第7話 同じ写真

 真田は写真に映っている景色と人物について、何等かの手掛かりをつかもうと図書館にいた。


 こっちの方が現実的で、気分が楽に感じた。が、適当に取った本を見ても、よくわからない。日本語での書籍をみても写真や絵は豊富だが、思った情報は得られず、フランス語の書籍は文字ばかり並んでいる。フランス語なんて真田にとっては、宇宙人の言葉ではないかと思えてしまう。何しろ書籍量が多く、どれを見てよいのやら。政治の本なら、見当もつくのだが。


 


 真田の背後から、静かな声がした。


「真田さん?」


 真田は振り向き、思わず、声を上げそうになった。


「やっぱり。なんか、変わったおじさんがいるなぁと思ったわ。」


 いつもの自分なら、失礼と感じるところだが、真田は、この黒川のストレートな言い回しにも、あの心地よい緊張感を思い出していた。


「黒川さんはどうして、ここに。」


「大学の近くだから、ここへはよく来るの。真田さんこそ、図書館に来るなんて。最初、似てる人かなと思ったけど、声をかけて間違ったら失礼だし、チラチラ見てたら、本棚の前にずっとしゃがんで、眉間にしわ寄せて難しい顔してたから、思い切って声をかけてみたの。真田さんはお仕事で?」


 真田は、しびれ始めていた足をさすりながら、ゆっくり立ち上がった。


「嬉しいなぁ、仕事ではないんだ。別用でね。確か、黒川さんは、東華大学の西洋史専攻だったかな。」


「あら、覚えててくれたの?すごく嬉しい。」


「そりゃ、覚えてるよ。でも、ちょうど良かったよ。黒川さんが神様に見える。今、頭ん中迷路状態だったとこだ。助けてくれるかな。頼む!」


「いいわよ。お役に立てるかどうか分からないけど。」


 二人は図書館の中央にある机に横並びに座り、真田は、スキャナーで取り込みプリントしておいた2枚の写真を、ジャケットの内ポケットから取り出した。


 「この景色と人物の写真、どこかの王族かなと思うんだけど。この前話した行方が分からなくなった友人の家から、出てきたものなんだ。」


「確かに王と妃みたいな感じね。でも思い当たる王はいないわ。昔は肖像画が描かれるけど、それでも知っている限りはいないわね。この景色の左隅にお城が写っているけど、ルネサンス様式のお城の創りから、中世のフランスっぽいけど。有名なものではないと思う。お城の手前は湖?川かな。フランスのロワール川沿いには、お城は多いんだけど、これと合うお城もないわね。」


「そうか、君がわからないんだったら、しかたがないな。でも、ありがとう。」


「やだ諦めが早いわね。まだ、手があるわよ。もっと詳しい人がいるの。大学の講師にフランスから定期的に来てる先生がいるのよ。あ、この人は日本人の女性ね。フランスの古文書の研究家で、ちょうど今、日本に来てるから、話してみるわ。」


「ほんとに、すごい。いやぁ、やっぱり、君は神様だった。」


「いやあね、まだ、何にも結論出てないじゃない。また、連絡するわ。連絡先教えてくれる?」


 真田は予想外の展開に、冷静さを装おうとする意とは逆に、勝手に頬の筋肉が緩んでしまうのを止められなかった。


 


 数日後、黒川景湖からの連絡で、図書館で待ち合わせをした。図書館の窓際には、カフェのような籐のインテリアで統一されたスペースがある。大きく高さのある窓からは、木々越しの柔らかな陽射しが、丁寧に編み込まれた籐に温かさを与え、優しい癒しの空間を演出していた。


 時間より早めに着いた真田は、紙コップの珈琲を自販機で買い、黒川が来るまで、ひと時この空間に身を置き、日頃の騒音を消していた。


 


「真田さん。」


 心地よい声で、覚めた。


 黒川は、一人の女性とともに現れた。


「ここ、いいでしょう?私もこの場所お気に入りなの。で、こちらの方、この前言ってた講師の家坂早苗先生。」


 


 それほど美人でもないが、歳は四十代後半、色白、黒髪の少しクセのあるふわっとしたショートヘア。清潔感があり、小柄な女性。藍染めのしぼりのチュニックに黒のジーンズ。手作り感満載の和柄藍染めパッチワークのトートバッグ。プロファイリングにもならないが、フランスの歴史の研究者というよりは、リノベーションした日本の古民家にセンスの良いアンティークの調度品を誂えて住んでる陶芸家、という勝手な印象を持った。


「初めまして、家坂です。」


 真田も立ち上がり、握手を交わした。


 三人は、低めのテーブルを囲み、並べた写真に目を凝らした。


 家坂は、写真の一枚を手に取った。


「この風景のお城も、人物も、今、現在、実在するものではないわね。過去のものも、当たってみてもいいけど、んー、なんか、そう、この写真、前にも見たことあるような…。ちょっと待って。」


 家坂はタブレッドをトートバッグから取り出し、自分が撮った写真の検索を始めた。


「あ、やっぱり、これだわ。以前に、フランスの知人からも、この写真に写っている場所はどこかと聞かれて、同じような返事をした記憶があったから。」


 「えっ、この写真を見たことがある?」真田は、予想外の言葉に驚いた。


  真田は、家坂のタブレットの写真を見て、「ほう、ほんとだ。どういう事なんだ。これは。」


 そして、家坂はもっと、真田を驚かせた。


「それで、おかしなことを言ってたわね。なんでも、1900年代初めの頃に、ある男の子を連れてフランスから日本に渡った女性がいたの。確か、その女性が、その知人の曾おばあちゃんなんだけど、で、住んでいた東京で大震災が起きて、その男の子の行方が分からなくなってしまった。そしてその何年か後に、その男の子の家族だという人が現れて、この写真を女性のところに置いていったというの。写真の中の王様のような人がその男の子だと言っていたわ。で、そう、そう、日本からもこの同じ写真をもって誰か訪ねえてきた人がいたみたいよ。それで、そのお客にも、この話をしたそうよ。」


「映画みたいな話だな。それに日本人が来た。蒼真かもしれないな。いや~びっくり。すごい展開だ。」


「でもなんで、あなたがこの写真を持っているの?」


 家坂の問いに、真田はこの写真を自分が持っている経緯を、手帳の内容も含め話をした。


 興味深そうに、家坂が推理した。


「それじゃあ、その時に来た、日本からのお客様って、あなたが探している方かもしれないわね。この家系図からみると、震災時に行方が分らなくなった男の子の子孫の可能性があるってことになるのね。」


 じっと聞き入っていた黒川が声をはずませた。


「すごい、こんなことってある?写真がつながったじゃない。それにしても、場所はわからないという謎が残るけど。それでも、すごい。」


「ああ、そうだな。ほんと、今日は黒川さん、家坂さん、ありがとう。こんな展開になるとは思わなかったよ。欲を言えば、そのフランスの知人にもっと話が聞きたいんだが。」


「じゃ、フランス行く?」


 ずいぶん軽いノリで、たいそうな事言う黒川に、真田は驚きを隠せなかった。


「おい、おい、行くって、フランスだろ。そう簡単に行ける場所じゃないよ。」


「私の父、フランスで仕事しているから、いつでも行けるわよ。」


 黒川さんとフランスか…いやいや、頭を過った邪な画を振り払った。


「私も、もうフランスへ帰るから、知人との仲介ならできるわよ。」


 家坂も快く協力してくれるというのだが…


「ちょちょっと、考えさせてくれ、仲間にも相談してみるよ。」  


 

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