第14話  珈蘭会議② -異世界の話ー

中新は、ある日の夜に営業時間後の珈蘭で会議を開くため、それぞれに招集をかけた。

 白石一家、石見るり子 佐藤千草 白石家を通じて、真田、黒川にも参加を依頼した。


「さて、みなさん、揃いましたね。私は、白石美彩都さんの担任の中新と言います。何故、ここにお集まりいただいたか、何の話をしようとしているのか、それが、何故、中新なんだ。と、みなさん、疑問に思っていると思います。実は美彩都さんに関わる、重大な事象につきまして、説明しなければならないのです。そういう時期が来たという事です。ただ、これから話すことは、常識では考えられないと思うかもしれません。丁寧に、そして整理しながら、お話していきたいと思いますので、よろしくお願いします。」

 

 石見と千草以外は、この状況が呑み込めず、ざわついていた。


「実は、ここの珈蘭のマスターの河合さんと私は親の代からの知り合いでして、この件でも協力してくれています。なので、場所の提供、会議の準備と同席もお願いしました。」

「だから、この前、先生来てたんだ。」

「そう、まぁ、白石と珈蘭で会ったのは、あの時が初めてだったな。じゃ、話を始めるとしよう。まず、真田さんが、神田蒼真さんのお兄さんが持ってきた一枚の写真と手帳から、白石の父でもある、行方不明の蒼真さんの手掛かりを探していましたね。そして、ある日、私は白石のある異変に気が付きました。それで、以前に得ていた情報から、ある国との関わりを意味しているのではと、真田さんの調査と同時期に並行して調査を始めたのです。」

「えっ、先生そんな事してたの?でも、なんで、こっち側で話してた事知ってるのよ?」


「すみません、私、河合が情報を流してました。私は、ある極秘任務に関して親世代から中新先生とは交流があったんです。その任務に自分は直接的な関わりはありませんが、状況を知る者として、補助的な役割として関わっていました。今から明らかにする内容は、中新先生の機密にも関わる事だったので、みんなには言えなくて。」

「そうだったのか。マスターとの関係はわかった。まぁ、あまり気分のいいものではないな。それに、極秘だの機密だの、なんか物騒な話だ。どういうことなんだ。」

 と、真田は、不服そうに眉間のしわを寄せ、水を一気に飲み干した。


「自分の事なのに、分かんない事ばかりじゃない。ある国ってどこよ。私の異変って、この前から体調が悪いこと?どういう事?」


「白石、ちょっと待て。そう慌てるな。色々話す前に、石見先生の方から、話してもらう事があるんだ。石見先生いいか?」

「えっ、石見先生も、マスターみたいに、グルってこと?」


「違うわよ。でもグルってなによ。今から説明するから。知っている人もいると思いますが、私は、美彩都さんの学校の養護教諭をしている石見です。数年前までは美崎るり子でした。親の離婚で母親の姓になったので。そう、あの手帳に書いてある蒼真さんと一緒にフランスへ行ったの、私です。だから、石の事も知ってたし、写真の事も知ってた。私も似ている写真を持っていたから、私の方から蒼真さんに、ここがどこか探してみないかと誘ったの。それで、フランス行ったのよ。石の存在なんて、全然忘れてたけどね。それと、……言ってもいいの?」


「言わないと、始まらないよ。」

 

 中新に促され、石見は続けた。

「そうね、いつだったかな…蒼真が…ね、私のところに来たのよ。」


「はぁ?何言ってるの?どういう事?うそ、なんで。蒼真生きてたの?」

 今日子が立ち上がり、声を上げた。美彩都、真田も俊樹も驚いた表情を見せた。


「私だって、信じられなかったわよ。髭生やして、ずいぶん汚れた身体で、ボロボロの服着てた。その時に、自分は異世界に行ってて、美彩都を狙ってるやつらがいるから、その石をとにかく、肌身離さずに持つように言ってほしいって、頼まれたの。必ず、何か起きるって。」


