相性というもの

「イザベラはお嬢様のことをあまりよく理解できなかったのよ」マチルダは言った。「お嬢様の近くにいて、あれこれお話をしたり一緒に行動などしたらわかるはず。お嬢様は本当は、内気だけどとてもお優しくて、魔女だの怪物だのとは全く縁のない方だってことが」


「まあ、あなたはお嬢様の近くにいるから、よく理解できてるんでしょうけど」


 少し棘のある声でサラが言った。マチルダははっとして口を噤んだ。お嬢様付きのメイドであるマチルダと、ハウスメイドであるサラとアンでは、コーデリアと接する時間がそもそも違うのだ。


 なんだかぎすぎすした空気になってきたので、マチルダは話題を変えることにした。しかしとりあえず、村の噂は気になるし、サラとアンももう少しその話題を続けたいだろう。そう思って、村にはびこる噂をもっと詳しく聞くことにした。サラとアンが仕入れた情報は上の二点だけでなくさらにあって、マチルダは奇想天外な生き物たちの物語を、しばらくの間聞くことになったのだった。




――――




 その日の午後、マチルダはフローレンスと共に裁縫室で繕い物をすることになった。二人とも黙って、針を動かしている。マチルダは、使用人ホールで話した事柄が気になっていた。怪物の噂。そしてイザベラのこと。イザベラがこの屋敷で奇妙な生き物を見て、コーデリアのことを魔女だと思ったということ。


「――あの……私の前任のメイドのことなんですけど」


 思い切って、フローレンスに訊いてみることにした。フローレンスは針を動かしながら、顔を上げずに言った。


「イザベラのこと? 彼女がどうかしたの?」

「あの……彼女は何故ここを辞めたのですか?」

「それは――お嬢様と気が合わなかったから」


 フローレンスは簡潔に答える。目は繕い物に向けられたままだ。それはもう聞いたわ、とマチルダは思った。ここに来た日、フローレンスはイザベラが辞めた理由についてそう説明していた。けれどもあの時、何かを話しかけていた。結局それが口に出されることはなかったが。けれどもマチルダは、あの時、フローレンスが言いかけてやめたことを、今聞きたかった。


「それはわかってます。でも他にもあるんでしょう? 今日、聞いたんです――えっと……」


 サラとアンが語っていたことを話すべきかどうか迷った。イザベラがお嬢様のことを魔女だと思っていたという話を。フローレンスはきっと、それを誰から聞いたのかと知りたがるだろう。けれどもそこでサラとアンの名前を出すのはどうかと思われた。


「まあそのうちあなたの耳に入ると思っていたけど」


 フローレンスは言った。マチルダが何を喋りたいのかわかっているようだった。そしてその出所については特に問いただす気はなさそうだった。


 マチルダは繕い物を膝に置き、フローレンスの方を見た。


「お屋敷に変な生き物がいて、お嬢様が魔女だなんて。イザベラはおかしなことを言うんですね」

「そうね。でもイザベラはお嬢様となかなか上手くいかなくて参ってたから。精神状態が不安定で、変なものを見たりおかしな考えに取りつかれたりしたのかもね」


 フローレンスも顔を上げた。そして続けた。


「お嬢様が悪いとか、イザベラが悪いとかいう話ではないの。ただ……あの二人は上手くいかなくて……どちらが悪人ということもないんだけど、そういうことってあるじゃない? 人間って相性があるのね。でも大丈夫。イザベラは今は別のお屋敷でお付きメイドをやってるそうだから。そこのお嬢様はお洒落とパーティーが好きで、イザベラとも仲良しで、イザベラは幸せに毎日を送っているそうよ」


 そう言って、フローレンスはマチルダを見て微笑んだ。


「こちらのお嬢様も幸せそうに毎日を送っているじゃない。あなたというメイドが来て。あなたと仲良くなって」

「えっ、そうでしょうか……」


 そう言われると照れてしまう。赤くなったマチルダを見て、フローレンスはますます微笑んだ。

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