シャーロットへの頼み事
「結果的に、みんな幸せになったのよ。だから、いいじゃない」
フローレンスはこれでこの話を終わりにしたがっているようだった。そこでマチルダもそれ以上は聞かず、繕い物仕事に戻ることにした。黙って針を動かす。フローレンスの言葉が嬉しかった。軽やかな気持ちで仕事に励むことができた。
けれども、イザベラの話がやはり少し気になってしまう。村の噂も。イザベラは疲れていたために、ありもしないものを見たのだろうか。でも村で続発している目撃談は? この二つには何も繋がりがないのかもしれないけど……。
お嬢様が魔女だということは全くありえないけど。そう強く思いながらも、マチルダの心はどこか揺れていた。とりあえず、目の前の仕事に集中する。単純な縫い物作業は、少しずつ、マチルダの心を静めていった。
――――
「――化石の発掘現場って、どんな感じなのかしらね」
ふと、コーデリアがマチルダに言った。マチルダはコーデリアを見た。ちょうど、絵の道具の片づけをしていたコーデリアは何でもない風を装っている。ちょっとした世間話を出したかのように見える。しかしマチルダはコーデリアが何を言いたいか、なんとなくわかっていた。
コーデリアは気になっているのだ。クロフォード家の領地で行われている化石の発掘が。恐らく、それを見に行きたいなと思っている。が、なかなかそれを実行に移すことができないのだ。内気な性格が災いして。
「リチャード様がよく現場に行ってらっしゃるので、ご一緒なさるのはどうでしょう」
「うーん……」
コーデリアは煮え切れない態度を取る。マチルダの見た範囲だと、コーデリアは少し、兄に遠慮があるようだった。普通に話をしたりはする。が、何かを頼むとなると、腰が引けてしまうらしい。
「それでは、トーマス卿にお願いして」
「それは駄目よ!」
コーデリアはたちまち否定した。「駄目! 叔父様は……叔父様はうんとおっしゃらないと思うわ。そういうところに女性を連れて行きたがらないと思うの」
「でも、秘書の方は同行されてますよ」
「いや、それは……秘書だから……。うん、そうね……」
「可愛い姪の頼み事ならお聞きになるでしょう」
「あの……どうなのかしらね」
コーデリアは視線を逸らした。「頼む……。私が叔父様に」
「ええ」
「……無理よ。私、叔父様苦手なの」
そうだろうとマチルダは思った。あの歯に衣着せぬ物言いの叔父に、コーデリアはすっかり呑まれてしまっている。けれどもコーデリアはぱっと視線を上げて、慌てて言い訳をした。
「あの、苦手って言っても、嫌いって意味じゃないのよ! でも叔父様はほらなんていうか……ちょっと近づきがたい方というか……」
「わかりますわ」
マチルダの言葉にコーデリアはほっとしたようだった。「でしょう? 叔父様のことを悪く言ってはいけないと思うのだけど」
「では、どういたしましょう」
マチルダとしては、コーデリアを発掘現場に行かせてあげたかった。そして自分も一緒に行くことができれば、と思う。マチルダもまた、恐竜の化石とやらに興味があったのだ。それに村の噂のこともある。あれはただの噂だと思うけれど、でも気になるし、またこの噂によって発掘という作業がさらにスリリングで面白そうなものに見えていた。
「……秘書の方に頼めないかしら」
「ホーンさんにですか?」
「そう。彼女は女性だし、こういうことは同じ女性に頼んだほうがいいような気がする」
少なくとも、トーマス卿よりに頼むよりはずいぶんましだろうと、マチルダも思った。けれどもコーデリアはまだ何かを迷っているようだった。
「あの……マチルダ。悪いけれど、あなたがホーンさんに話をしてくれないかしら」
「私がですか」
「そう……申し訳ないのだけど。でも私、あまりよく知らない人と話をするのはどうも苦手で……」
コーデリアがしゅんとしている。コーデリアのこういった内気さは困ったものだなあと思いながら、マチルダはそれを引き受けた。コーデリアがたちまち笑顔になる。
お嬢様にはもう少し社交的になっていただきたいものだけど。とマチルダは思った。でも人間の性格はそんなにすぐには変えられない。こういことは長期的に見守っていくしかないわ、とマチルダは思い、そしてさっそくミス・ホーンの部屋へと向かったのだった。
――――
お客が連れてきた使用人のための部屋というものが、クロフォードの屋敷にはある。シャーロットはそういった部屋の一つを与えられていた。本人は果たしているだろうかと思いながら、マチルダは扉をノックした。幸いなことに、シャーロットは部屋にいた。
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