「でも、なんで、石見先生なの?うちに来て直接言えばいいじゃない。」


「そうよね。蒼真さんが、私のところに来たのは、蒼真さんを通して、美彩都さんの居場所を敵に分かってしまうから接触は避けたという事だったわ。だから…あの、私、ごめんなさい。アスパラソバージュの栽培上手くいったって聞いて、今日ちゃん家に行った時、私から、あの石の事聞いたでしょ。それで引き出しにしまったのを盗み見して、だまって持ち出したのを、保健室にいた美彩都さんの制服に入れたの。だから、私の仕業。本当にごめんなさい。普通に言っても信じてくれないだろうし、他に方法が考えられなくて。どうしていいか分からなくて。そういう事なの。上手く説明できなくて、ごめん。」


「そんな事までして…。それに何を言ってるの?こんな話、どう信じればいいって言うのよ。」と、石見の説明を聞いても、今日子の息づかいは治まらなかった


「パラレルワールド。という事か。」

 真田が宙を見据えて、口を開いた。

 黒川も、「パラレルワールド。そういう事よ。」と繰り返した。

 俊樹、そして今日子も手帳に書いてあったその言葉を思い出した。


「そんな、まさか。あり得ない。敵?私は意味が分からない。分かりたくもない。なんで美彩都が。」

 

 今日子は得体のしれない恐怖を感じた。


「な~んだ、座敷童じゃなかったんだ。なんかつまんないな。」

「おい、おい、まるで他人ごとみたいに落ち着いてついてるな。」

「だってパパ、ずっと不思議だったことが分かってきたんだもん。ちょっとホッとしてるくらいよ。それに、お父さんが生きてたんだよ。その事の方が、私には、ビックリよ。」

「答えになってないぞ。異世界云々もそうだが、美彩都が狙われている事に不安はないのか?ってこと。」

「そうね、この先どうなっちゃうんだろうって言うのは思ってるけど。私がどんなに騒いだところで、成るようにしかならないんでしょ。」

 

 美彩都は『パラレルワールド』という言葉を、これまでの自身の夢や、身体の変調で、無意識に感じていたのか、取り乱すことなく、落ち着いていた。


「白石、頼もしいな。そうだな。パラレルワールド、多元宇宙についての説明が必要だろう。真田さんか、黒川さんが調査したとかで、自分が説明するよりも、分かり易いかな。」

「そうですね。自分と黒川さんはパラレルワールドのオフ会で、知り合って、そのオフ会で黒川さんが、パラレルワールドについて、分かり易く説明してくれたんだ。黒川さん、お願いできる?」


「ええ、分かったわ。」と黒川は、オフ会でも話した多元宇宙について話をした。


「自分も少しは調べたが、物理とか宇宙の秩序とか、自分の頭脳とは遥か遠すぎて、話の輪郭さえも呆けた感じにしか自分の中には落とし込めなかったけど、黒川さんの説明で、それでも何となく、ちょっとは近づいた気がする。」

 

 俊樹が非現実な現実を受け入れようと思考を巡らせているのに対し、今日子は、頭を抱えたり、水を飲んだりと落ち着かない様子であった。


「あと、フランスへ行ってきた時の様子を聞かせてほしい。石見先生が蒼真さんとフランスへ行った時と同じ人に、同じ内容を聞いてきたと思うが。」


「じゃ、私から。」中新の振りに俊樹が手を挙げた。

 同じ写真を持っていたエマから聞いた日記の話と、写真の城と似ているシュノンソー城の見学中に、美彩都の体調が悪くなった事などの話をした。


「青い鳥も見たの。あの時は言わなかったけど、夢の中のお城にもいたのよ、青い鳥。」

 

 美彩都は、ここは外せないとばかりに、前のめりで、身振り手振りで、その時の状況を説明した。

 すると、石見がハッとして「幸せの青い鳥?どこかわからないけど、蒼真もなんか言ってたかも。私は見てないけど。気のせいよって言ったら、それ以上話は発展しなかったし、忘れてたわ。」

「青い鳥は、童話だけじゃなくって、実際にも青い鳥はいて、ルリビタキとかいるんだけど、アジア生息なんじゃないかな。」と真田が返した。


「了解。青い鳥の事はちょっと置いといて、話してもいいかな。」

「そうだよ、そんな事より、今、何が、起こってるか、説明してもらわないと。先生お願いします。」

 と俊樹が促した。

 

