04. 反省してる

 体育館の裏と言っても、この高校では陸上部のランニングコースだ。

 後輩たちがトレーニングに励む中で告白する馬鹿は、普通ならいない。

 まして、三人が縦に並んで順番を待つとか、どうかしている。


「つきあってください」

「ダメ。次!」


 流れ作業で三人を帰らせて、残る二人の手紙を取り出した。

 今日の五人は校則違反の茶髪や、だらしなくシャツを着崩す連中ばかりで、断るのが捗る。

 橘は性格こそタイプじゃないが、清潔感がある可愛い子だったから、少しだけ勿体ないと思った。

 ほんの少しだけな。


 とっとと片を付けたくて、電話待ちの二人もこの場でシメることにする。


「浅桐です」

『あっ。返事?』

「つきあいません」

『ありが――』


 ピッ。

 これを二回、慣れたもんだ。即切りで何も問題はあるまい。

 呆然と見守る下級生を後にして、オレは悠々と帰路に就いた。


 いくらなんでも、本日はこれで終了と思いきや、午後十時過ぎに電話が掛かってくる。

 どうやって番号を知ったのか、女どもの執念には冷や汗が出た。


 返事をする交換条件として、番号を入手した方法を白状させる。

 案の定と言うべきか、犯人は鈴原だ。橘を脅しすかしてオレの連絡先を聞き出し、希望者へ一斉送信したらしい。


「ナカザキさん、だっけ?」

『うん。教えたから、返事を……』

「ついでだ、もう一つ教えてよ」

『ええっ? 浅桐くんばっかりズルい』

「うるせえっ、鈴原の番号を言え!」


 受験前に、何てことしてくれやがったんだ。

 あの女を止める手立てはないのか?

 弱点とか、苦手なものとか――。


 彼氏欲しさに告白してくるだけなら、鈴原も対処のしようがある。厄介なのは、この騒動を善意で悪化させているところだ。

 金や人気取りのために、アイツはジンクスを吹聴してたわけじゃない。今回もそれは同じだろう。


 橘はオレをキューピッドだなんて呼んだが、中学の時にそう自称したのは鈴原だった。

「私たちは愛の伝道師」とか、よくあんな鳥肌が立ちそうなセリフを連発できるもんだ。


 今後は誰が告白してきても返事をしない――これは中学でやった。

 無視しても半月後には、結局ジンクスが成立してしてしまう。これでカップルが誕生したのは鈴原も知っており、脅しにはならないだろう。

 第一その二週間、行く先々で待ち伏せされ、鬱陶しくて敵わなかった。


 告白した全員に、オーケーを出す。これをやると、どうなる?

 自分勝手な連中とは思えど、他人の恋路を邪魔するようで、あまり使いたくない手だ。やったけど。

 「ノー」と言うまでは、新しい彼氏が出来ないらしい。そのため、俺が折れるまで付きまとわれるのは同じことだった。


 上手い方策が浮かばないまま、しかし、どうしても文句くらいは言いたくてスマホに番号を打ち込む。

 久方ぶりの声が聞こえた途端、オレは怒鳴りつけていた。


「お前、いい加減にしろよ! どんだけ迷惑か分かってんのか!」

『……ごめん』

「受験に失敗したら、お前のせ――ん、あれ?」

『ごめんなさい。反省してる』


 こんな素直な鈴原は、記憶に無い。

 謝られたことすら、皆無だったはず。


「鈴原、だよな?」

『うん? 誰に電話したつもりなの?』

「いや、お前で合ってるけどさ」


 やりづらい。

 十八にもなると、こいつも成長したってことなのか。

 でも、うーん。


「謝るくらいなら、なんでみんなに言い触らしたんだ」

『困ってる友だちを見たら、ほっとけないでしょ』

「オレが困るのはいいのかよ」

『そう言われたら、その通りだなって。私は受験が済んで、浮かれてたんだと思う』


 鈴原は推薦で私大に合格しており、同じく受験終了組とつるんでいたそうだ。

 オレに告白してきた女子たちは、六人ともそうだと言う。


 恋愛は人生でトップクラスの重要事項であり、迷える女子を助けたかったんだとか。

 彼氏が欲しい友人はこれで打ち止め、もうジンクスを広めたりしないと約束してくる。


「反省してんなら、まあ、今回は多めに見てやっても、んー。しかしなあ……」

『コッテリ叱られたもん……』

「誰に?」

『山田くん。シュウが頼んだんじゃないの?』

「頼んでない。えっ、山田といつ喋ったんだ?」


 この電話の直前まで、鈴原は山田に説教されていたらしい。

 今日、オレを呼び出した女子の中に、山田と同じ中学の出身者がおり、そこから鈴原まで辿ったようだ。


 告白ジンクスの詳細を聞き出した山田は、こんこんと鈴原の無神経さを説いた。

 他人の幸せのために、が行動原理だった鈴原には、暴走していた自分を省みるきっかけとなる。

 言われなきゃ気づかないのも、どうかと思うけど、オレの苦境が理解出来たのなら何よりか。


『いい友だちね、山田くん。めちゃくちゃ怒ってた』

「そうなんだ。アイツ、いつもは冷めてんだけど」

『お詫びしとこうと思う』

「山田にか? オレじゃなくて? おかしいぞ、それ」


 クスクス笑う鈴原は、案外に普通の女子高生だ。

 いつも会えば喧嘩腰だったから、もっと落ち着いて話し合えばよかった。

 友人が多い鈴原は、それだけ皆に好かれてるってこと。根は悪いヤツじゃ……むー。


『受験は今月の末?』

「ああ。三月の頭にもある」

『そっか。じゃあさ、春は暇だよね?』


 なんだ、遊ぼうってか? 鈴原に誘われるなんて、予想外もいいとこだ。


「受かってたらな。不合格なら、さっそく予備校探しだし」

『落ちたら焦っても仕方ないじゃん。私、彼氏いないのよ。誰とも長続きしなくて』

「そりゃそうだろうな、鈴原だもん」

『また告白させて。春まで待つから』

「アホかぁっ! 山田にもっぺん叱られとけ!」


 ベラベラと窮状を訴える声を無視して、終了ボタンをタップする。

 また連絡されたらイヤなので、鈴原はブラックリストに放り込んだ。リストにあるのはコイツの名前のみ、栄誉ある通話拒否の第一号だ。


 馬鹿女はマシになっても馬鹿だったけど、一応の解決ではあろう。

 明日からは日常に戻れる。


 山田がムキになってくれたと知り、少し嬉しかったりもした。

 オレの方こそ、何か奢ってやるかな。


 精神的に疲れたこともあり、この夜は勉強を早めに切り上げ、日付が変わる前に布団を被ることにした。

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