第3話

新しく入る中等部3年U組へ向かう廊下の途中、楓はこんな会話を聞いた

「ねえ、コニシキいたじゃん、2年の時。」

「え、誰だっけ?」

「小西佳奈美だよ!」

「あー、途中でいなくなった子?」

「そう、デブすぎてX送りになって、U組戻ってきたからどれだけ痩せたかと思って見てきたの!」

「え、どうだったの?」

「まだデブだった!」

「なにそれ。」

「まあ多少は減ったんだろうけどさ、あと一年で卒業なのに進路とかどうするつもりなのかな?」

「放っておけばいいんじゃない?どうせ相撲取りにでもなるでしょ。」

「あ、そういえば始まったんだってね、女子相撲のテレビ中継!あんなの見たら絶対モチベ上がるよね!」

「それ!パンパンに太ったデブのぶつかり合いとか…絶対にああはなりたくないって思うよね。」

「まあコニシキにはお似合いかな?」

「ほんと、デブはデブらしくしててくれればいいのにね。」

何気なく聞き流していた会話だったが、最後の一言が突然楓の記憶を呼び起こした。

彼女には、肥満児だった過去があった。

ともすれば今回転校してきた他の3人よりはるかに早く、この施設の一員になっていたかもしれないというほどに肥え太っていた。地域の相撲大会では持ち前の重さを生かして不動の女子横綱の座をものにしたが、それは子供の世界においてはむしろ不名誉と言えることだった。いじめは日に日にエスカレートし、それと比例するようにストレスからの過食は増えていった。必死の思いで食欲を押さえつけ、14歳になる頃にようやく今の体型を手に入れたが、いわゆるいじめの「的」を失った周囲の人間の反感は大きく、同級生や先輩、ひいてはクラスの担任にまで「デブはデブらしくしろ」と罵られる始末だった。

今の彼女にとって、自分の体型などもはやどうでもよかった。あの時の体重を超えないだけの最低限の努力はしていたものの、これからどう体重が増えようと知ったことではなかった。

そんな時に、この転校の話を持ちかけられた。自分の体質が役に立つのならと志願したが、過去のトラウマを掘り返されることが、まだある程度痛みを伴うとは思っていなかった。

「うわ…」同級生の肥満児たちを前にして、楓は思わずそう発した。あくまで肥満問題の未来のため、この豚たちの言葉は聞き流しながら過ごそうと、彼女は決心するのであった。


中等部2年B組の肥満児たちを前に、光樹は他3人とは全く違うある感情を抱いていた。

華やかな世界に憧れ、ジュニアモデルの活動を始めて数年になる。大方のことは楽しくこなしていたが、ただ一点、どうしても納得のいかないことがあった。

それは、幼い子供にさえ課せられる厳しい体型管理だった。プロポーションの崩れたモデルは人間とすら扱ってもらえず、涙を飲んで業界を後にした同期や先輩モデルたちを、光樹はこれまで何人も見てきた。

太ったモデルは存在しないのか?光樹はふと疑問に思った。ウェブ上の情報によれば、肥満体のモデルというのは確かに存在し、さらに彼女らは細身のモデルと同じように、各種洋服や水着、下着も着用するほか、まわし等デブが着用することを想定された商品のモデルにも起用された。スキニーパンツやスポーツウェア等の商品を売り出す際、伸縮性をアピールするためあえて肥満体のモデルを使うことは実は多く、痩せたモデルにできない仕事も多くこなしていた。しかし、世間にこれだけ貢献しているにも関わらず、人々の彼女らへの意見は冷ややかなものが多かった。「そんなだらしない身体を人様に晒すな」「日本の肥満率が上がったのはデブに服を選ぶ権利を与えたお前たちのせいだ」など、心無い中傷はネットの海にあふれていた。

そんな逆風の中にあっても健気に活動を続けるデブモデルたちに、光樹は次第に憧れるようになった。それはいつしか、「太って彼女たちの仲間になりたい」という願望につながった。ちょうどその時舞い込んできたのがこの実験だったのだ。

光樹は二つ返事でそれを引き受けた。太ってもいなければ過去に太っていたことすらない自分が、なぜ選ばれたのかなど、全く気にもかけずに。

この時彼はやがて自分の抱える大きな秘密が明らかになり、それによって思ってもいないほどの苦しみを得ることをまだ知らなかった。

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