 河合がパワーポイントを操作し、中新が図解を示しながら説明を始めた。


「ちょっと、暗くしますね。では、先ほどから、多元宇宙の話をしてもらいましたが、自分は、この世界の他に、ここより遥かに文明の発達した、シャイル界という世界と、行き来しています。シャイル界では、今話してもらったような多元宇宙の解明が進んでいます。みんながいるこの世界をステラ界と呼んでいます。このステラ界とほぼ同じ世界を持った宇宙がもう2つ確認されていますが、まだ、解明途中です。もう一人自分がいる現象のドッペルゲンガーは、何等かの原因で、この世界との交差が、部分的に起きているものと思われます。そして、もう一つ、ミドワル界と呼んでいる世界があります。この世界は、おそらくフランスの革命より前の時代から分岐して、文明が発達するどころか、逆戻りの統治体制になっています。要するに、フランスの中世のころの世界があるのです。日本との関係は不明ですが、その世界の民族は、明らかに、東洋の顔立ちをしている人が多いのです。そして、震災の時にエカルラートがミドワル界に迷い込んでしまった。写っている写真は、そのミドワル界での写真です。おそらく蒼真さんもこの世界に行ったと思われます。」


「すみません、頭がいっぱい、いっぱいで。どう理解すればいいのか。」

 今日子は涙声になっていた。


「急には、理解できないと思います。シャイル界では、各界の秩序を維持するために、調整員を配置して、異変が起きると、その調整にあたります。自分はこのステラ界に配置されている調整員です。佐藤千草も自分と同じ調整員です。」


「うそ、千草、ほんと?だから、私が知らない事も知ってるんだ。」


「ごめんね。美彩都。そうなの、この界では一人で住んでいて、自分の両親は海外って言ってたけど、実は父はシャイル界の多元調整員のリーダーとして、シャイル界にいるわ。それで、中新先生とはいろいろ情報をやり取りしてたの。」


「信じられない。嘘つかれてたみたいで、急に千草が遠く感じるよ。」


「そんな事言わないで。美彩都は大好きな友達よ。」


「分かってる、そうよね。でも…。」


「白石、千草はな、ここでの生活で、ほんとに元気になったんだよ。シャイルでは、ずっと落ち込んでて、こんなにお喋りになるとは思わなかったよ。白石のおかげだと思う。千草の父親も喜んでる。そんなに責めないでいてやってくれ。」


「そうだったんだね、千草、ごめんね。まだ、なんかモヤモヤしてるけど、でも、これからは、何でも話して。千草の事、何にも知らなかったんだから。」


「うん、ありがと。」


「先生、じゃあ、蒼真は、そのフランスの中世にいるのか?」と俊樹が話を戻した。


「正確には、同じ西暦2017年だが、フランスの中世の頃の文明という事。文明が発達しなかったから、十七年前も、百年前もあまり変わらない文明社会ってことだ。」


「じゃあ、さっき言ってたみたいに、エカルラートも父もその世界に行ったってことだけど、どっちも、たまたま迷いこんでしまったの?」


「真意は本人に聞かないと分からないけど、おそらく、蒼真さんの方は、フランスで知った情報から、自ら神生山に行ったんだと思う。そこには、ミドワルへつながる入口があった。それでも、何故、大事な家族を置いて行ったか。手帳に書かれてはいない情報を持ってたとしか考えられない。」


「じゃあ、お父さんは、理由は分からないけど、自分からその世界に行ったかもしれないんだ。で、先生、私の異変はその国とどんな関係があるの?」


「今、ミドワル界でのフランスの王はカイという女王が支配しているが、真の王の即位が近いとされる石像の眼が赤く光りだした。記録としては消されているが、その国の人の話から、白石の先祖であるエカルラートらしき人物の即位がそうだったと考えられるんだ。即位の条件として、石像に収められてる三種の神器が揃っている事、そして身体にフルール・ド・リスの記しを持つ者が18歳の誕生日から3日間の間に即位ができる。白石と同じように、蒼真さんもエカルラートもフランスの紋章の記しを身体に持っていた。それで、今回の即位に関して一つ問題がある。その三種の神器のうちの石が足りないんだ。白石が持っている石の事だ。三つに割れたとあるが、あと二つ。一つは、ミドワル界にある王冠に組み込まれている。もう一つは蒼真さんが持っていると思われる。即位する時期が近づくと、病気になったり、体調が悪くなるともいわれている。」


