心がザラつく偽装冒険者どもの生活保護

ちびまるフォイ

嘘をつかなくちゃ生きていけない

クエストを偽装するには手順がある。


1、事前にクエストの受注書を複製する


2、他の冒険者が本物のクエストを受注するのを確認する


3、本物のクエストが完了されたかどうか確かめる


4、本物より先にクエスト完了の報告を偽物の受注書で行う


5、誰も傷つかずに報酬が獲得できる


以上。


最初に教えてくれたのはじいちゃんだった。


「人が生きるために命をはることはないんじゃ。

 全員が生きている、それだけでいいんじゃよ」


いつも冒険者たちの後をつけるときには口癖のように言っていた。


「しっ。洞窟へ入っていくわ」


女錬金術師役のサクラは岩陰に隠れて様子を見る。

男の戦士役であるガレーはさらに洞窟の奥へと進む。


「魔力反応が消えているぜ。あの冒険者たち、ヌシを倒したようだ」


「すごいすごいっ」


娘役のミーナはぴょんぴょんと跳ねる。


「じいちゃん、クエスト完了だよ」

「そうかいそうかい。ギルドに報告へ行こうかの」


ギルドへの報告はいつもじいちゃんがやっていた。

俺はミーナのお目付け役としていつもそばにいる。


じいちゃんがギルドへの報告を済ませると手には報酬金を受け取っていた。


「それじゃ、今回の分け前じゃ。

 くれぐれも近場で派手に使うんじゃないぞ。

 今回のクエストも口外は厳禁じゃ」


「わかってるって。こうして誰も怪我せずに報酬をもらえるのなら

 なんの不満もないわよ」


「だな。武器も防具も新調する必要がねぇから助かるぜ」


「ミーナのぶんは?」

「今度、カワイイ洋服でも買ってあげるよ」


俺たち5人は戦闘能力が低い。

まともにパーティを組まれていないところをじいちゃんが声をかけてくれた。


自称魔法使い。だが、じいちゃんは魔法を使えない。

もともとは貧しい農民だったとは聞いた。


「じいちゃんはなにか使うの?」


「貯金かのう」


「またかよ。なにか美味しいものでも食べなよ」


「最近はどうも食が進まなくての」


「大丈夫?」

「バカにするな。ふぇふぇふぇ……」


その後、じいちゃんは死んだ。

魔物に殺されたわけではなく、ただの老衰だった。


皮肉にも、先に見つけたのは家族でもなく

じいちゃんとパーティを組んでいたなんのつながりもない俺たちだった。


「おじいちゃん、おじいちゃんっ」


「ミーナ、やめなさい」


「これからどうするよ?」

「どうするったって……続けるしかないでしょ」


「だよな……」


じいちゃんがいなくなってからも偽装冒険者を続けるはずだった。

じいちゃんがやっていたクエストの複製も報告も俺たちでできるつもりだった。


クエストを報告すると、受付は不審そうな顔をした。


「このクエスト……本当にあんたらがやったの?」


「え? そ、そうですよ? なんでそんなこと聞くんです?」


「見たところ武器も防具も汚れてないじゃないか」


「そっ……それはほら、報告する前に買ったんですよ」


「報酬金受け取ってないのに?」

「ま、前祝い……てきな?」


「最近ね、偽物のクエストを複製して

 報酬金だけ受け取るやつがいると冒険者の間で噂なんですよ。

 ギルドも信用第一。怪しい奴には報酬渡せません」


「そんな! こっちはジャイアントフロードの巣にまで行って来たんですよ!?」


「クエストはゴブリン討伐のはずでは?」



「……あ」


ギルドを出ると暗い顔をしたガレーとサクラが立っていた。


「そっちは?」

「ダメだ。すぐにバレた」

「おじいちゃん、一体どうやって報告してたのよ……」


じいちゃんはいつもクエスト報告には時間をかけていた。

年寄りの長話かと思っていたけれど、それは疑わしさを削る信頼づくりと

真実をごまかすための高等な技術だったんだと今知った。


「やっぱり、じいさんがいねぇ今、続けるわけねぇよ」


「今度こそ、私たちもちゃんとした冒険者としてやるべきなのかな」


「ちょっ……みんななに戦う気満々になってるんだよ。

 俺たち戦うための練習なんてしてないし、そもそも魔力総数だって……」


「でもこのまま続けられるわけじゃねぇだろ!?

