バカですか。偽神のことに決まっているではありませんか」

「ああっ、そうだった!!」


 そうだよな、俺が巫女にしたいペルカが生け贄になってるんだった。彼女に巫女になってもらうなら、彼女の問題、狼人族の問題を解決しないとならないんだった。

 俺はペルカに向きなおる。


「キミたちを苦しめているのが偽神だって、絶対に証明して、ペルカ、キミの村を救ってみせる。だから一緒に村に来てほしいんだ」

「……分かりました。でも、生け贄として捧げられたワタシが戻ったら、騒動が起こるかもしれないのですが……、案内するのですぅ」


 俺の説得を受け入れてくれたペルカは、そのやつれた目元に覚悟の光を湛えていた。

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