お嬢様は決闘がお好きっ!

森野コウイチ

第一章 王立魔術学院

第01話 田舎貴族の野望

 ――アリスター王国にあるウィンフィールドいう名の田舎町。

 ちょっと立派な屋敷にウィンフィールド男爵は住んでいた。


 男爵というのはつまり貴族、世襲の特権階級である。

 しかし貴族の中では最下位であり、地位向上はウィンフィールド家の悲願であった。


 そんなウィンフィールド家にせんざいいちぐうの機会が訪れた。

 男爵の娘――クローディアの存在である。


 クローディアは魔術の才能に恵まれ、王立魔術学院への入学を認められたのだ。

 この学院を卒業すれば将来は約束されたようなものである。

 そのコネクションがあればこのウィンフィールドにも大きな利益をもたらしてくれるだろう。


 夏も終わろうとしているある日、クローディアは王都に向けて発とうとしていた。


「ウィンフィールド家の未来はおまえにかかっているんだ。頼んだぞ、クローディア!」


 送り出す男爵の言葉にも熱が入っている。


「お任せください、お父様。必ずしやワタクシがウィンフィールド家の名を国中に轟かせて見せますわ! おーほっほっほっほ♪」


 男爵の娘――クローディアは高笑いで答えた。


 流れる金色の髪が印象的だが、その上に赤や白の薔薇が咲いているのも見過ごせない。

 これは決して摘んだ花で飾っているのではなく、毛髪と同じ様に直接生えているのである。


 さらに棘の生えた蔓が伸びており、頭髪に巻き付いている。

 腰にはサーベルを差しており、貴族らしい上品さと剣士としての動きやすさを兼ね備えた服装をしていた。


 クローディアの隣にはエプロンドレスを着た若い女が立っている。


 女性としてはかなり長身で短い銀髪が煌き、瞳の色は珍しい紫。

 それでいて存在がやや薄くどことなく儚げ。


 彼女はマリア・ウェルトン――クローディアの身の回りの世話をする従者である。

 そしてクローディアが王都に住むにあたって、ただ一人付いて行く者なのだ。


 ウィンフィールド夫人はマリアの両手をぎゅっと握った。


「マリア……クローディアのことお願いね。

 あの子は可愛くて美しくて賢くて頭が良くて元気だけど、ちょっと頭がイカれてるから……」


 褒めているのか貶しているかわからない夫人の言葉。

 だが、この言葉は極めて正確にクローディアを表しているのだ。


「お任せください、奥様。お嬢様の面倒は私が責任を持ってきっちりと見ます」


 彼女は極めて有能な従者であるが、それでも夫人の心配は払拭されない。

 なぜならクローディアという少女はそれだけ異常であり制御不能アンコントローラブルだからである。


「それでは行って参りますわ~♪」


 クローディアは意気揚々と馬車に乗り込み、反対側からマリアも乗り込む。


「それでは出発してください」


 マリアは御者に出発の指示を出した。


「はいよっ!」


 御者が手綱を操作することで馬車は前進を始める。

 クローディアは貴族と魔術師、二つの誇りを胸に初めて王都に向かうのだった。


    *


 ――ウィンフィールドを発って馬車に揺られること一週間。

 ようやく王都ラングワースが見えてきた。


 王都との距離もウィンフィールドが微妙に発展しない理由の一つである。

 それでも交易上の重要拠点であれば良かったのだが、特にそういうわけでもないのだ。


「あれが王都の城壁! 長かった……長かったですわ!」


 いつも元気なクローディアですらゲッソリしている。

 馬車による長距離移動というのはそれほど苦痛なのだ。


「よく我慢できましたね。お嬢様が苦痛に耐えかえ兼ねて馬車を破壊しないか心配でたまりませんでした」

「エレガントなワタクシがそんなことするわけありませんわ」

「どうでしょうか……」


 マリアは涼しい顔をしているように見えるが、表情に出にくいだけで内心はゲッソリしている。

 それをごまかすためにこの様な嫌味を言っているのである。


 クローディアは少しだけムッとするが、すぐ景色に興味を移す。


「城壁に囲まれた都市が二つありますわね……」

「やや小さい方は都市ではなく、丸ごと王立魔術学院とのことでございます」

「つまりは小さい都市ぐらいの大きさということですの!? すごいですわ!」

「この国にとって魔術学院がいかに重要な施設かよくわかりますね」


 魔術の才能というのは身分に関係なくごく少数の人間が持って生まれる。

 才能ある者にはを受けさせなければいけない。


 魔術学院の卒業生は貴族レベルの要職に就くことができ、いずれは貴族になる可能性も開けるのだ。

 そして下級貴族から上級貴族になることも――。