 オレはまっとうな冒険者として進む!」


「私も。これから錬金術を学べばきっと……」


「ミーナは? ミーナはどうするんだよ?!」


「あんなの、じじいが拾った捨て子だろ。

 てめぇが面倒みろ。オレたちは自分のことで精一杯なんだよ!!」


ガレーとサクラはパーティを去っていった。


「ねぇ、おにいちゃん。みんな、どうして行っちゃうの?」


「……嘘の冒険者を続けるのが苦しくなったんだよ、きっと」


「お兄ちゃんは?」


「俺は……ミーナのために頑張らなくちゃだから」


それから数日後、最初の訃報は戦士ガレーのものだった。

ドラゴン討伐の合同戦線に参加して死亡したらしい。


その後、農村を襲うコボルト征伐に参加した錬金術師サクラは

討伐後の背中を弓矢で射られ、やがて命を落とした。


「おにいちゃん、おねえちゃんとおとうさんは?」


「……早く食べなよ」


「これ、どこで買ってきたの? お金残ってるの?」


「食べろって」


「おにいちゃん、私……」


「いいかげんにしろよ!! 俺の稼ぎが悪いのがそんなに不満か!?」


俺はミーナの手にあった廃棄パンを奪って地面に叩きつけた。


「俺だって、俺だって冒険者として成功したかったよ!!

 でも無理なんだ! サクラとガレーは死んだ! この意味わかるだろ!?

 俺は……俺達は冒険者なんてできないんだよ!!」


「それじゃ……それじゃあどうしておにいちゃんは冒険者をつづけるの?

 おしごとはほかにもあるでしょ?」


「それは……っ」


小さい頃、大きな剣を振るう父親の背中に憧れた。

仲間との冒険譚を語る両親に強く憧れた。なのに今は……。


「わたし、ゆうしゃになる。つよいぼうけんしゃになる」


「死んだら何も残らないんだぞ!?

 俺の代わりに俺の夢を叶えようとしなくていいんだ!」


「ううん、わたしがなりたいの。りっぱなゆうしゃになる。

 そして、おにいちゃんとぱーてぃになる」


「ミーナ……!」


「そうすれば、もうおにいちゃんはうそつかなくていいんだよね?」


俺はミーナを抱きしめると、

この子をちゃんとしたところへ送り届けようと心に誓った。


すでに魔力成長の限界が見える俺とちがいミーナは成長段階。

しかるべきパーティやギルドに配属されれば伸びしろがある。


ミーナに不利な過去が残らないように、

俺はひとりで命を落とした冒険者の亡骸から

さまざま装備や装飾品を剥いで闇市で売りさばいた。


「おにいちゃん、いつもよるどこにいってるの?」


「ミーナが勇者として頑張るって言ってくれたから

 俺も頑張ってるんだよ」


クエスト偽装よりも報酬はずっと少ないが

それでも必死に集めたかいあって配属資金は充分に貯まった。


「さぁ、ミーナ。このお金をもって都市の一番大きなギルドに行きなさい。

 そして"冒険者見習いです"って言うんだよ」


「ぼうけんしゃみならいですっ」


「うまいうまい。そうすればきっとミーナはいいパーティに入れる。

 まだ子供だからいろんな魔法も教えてもらえるはずだ。

 ただし、これまでのことは話しちゃ駄目だ。いいかい?」


「どうして?」


「それは……ほら、俺は恥ずかしがり屋だからさ。

 みんなに俺のこと知られるのは気恥ずかしいんだよ」


「わかった。おにいちゃん、ミーナはりっぱなゆうしゃになるね。

 そしたらね、おにいちゃんをぱーてぃに入れてあげる。

 ミーナがいつもまもってあげる」


「約束だ」

「うんっ」


ミーナは見えなくなるまで大きく手を振って都市へと向かっていった。


 ・

 ・

 ・


中央都市では小さな女の子がギルドにやってきた。


「ぼうけんしゃみならいですっ」


「おお、お嬢ちゃんまだ小さいのにすごいじゃないか。

 誰かこの子をパーティに入れてくれるやつは居ないか?」


危険なクエストをこなしてきた歴戦の勇士たちはそっぽを向いた。

受けているクエストがあまりに危険なため連れていけないのだろう。


「お嬢ちゃん悪いが――」



「僕たちのパーティに入りませんか?」



「聖騎士グリード様……!」


ちょうどギルドに入ってきたひときわ目立つパーティがやってきた。

その余裕ある振る舞いが他の冒険者とは別格だと感じさせる。


「ちょうど魔物討伐ではない軽めのクエストを受けていてね。

 どうかな、お姫様。僕らと一緒に冒険をしないかい?」


「もちろん、最初だからついていくだけでいいわ。

 怖いところや危ないことは、みんな私たちでやっちゃうから」


「ほんと? ミーナもはいる」


「決まり。ギルドマスター、この子はこれから聖騎士団員だ。

 ギルドにもそう登録しておいてくれ。きっといい冒険者になるよ」


聖騎士団は専用の馬車を走らせると隣町へと向かった。

その道中で聖騎士グリードはミーナに話した。


「今回のクエストは、街に出ている嘘つきの悪い盗人をやっつけるんだ。

 死んだ冒険者の装備を盗んじゃうような人の心がないやつさ。

 ミーナちゃんには初めてのクエストだから、馬車で待ってなよ」



冒険者くずれの盗人は聖騎士により征伐され、

つつがなくクエストは完了された。

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