部下を拾った月曜日

葉桜 笛

第1話 後輩の修羅場を見てしまった。

 残業ばかりの毎日だったのに、今日は珍しく18:00にあがれた。


 それでも1時間の残業なのだけれど、早くあがれたので百貨店に寄り、黒のガウチョパンツを買った(スカートなのかズボンなのかパッと見わかんないやつね。動きやすくて涼しいの)。

 通勤用の歩きやすい服が買えて上機嫌で百貨店から出れば、大きな声が聞こえた。



「二股だったのかよ!!!」



 ……ドラマで聞きそうなセリフ!

 喧嘩なの? 撮影なの?! 痴話喧嘩ちわげんかなの?!!

 こっちまで緊張しつつ、キョロキョロと首を振って声の主を探せば



 鴨巣かもす君!!



 長身で少し細身で前髪を右から左に流して、お盆に海へ行って日焼けした、同じ会社の後輩の鴨巣君が人混みの向こうに見える!!



「やめて!彼は悪くないの。悪いのは私なの..落ち込んだ時に近くにいてくれて……それで、それで私!!」

「はぁ?!一緒に住んでた俺より近いって..何なんだそいつ?!」



 聞いてりゃホント、何なんでしょね……一緒に住んでた人より近いって……同じ職場の人ですかね。

 彼女が浮気したッポイけど、鴨巣君、同棲どいしてたの?



「っていうか、いつ落ち込んだんだよ。いつも"一緒にいられるだけで今日も幸せ"って言ってたじゃないか!」

「お前は残業ばかりで、家に帰るのはいつも深夜だったそうじゃないか! 彼女はそんなお前に気を使って相談できなかったんだよ!!」

「それでコイツに乗り換えたのか!!」

「やめて! 彼は悪くないの!! 悪いのは全て私なのよぉ……」



 彼女は泣き崩れた。さっきからしきりに"私が悪いの"と彼をかばって言っているように見えるけど……本当に彼女が悪いのだと私は思った。



(あれは新しい男への点数稼ぎね)



 女のかん

 でもここで私が突然とつぜん入って、それを言っても余計よけいなお世話せわだと思う。


 ..とりあえず聞こえてくる話を聞きながら、人混ひとごみの中をまっすぐ3人に向かって歩いて来たけど、何て言おう……見なかった事にして帰ろうかな..でも、7才年下の会社の後輩を見捨てる事になるのかな……


 鴨巣君。仕事が出来て、会社では皆の憧れの王子様なのに。ここでは彼女を取られた可哀想な男になってる。普段の鴨巣君をここにいる皆に見せてあげたい。


 でも、私が出ても何を言っていいかわからないし、鴨巣君のプライドが傷つくだけだろうし..と考えていたら……



 どーん! と、私は3人の前に登場した。



 目の前には、鴨巣君と、泣き崩れてる彼女と、その彼女の肩を抱いて支えている彼女の新しい男。



 "は? ……何?"



 という空気が漂っている。

 私が警察官だったら「こらこら、道の真ん中で何してるの?」とか言えるのに!


 言葉が出てこない。

 かろうじて息を少しずつ吸うのが精一杯せいいっぱい。恋愛と縁の無い私にはこういう状況じょうきょう苦手。

 くどくど話すと逆に聞いてもらえないから、短く、短く言うのよ。

 さ、顔を上げて意思を強く持って!



「……邪魔」



 こんな話もう終わりにした方が良いと思うの。鴨巣君がどう頑張ろうと、彼女、別れる意志が強いのでしょう?

 ね、解散しましょ? そうしましょ? 鴨巣君が可哀想よ。後日ゆっくり落ち着いて話し合いなさいよ。


 そんな思いを込めて言ったのだけどどうかしら?伝わったかしら?


 少しの間があって、新しい男の方が彼女に声をかけた。



「行こうぜ」

「……う、うん」



 "ごめんね……"

 と小さな声で彼女は呟いて、2人は人混みをかき分けさっていった。

 良かった。私の意図が伝わったらしい。



「何なんだよ.....」と鴨巣君は呟いて下を向いてしまった。泣きそうなのに、泣かないのが男の子だなと思う。

 しかし、敬語じゃない鴨巣君って知らない人みたいだなと思った。ま、会社じゃないから当たり前なのだけど


 私は鞄から、朝、1駅歩く時にかぶっている帽子ぼうしを出して、鴨巣君に被せた。涙が出ようが出まいが、今はどこかにかくれたいかなと思って。


 そして、私は静かに立ちろう。

 沢山たくさんいた野次馬やじうまも、話が終わったらしい事をさとって解散を始めている。

 そう思って、一駅先の駅に向かって私は歩き出した……ら、



 鴨巣君が着いてくる!

 何故?!



 話を聞いてほしいのかしら?

 そっか、人に話せば楽になるよね。人目を気にせず話が出来る所。



「そこのカラオケで話を聞くわ」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る