「あの一際大きい建造物。あれがで王宮ですのね!?」


 王宮はやや高い位置に存在するので離れていてもわかる。


「お嬢様、恥ずかしいので街中は無駄にはしゃいだりしないよう……」

「わかっていますわ♡」


 元気よく返事をするクローディア。

 それでも門を潜って市街地に入れてみれば、やはりはしゃぎまくりなのだった……。


「マリア、ご覧なさい! 建物がいっぱい、人がいっぱいですわ~♪」

「だからおやめくださいと……」


 マリアは頭を抱える。


 馬車は人々を掻き分けてゆっくりと大通りを進む。

 クローディアはすれ違った子供たちに笑顔で手を振るが――。


「おのぼりさんだー」

「頭がお花畑だぞー」

「や~い、田舎貴族ぅ」


 と、馬鹿にされまくった。


「こらーっ、誰が田舎貴族ですのーっ!」

「完全にお嬢様のことです。あと、はしたないですから馬車から身体を乗り出すのはおやめください」


 クローディアは上半身を馬車の中に戻す。


「いずれワタクシがその“田舎”にも王都ここに負けない繁栄をもたらしてみせますわ! おーほっほっほっほ♪」


 その大きな高笑いは馬車から漏れ出し、街中を行き交う人々の耳に残るのだった。

 馬車は大通りから少し狭い路地に入り、やがて一軒の家の前で停まる。

 クローディアたちは馬車から降りた。


「教えられていた特徴と一致しますね。こちらの家です、お嬢様」

「ずいぶんと小さい家ですわね」


 クローディアは腕組みをしながら率直な感想を口にした。


「王都の地価は高いのです。これでも庶民のものよりは上等でございます」

「中庭は?」

「ございません」

「厩舎は?」

「ございません」

「パーフェクトにはほど遠いですわね、マリア」

「感謝の極みです、お嬢様」


 マリアはスカートの裾を摘み上げながらうやうやしく頭を垂れた。

 クローディアはその小さな新居を少しの間見つめる。


「訓練スペースがないのは残念ですが仕方ありませんわね。それよりもずっと馬車の中で身体が鈍ってしまいました」


 そう言ってわざとらしく体操を始めた。


「そんなお嬢様に丁度いい仕事があります。馬車から荷物を運び入れてください」

「え? そんなことは使用人に任せておけばよろしいのではなくて?」


 それを聞いたマリアはため息をつく。


「ここは実家ではありません。使用人は私だけです。なのでお嬢様にも雑用をやっていただかなくてはならないのです」

「……仕方ありませんわね」


 基本的に貴族が働くのは恥とされているが、さすがにこれは妥協せざるを得ないと考えた。

 金銭は得ていないからギリギリセーフ――!?

 ちなみに例外的に貴族がやっても恥でない仕事は……政治、戦争、学問、宗教、そして……魔術だ。


「鍵が掛かっていますわ。破壊してよろしいかしら?」

「鍵なら私が持っております」


 こうして、クローディアとマリアの王都暮らしが始まったのである。


    *


 ――ついに入学日の朝がやってきた。


「ワタクシの制服姿、おかしくありません?」

「はい、とても素敵です。外見は……」

「ワタクシの高貴な内面を俗人が理解するのは難しいのかもしれませんわね……」


 クローディアはマリアを連れて家を出る。


 大通りを歩いても制服を着た者は少数であり、彼らは皆、クローディアと同じように従者を連れている。

 平民出の者はほとんど学院敷地内の寮に住んでいるから通学路では出会わない。

 貴族は入寮できないという規則はないが、従者は立ち入ることができない規則だ。


 マリアが可能な限りクローディアを見張るためには学院の近くに家を借りるしかなかったのである。

 とはいえ、学院の中に入られてしまえばもうどうすることもできないのだが――。


 門を潜って一旦城壁の外に出て少し歩けば、すぐに学院に行き着いた。

 手の込んだ装飾が施された門の向こうには立派な石畳が続く。

 その両脇には芝生が青々と生い茂り、樹木は見栄え良く剪定されている。


 奥にある建物は非常に大きく、その中央から伸びている塔にはなんと巨大な時計が取り付けられているのだ。

 漂う風格からこの学院が王国にとっていかに重要な施設なのかを感じ取れる。


「私はここまでです。お帰りの時間にはお迎えに上がります」


 マリアはクローディアに鞄を渡した。

 彼女は学院の敷地内に入ることはできない。

 クローディアの姿は門を越えてマリアの目の届かない石畳の奥へと消えていった。


 マリアはひたすら心配していたが、さすがのクローディアも入学初日から“厄介事”を起こすことはなかった。


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