作家の1日を書いてください

ふり

偽りと事実

1




 朝5時には起床。歯磨きやシャワーを済ませて朝食。メニューは決まってトースト1枚、スクランブルエッグ、野菜たっぷりのコンソメスープ、ヨーグルト、牛乳瓶を1本。

 7時には執筆を開始。昨日の続きから書けばいいように、あらかじめややキリの悪い所からのスタート。ちなみに朝早くから執筆をする理由は、頭が冴えてイメージを文に落としやすいからである。

 途中で休憩を挿みながらだいたい11時過ぎまで書く。例え調子が悪くて書けなくても、ネットやSNSに逃避はしないし、アニメや映画も観ないようにしている。机に座っている時間は作品に向き合うことのみを貫いているつもりだ。書けないのならプロットを見直したり、未登場のキャラの設定を練ったり、違う作品の構想を固めている。時間は無駄にしたくはない。1日は24時間しかないのだから。

 昼食は家族と摂ることが多い。和食が中心で納豆をよく食べる。ご飯はキッチリ2杯。デスクワークでもおなかは空くのである。その後、15分ほど仮眠を取ってコーヒーを1杯飲んで執筆を再開する。

 その日の進み具合はスケジューリングされているから、既定の所まで書けたらスパッと手を止める。調子が良ければ午後3時過ぎには終えられる。悪いと午後6時までは机に張り付いている。この場合は自己嫌悪に陥りながらもスケジュールを修正する。

 その後は軽食を摂ってジムへ移動。体調と相談し、筋トレかランニングか水泳を行う。時間は1時間半ほど。ここで入浴も済ませる。

 帰宅してからは夕食を摂り、映像作品を観てインプットを行う。余裕があれば友人とバーに飲みに行くこともある。お酒は酔い潰れるまでは飲まない。

 だいたい午後10時半までにはベッドに入る。


 これが私の1日の流れである。




* * *




「こんなもん誰が読んでもおもしろくないと思うぞ」


 女が驚いて振り向くと、背後に焼けた肌にしわくちゃの顔をした老人が立っていた。


「だって、こういうの苦手なんだもん……」

「苦手なら苦手で開き直ってありのままを書くのもありだよ」

「『ありのまま』……?」

「本名の××○○じゃなくて、ペンネームのピター5世としてだ」

「そっか! 本名だと罪悪感満載で書きたいことも書けないから、ペンネームの自分に本名のエピソードを盛りたい放題盛って乗っければいいんだね!! さっすがじいちゃん、頼りになるー!」

「読者を楽しませるためにも作者はある程度の嘘をついたり、ホラを吹いたりしてもいいじゃろうて。ほれ、あとがきもホラまみれじゃないか」

「うんうん、その通りその通り。よーし、書き直すぞ!」


 朝に弱いレベルを通り越して昼前に起床。シャワーを浴びながら洗顔と歯磨きをこなすって画期的じゃない!?

 朝食兼昼食を適当に。ラーメンでもパスタでもサッと食べられる物を5分以内に食べてますよ。ときには、吸うゼリーとブロック状の健康食を一気に口に含んで、プロテインか牛乳で流し込んでちゃってます☆

 執筆前は抱き枕化に成功したマイキャラ3体に、香水振りかけて思いっきり抱き着きながら、全体を言葉をかけつつ撫でくり回してます。特に魔改造を施した腰から下を重点的に。

 主な執筆BGMはもちろんドラマCD。拙作を豪華絢爛たる声優陣で固めていただき、毎日が眼福ならぬ耳福(じふく)で脳内麻薬出まくりの半狂乱状態で妄想を文に荒々しくぶちまけております!!! あっ、拙作のドラマCDもいいですが、乙女系の『レベル3寄りの♀獣人ですが、人間♂たちにモテモテです』や多様な時代を描いたBL真っ盛りの『黄昏ステイアウェイ』をBGMにノってもっとドチャクソエロいのを書きたいのですが、編集様から「今の状態でもギリッギリなのに、これ以上きわどいのが書きたいなら、○×文庫に別作品を送りなさい!」と、お叱りを受けました。拙作の続編は○×文庫さんでお世話になりまーす! よろしくお願いしまーす!!!

