第29話 バレンタインデー
二月に入り暦の上では春、それでも現実は、そんな気配を感じさせないくらいに寒い日が続いていた。天気が崩れれば雨ではなく雪がちらつく、そんな感じだ。
そして今日は、去年まで全く関係のなかったリア充イベントの日がやってきた。バレンタインデーだ。
教室に入ると、主に男子からいつもと違う雰囲気が漂っていた。見るからにソワソワしている者、空の紙袋を机の横にぶら下げて何かをアピールする者、引き出しに手を入れて中を確認する者など様々だ。
女子の方は友達同士で交換するのがメインなのだろうか。朝からそういう光景が多くみられる。穂香も義理チョコは女子だけにしかあげないと言っていた。
「オッス、優希。なぁ、今日って何かあるのか?なんか男子の雰囲気がいつもと違う気がするような?」
「おはよう、浩介。今日はアレだ。いわゆるバレンタインデーというやつだ」
「あ……あ~、なるほどな。まぁ、俺にはあまり関係ないな」
「お前ならたくさん貰えそうな気がするが?」
浩介はイケメンでモテる。性格というより、性癖の面でちょっとアレな感じはあるかもしれないが。菜摘と付き合っているのは周知の事実だからな。本命は無くても、義理チョコはそれなりに貰えるんではなかろうか。
「みんなナツと付き合ってるの知ってるしなぁ。義理でも渡さないんじゃないか?それに、ナツはああ見えて結構独占欲が強いんだ。一個や二個ならいいけど……あまりたくさん貰ったりしたら、俺の寿命が縮むかもしれない。それよりも、ナツから貰えたらそれが一番いい」
浩介はその状況を想像したのか、ブルッと震えると静かに席に座った。
俺は穂香から貰えるし、あと、貰えるとしても菜摘くらいか。それ以外はないと思っていたのだが。
昼休み。
穂香と菜摘が来るのを待っている俺達に、別の来客があった。
「相沢君、風間君、これ良かったらどうぞ」
「あたしからもどうぞ。いつもお昼に楽しませてもらってるお礼よ」
「私からもあげる~」
「今日も何か起こると信じてるわ」
と、そんな感じでクラスの女子から大量にチョコを貰うことになってしまった。最後のセリフなど、何かのフラグでしかない気がする。
いつもの浩介と菜摘のやり取りが見ていて楽しかったこと。最近は穂香が来るようになって、クラスの違う菜摘や穂香と仲良くなれた事のお礼など、まぁ、そんな感じの理由で貰ってしまった。
周りの男子からは「彼女いるくせにそんなに貰いやがって」といった感じの視線が刺さるが、義理チョコってそういうものなんじゃないか?同じクラスだからといって、普段から何も接点のない相手には渡さないだろう?
女子から見ても、義理チョコ渡して勘違いされるのは困るだろう。男子への義理チョコは、女子同士での交換のついでみたいなもの。俺達が貰ったのも、最初から用意してくれた子もいれば、みんながあげてるから便乗したって子もいるかもしれない。
当日になってから、自分は貰えるはずだという、根拠のない自信を持っているやつに限ってもらえてない気がするぞ。普段からモテモテのやつならわかるが、そうじゃないのに紙袋用意してるとか、自信家もいいとこだろ。
「なぁ、優希。これ、どうしたらいいと思う?」
「いや、これは完全に想定外だ。なんか袋とか持ってるか?」
「はい、どうぞ」
そう差し出されたのは折り畳まれたビニール袋。そこには笑顔で立っている穂香と菜摘がいた。穂香はニコニコしているが、菜摘は目が笑っていない。
「……モテモテですね、お二人とも。そんなにあったらいらないかもですが、これ、優希さんにです。どうぞ」
「ああ、ありがとう。菜摘」
こんなにもらえたのは、お前達のおかげだけどな。とは、この場では言いにくい。とりあえず、穂香から貰った袋にチョコを入れて弁当を置くスペースを作る。袋は普段から買い物などする時のために持ち歩いているらしい。う~ん、さすがだ。
「いただきます」
穂香と菜摘の二人は、いつものように弁当のおかずを交換したりしながら食べている。最近はクラスの女子もそれに加わったりして、和気あいあいとした感じで居心地がいい。その分、俺たちはハブられるが、そういう時は男同士で話をしてる。
「浩介、菜摘だけ目が笑ってない気がするが、お前から見てどうだ?」
周りが盛り上がってて聞こえないと思うが、一応小声で話しておく。