「私、おでこの痣と石も持ってるし、具合が時々悪くなるし、それじゃ、私が王って事?先生が言ってた事ってそういう事なんだ。でも、そんな、私、国の王様なんて出来ないよ。今の女王が、居ればいいんじゃないの?」


「そういうわけにはいかない。この女王の独裁はひどいものだ。このカイ女王は魔女教育を受けて育ったと聞いている。今のミドワル界は自然災害や、飢饉で、国民は危機的状況だ。しかし、民を救う政策どころか、反乱を起こそうものなら、自分にとって脅威となるものは、容赦なく排除するという恐怖政治だ。カイのこの残虐性は、魔女狩りの歴史が根底にあると思われる。その上、石像の眼が光り出したことで、自分の地位を守るために、魔力と称する力を使って、どんなことをしても真の王となる者の即位を阻もうとしている動きも出てきている。そういう看過視出来ない事象ということで、そちらの写真の謎を追うことと並行に、自分たちもミドワル界に調整員を中心に調査を進めていたという事だ。」


「魔力とか魔術とか、ほんとに、そんな力が存在するの?」


「白石、魔女狩りって知ってるか?」


「知ってる。聞いたこともあったし、フランスで、ドラクロワがそういう絵も描いたって、家坂先生が言ってた。」


「魔女の歴史については、悪いが、また黒川さんの方が、いいかな。」


「分かりました。じゃあ、そうですね、当時の社会背景からお話しますね。本来の姿の魔女は、占いとか、薬草で病気を直したり、お産に携わったり、いわゆる、白魔術として人々の生活に溶け込んでいたの。でも仕立てられた魔女像と、当時の人々の心理状態が、魔女狩りへと繋がっていったのね。当時のカトリック教は、魔女が悪行する物語を創作し、魔女は悪いもの、怖いものとして、人々の心の中に植え付て、あとは、ほっといても話を盛って広げていくから、あっという間にその怖い迷信は市民権を得たの。今のSNSみたいにね。対立していた異端教であるユダヤ人の特徴を模した鉤鼻の老婆、三角帽子、黒マント、毒々しく何かをグツグツ煮ている、箒に乗る魔女なんて、今でもすぐイメージが浮かぶでしょ。こういう、意図的な印象操作で、王族に仕えていた医療者としての魔女さえも、死産したり、病気が悪化すれば、それは魔女の罪となって、天災やペストなどの流行も魔女の仕業とされてしまったの。」


「箒に乗った魔女なんて、今でもアニメで良くあるね。魔女は本当はいい人なのに、濡れ衣じゃん。でもなんで悪者にしたの?なんで、ユダヤ人に似せたの?」


「美彩都ちゃんいい質問ね。キリスト教絶対主義において正統信仰の反する教えを持つ者を、異端審問で異端者とされて、罰せられた時代だったの。その異端教としてユダヤ教が典型的だったんだけど、ユダヤ人は賢人で、天文学や薬草などの知識も深く、カトリック教会にしたら脅威だったのね。それで、悪魔崇拝の魔女像をユダヤ人に似せて仕立て上げた。自分たち信仰を正統として大きくするには、そういう悪者が必要だったってことね。その意図は上手くいって、社会の不満は、カトリック教会でなく魔女に向かって行ったわ。」


「信仰が違うだけで、罰せられるなんて、怖い時代。でも、すごいたくさんの魔女狩りがあったって聞いたことあるけど、なんでそんなに多いの?」


「そうね。最後の審判って聞いたことあるかな。絵でも有名だけど、人間は大罪、微罪に限らず、必ず罪を犯しているとされていて、死後の世界は、天国か地獄かだけでなく、その中間で、苦罰で浄罪してから天国に行くという煉獄という場があったの。教会はそういった死後の恐怖と不安を煽るだけ煽ったの。やっぱり楽をして天国行きたいじゃない。そして、魔女への密告が義務付けられてるものだから、審判までに、少しでも気になる者を密告する事で、自分の罪を相殺して、その曖昧な不安を正当化しようとしたのね。悪いイメージにされた魔女にしてみれば、理不尽な迫害よ。その密告による魔女裁判で、証拠も何もなくても、拷問の末処刑されたからね。そうした魔女への糾弾は当時は当たり前のようになっていったのが、処刑者が多くなった背景ね。カトリック教会にしてみれば、ユダヤ人も魔女も一斉に排除するには、都合がよかったのね。その時代の社会不安から人間の心理が生み出した悲劇ね。」