 ちなみにこのBGMは、コンポの時計が午後6時になると止まるようになっておりますの。さあ、止まったらどうなるか!? ……それはもうライターズハイが一瞬にして醒めるわけですね。その瞬間に体力がゼロになります。もうね、5、6時間ぶっ通しで執筆するものだから体中が休養を欲してて……。何を見ても聴いても魔改造した抱き枕やフィギュアに触れてもダメなものはダメ。大概はいつの間にか服を脱ぎ散らかして下着姿の自分を、姿見で見て我に返るわけですよ。なんだこのバカは、と。腹周りがだらしなくなったな、と。全国の少年少女はこんなダメの大人になっちゃダメだぞ、と。

 ところが夕食を食べれば多少復活するものです。その体力を運動に当てればいいのですが、結局はお酒をいただきながらアニメやお気に入りの動画を見て夜ふかしして、いつの間にか寝落ちてる毎日です。たまに原案者に怒られます。烈火のごとく。めちゃくちゃ怖く、ガチで体中の水分が噴出するので、いつ怒られてもいいように対策はしっかりしてますので汚くないです。多分ね。


 これが私の1日の流れでーす! あと、いっしょにバーか居酒屋で飲んでくれる人がいたらいいなーと日々思ってまーす!!!




2




 それから数日経ったある日のこと。女がメールをチェックしていると、編集者から返信が来ていた。


「おっ、編集さんから返事が来てるねー」


 ちょうど差し入れのお菓子を持ってきた祖父が、モニターを覗き込む。


「ほう、どれどれ」

「『いろいろ言いたいことはあるけれど……次会ったら張っ倒すことに決めたわ。もちろん、全ボツよ』だって。え――……めんどくっさぁ……」

「モラルに欠けたところが散見されてたし、当然だろう」


 祖父が孫の邪魔にならないように、踵を返した。


「あれ、下のほうにまだ文面がある。えーっと『原案のアルフレート先生の1日も知りたいという読者が多数いるの。そこで、アルフレート先生にも書いてもらいたい旨を伝えて』……だってさ」


 悪魔のような笑みを顔中に広げ、まだ振り返ろうとしない祖父の肩を叩く。


「じいちゃん、がんばって♡」


 無言で回れ右をした祖父の顔色は一気に青ざめていた。


「『締め切りに守らぬ人間に、明日はない』ってよく言ってたじゃーん。締め切りは今週中らしいから、がんばれ♡ がんばれー♡」

「あの編集者無茶を言ってくれるな……虫も殺さぬような顔して」

「ちゃんと若者向けの文でお願いしますね♡ いやー、楽しみだなー。アルフレート先生の文章。どんなキャラでどんな砕けたのを書いてくれるのやら」

「小遣いを渡すから代筆を頼む。このとおり!」


 手を合わせて懇願する祖父に、孫は余裕たっぷりの表情で提案した。


「ね、じいちゃん。たまには違う自分を演じるのもおもしろいもんだよ。若いころの経験があって今があるんだからさ」

「うむむ、確かに……。よし、わしも男だ! 一丁、もうひと皮剥けてみようじゃないか! 今から貴族のイケメンキャラを勉強じゃ!」

「さっすがじいちゃん、頼もしー♪」


 ちなみにこの年の差コンビが書いている作品が――


『中学を卒業してカツオの1本釣り歴3年の俺が、異世界に転生してしかもTSもして漁師を束ねるようです』


 というこの当時流行りの長ったらしいタイトルのライトノベルなのである。

 ふたりの正体は誰にも知られてはいけない――というよりも様々な理由で知られたくもない――秘密を貫いていたのだった。

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