「ああ……ちょっと機嫌が悪いな。まぁ、でも大丈夫だ。ああいうナツは可愛いもんだ。明日にはいつもの菜摘に戻ってるぜ」
「そ、そうか……俺にはよく理解できない部分もあるが、大丈夫ならいいか」
相変わらず、この二人の愛のカタチはよくわからない。
「へぇ~、それでなっちゃんの機嫌が悪かったのね」
「ああ、浩介は大丈夫って言ってたから問題ないんだろうな」
「なっちゃん可愛いな~。あ、ユウ君、これお願いします。温めのお茶くらいの温度がいいかな~」
いつもよりかなり軽めの夕食を済ませた後、俺は穂香から仕事を受けた。テーブルの上に置かれている、磁器の器に入ったチョコレートを温めてほしいとのことだ。それくらいはお安い御用だ。
俺は初めて食べるが、チョコレートフォンデュだそうだ。バレンタイン用のチョコを多めに残しておいたらしい。横にはいちご、キウイ、バナナ、マシュマロ、クッキー、バームクーヘンなど様々な具材がある。
「わぁ~美味しそうだね。あ、その前に……はい、ユウ君、これどうぞ」
そう言って穂香が差し出したのは、綺麗に包装されたチョコレートだ。
「ありがとう……穂香」
「私が人生で初めてあげる本命チョコなの……味わって食べてね。でも、今はこっちを一緒に食べよ」
「ああ、わかった。どうやって食べるんだ?」
「このフォークで刺して、チョコにつけて食べたらいいのよ。私はいちごから食べよ」
なるほど、もっと甘くてくどいのかと思ったら全然そんな事ないんだな。思ったよりもずっと食べやすくて美味い。甘さも丁度いいし、具材によって味に変化がつけられるのもいい。
「なるほど、だから夕食をちょっとしか食べなかったんだな?」
幸せそうに食べている穂香がギクッとした表情を見せる。
「えへへ……だって、楽しみにしてたのよ。一度こうやってしてみたかったの」
「そうか……また今度もやればいいぞ。なんなら、浩介と菜摘も呼んでするのもいいかもな。四人いればもっと種類あっても食べきれるだろうし」
「うん、それもいいね。たこ焼きとかお好み焼きもやってみたいな~」
結構量があったと思ったのだが、意外に食べられるもので、ほぼ全部なくなってしまった。俺はもう食べられない。口直しにブラックの珈琲飲んでいると、穂香が串を持ってきて、剥いたバナナを丸ごと突き刺した。
「それ……どうするんだ?」
「チョコバナナよ。お祭りの屋台とかであるでしょ?最後に食べたいなと思って残しておいたの」
残り少なくなったチョコをふんだんに付けて、垂れそうになるチョコをペロッと舐め上げる。だが、チョコが軟らかくて、すぐに垂れてくるので、下に落ちないように更に舐める。何度かそれを繰り返すと、チョコがなくなってくる。
「あ、なくなっちゃった……む~」
そう言うと普通にパクっとくわえたのだが、俺の視線に気が付いたのか、そのままこっちを見てくる。どうしたの?というような表情で首をコテンと倒したところで、俺が目を逸らした。そして、穂香はそのままバナナを食べ終わった。
この食べ方は色々とマズイだろ。無意識にやってそうだしな。
「美味しかった~もうお腹いっぱい……ねぇ、さっきは何かあったの?」
多分じっと見てて目を逸らした事についてだろうな。
「あ~チョコバナナはいつもあんな感じで食べるのか?」
「え?ううん、今食べたのが初めてだから……なんで?」
「いや、俺の前ではいいが、他の男がいるところではあの食べ方はやめてもらえないかなと……」
俺の精神的によろしくないからな。
「え?え?私、そんな変な食べ方してた?」
「変ではなくて……ストレートに言うと、エロい」
「エ、エロ……………………はぅ……」
一応わかってもらえたようだ。
先ほど食べたいちごより赤くなった穂香は、しばらく「う~っ」と唸っていたが、片付け終わるころには復活していた。
「もう、あんなこと言われるなんて思わなかった。次からチョコバナナ食べにくいじゃない」
「最初から噛めば大丈夫だ。普通のバナナみたいにな」
「む~……頑張ってみるからキスして?」
穂香との初めてのバレンタインデーでのキスはチョコの味。そして、貰ったチョコも同じくらい甘くて美味しかった。
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