「密告か、楽に天国行くために、密告して、罪を軽くする。卑怯な気がするけど、周りのみんながやってたら、自分もそうなってしまうにかも。」


「真田さん、身体に似合わず、案外臆病なところあるよね。」


「いやいや、美彩都ちゃん、その時代の中ではそうなるよ。集団の心理って怖いよ。歴史上の大きな戦争も、平和のためという殺人を正当化してる。ちょっとした事で人は人を殺せるんだよ。カルト教団なんてそうだろ。そう心をコントロールされるからね。」


「なんか、怖い、寒くなってきた。日本が平和で良かった。」


「まぁ、日本もたくさんの犠牲の上の平和だからね。それを忘れないで。」


「分かってる、パパ。」


「こんな、悲劇はもう繰り返さない社会でないとね。」


「黒川さん、ありがとう。では、続けます。フランスでの話で、蒼真さんも白石も、エカルラートの血縁者という事がわかった。その上、紋章の記しを持ち、石を持ち、特に、白石はエカルラートと同じ赤毛だ。最近の白石の体調の変化や、学校やフランスでの出来事から、何等かの影響が出てきている事で、白石が真の王とする事は辻褄が合う。それでだ。白石が即位してしまえば、この界の秩序が安定し、カイ女王や、他の侵襲も跳ね返す力が宿ると言われている。そのため、敵は、何としても白石を探し出そうとしているんだ。今話してもらった魔女狩りの怒りが根底にある女王だ。どんな手で来るのか予想が出来ない。たぶん、蒼真さんは、どの時点なのかわからないが、ある程度この事を知っていて、娘がいづれ王位継承の存在として、命を狙われる事を知ったため、ミドワル界で暮らしながら、王の動向を見ていたのではないかと。ミドワルでも、調整員はいるのだが、まだ、蒼真さんと思われる人物には接触できていない。というのが現状だ。それでだ。私たちは何をしなければならないのか。それぞれの界と連携をとり、即位するまで、白石を守らなくてはならない。ここのメンバーにも何名か、協力が必要になって来るだろう。」


「女王が魔女っておかしいんじゃない?普通、王側に迫害される側なんじゃ?それに魔力らしき力って何?魔術ってないんでしょ?」


「元々のカイ女王と入れ替わっているんだ。本当の名はハナと言う。父親が王政に殺され、根底に魔女狩りの歴史の怒りの感情があったハナは、その怒りが限界にきたんだろう。カイ女王を乗っ取った形だ。ハナだけの力では説明できない事もあるから、今、調査中です。」と石見の質問に中新が答えた。


「ちょっと待って。」今日子が立ち上がった。


「まだ、今の話が、真実なのかどうか、わからない。でも本当だとしても、美彩都の即位ありきで、話進んでるじゃない。絶対反対よ。そんなの。こんな恐ろしい、わけわかんない国のために、なんで美彩都が行かなきゃならないのよ。」


「お母さん、ごもっともです。しかし、ミドワル界は、今、次元の歪みが多発している事がデーターとして観測されている。時間の流れが不安定、気象の異変、重力の変動など、この界の秩序の乱れが、他の界に影響してくる。大きな地震が起きたり、火山の噴火、多元宇宙間での無秩序な交差が起こり、大変な事になる。現に今も、雨天が多く、晴れる日がほとんどなく、飢餓で亡くなる人、感染症の流行で亡くなる人も多い。」


「だからと言って、即位でそんな自然現象が良くなるの?そんなの、魔術だって否定してるんでしょ?おかしいじゃない。」


「普通の即位とは違うのです。エカルラートが即位する前も、今の状況と似た環境下にあったと考えられています。即位で、すべての事が安定し、田畑は潤い、市民の心は落ち着き、反乱も減ったとされています。しかし、これまで王族として君臨していた者たちは、諦めきれず王位の奪還を常に企てていた。でも即位してしまったエカルラートには手出しが出来ないため、その子供を狙うようになった。だから、エカルラートは、妻子を元々いた、ステラ界に逃がしたのだと考えられています。エカルラートは優しかったのでしょう。生涯を終えるまで王位の座にはついていたのですが、周りの敵は誰も殺さなかったと言います。同じように、白石が即位することは、その国のみならず、多元宇宙界をも救うことになるのです。魔術というものは、科学的に説明がつくものもありますが、確かに、この真の王伝説は、説明のつかない不思議な力です。」


「伝説だか、なんだか知らないけど、やっぱり、ダメよ。そんなの。外国へ行くってことより、わけわかんないじゃない。行ってしまったら、美彩都と二度と会えないんじゃない。」


「昔と違って、そう簡単な事ではないが、行き来できない事もない。ただ、人によっては、移行時に命に関わる事もある。他の界での環境に身体的に合わない事もある。そして、何より、こうした行き来で交差が多く起きると、その界のバランスが崩れる事も懸念され、色々と影響が大きい。白石が即位することで、その影響が減らせることが可能かもかもしれないが、未知の事であるため、断言はできない。」


「どんな理屈でも、世界がどうなろうと、私は反対よ!」


「ママ!…私、やる。多元宇宙界を救うとか、そんなこと、私には、とてつもなく大きすぎて理解も実感も出来ないけど、ママや、パパや、千草や、智花や先生や、黒川さん、真田さん、河合さん、フランスのエマ、アリス私の周りのみんな、そして、お父さん…救いたいの。私しかできないなら、私、やる。」

 

 今日子は、耐えきれず店を出て行ってしまった。慌てて俊樹があとを追いかけていった。


「白石、ありがとな。私たちは必ず、君を守る。ミドワルでも、シャイルでも、今、仲間を集めて、体制を作っている。ミドワル界での、カイ女王とその周辺を調査中だ。何をしなければいけないかは、また追って指示する。何か変わった事があれば、すぐ連絡してほしい。自分はシャイルとの行き来があるので、千草の方に連絡をお願いする。」

 

 黒川、石見、千草は、今日子の気持ちを思い、泣いていた。真田は、下を向き腿の上で拳を強く握りしめていた。


「白石、お母さんの事頼む。母親としては、当然の反応だと思う。」

 

 河合が運んできた、珈琲の薫りが、沈んだ空気を包んだ。

 

 俊樹と泣き腫らした今日子が帰ってきて、珈琲を一くち口に含み、今日子がつぶやいた。


「ごめん、もう少し、考えさせて。」


「納得いくまで、と言いたいが、納得は難しいと思う。でも考えてほしい。」

 今日子は中新の言葉に頷いた。


「お腹空いた~。」

 美彩都が空気を換えた。


「美彩都ちゃん、さすが、肝が据わってるわ。あ、なんかいい匂いだ。」

 真田は、甘くした珈琲を飲みほして言った。

 

 河合がピザを運んできた。


「河合さんてほんと気が利くのね。」

 

 黒川が向けた視線を真田が遮った。

「こいつ、昔は、やんちゃだったんだぞ。」


「いいじゃない。ワイルドな人好きよ。」


「真田さん、景湖さんを河合さんに取られそうだね。」

 口元にチーズをつけた美彩都は、嬉しそうにからかった。


「大人をからかうんじゃない。」

 真田は慌てて、追加の珈琲に砂糖をいつも以上の量を入れてしまった。


「わっかりやすーい。」

「美彩都!」


「ごめんなさい。つい、口が…。最後に、マスターに聞いてもいい?マスターって、和菓子も作れる?」

「できるよ。どうしたの?美彩都ちゃん。」

「あのね、水羊羹が食べたいの。」

「良いねえ、今度作っておくよ。」

 

 中新は、いつも不穏な状況の空気を換えてくれる河合に感謝した。

 

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