第27話 女神様と一緒にお弁当
新年になったと思ったら早いもので、冬休みももう終わりだ。
正月はおせち食べてお雑煮食べて、穂香のばあちゃんともご飯食べて。と、食べてばかりだった気がする。
初詣も行こうかとは思っていたのだが、二日以降非常に天気が悪く、ちょっと距離もあることから断念した。テレビでもやっていたが、今年は初詣の人数も少なかったらしい。
そして予想通り、浩介は冬休みの課題をギリギリになって泣きついてきた。新年早々、菜摘に言葉の槍でザクザク刺されていたが、最早恒例行事となりつつある。俺と穂香はその様子を温かく見守っていた。
新学期が始まる初日、今日から穂香と一緒に登校する――のではなく、それは明日からということになった。
なぜなら、
「いってらっしゃい、ユウ君」
「ああ、行ってくるよ」
そう言って少し触れるくらいのキスをし、エプロン姿の穂香に見送られ、学校に向かう。
ただそれだけなのだが、一度してみたかったそうだ。一緒に登校したらできないから、今日しようということになった。俺としては、穂香が満足しているならそれでいい。
教室に着くと、誰だ?みたいな視線を複数感じた。ただ髪を短くしたくらいで大げさなと思っていると、浩介がやってきた。
「おっす、優希。今日から一緒じゃないのか?」
「ああ、明日からだ」
「昼は来るのか?」
「菜摘と一緒に来る予定だ」
主語がない浩介との会話だが、わかっているので言ってないだけだ。
「それよりも、お前、周りからめっちゃ見られてるぜ」
わかっていて気にしないようにしていたが、男子からも女子からも多くの視線を感じる。
「昼から起こることを考えたら大したことないはずだ」
「そうだな~、楽しみにしてるぜ」
さて、昼休みになって、菜摘がやってくる時間になった。ただ、今日からは穂香も一緒に来る。
急に教室が騒がしくなり、「おお、マジか」「女神様が来た」「なんで一ノ瀬さんが?」など男女問わず様々な反応を見せる。
全員の注目を集める中、二人が来たのは当然俺達のところ。
「お待たせしました」
「えへへ……やっと一緒に食べられるね」
穂香と菜摘が座って、さあ食べ始めようかという時、教室の入り口の方が騒がしくなって人が増えてきた。他にも何かあったのだろうか?そんなことを考えてると、
「あれは穂香さんのせいなんです。気にしたら負けです」
と、菜摘は入り口の方を見もせずに言った。
「え?私なにかした?」
穂香は心当たりがないような感じだが、これで結構天然なところもあるからな。一体何をしたんだろう?
「先ほど教室を出てくるときに、他の女子に「今日は彼氏と食べるから」って、しれっとミサイル撃ち込んできましたよね?普通に私たち以外の時間が止まってましたよ。それから復活して、今あの状況です。優希さん、私は悪くありません」
全て穂香さんのせいですよ、みたいな目で穂香の方を見ている。
「あはは……嘘は言ってないからいいじゃない」
どうやら盛大にやらかしてから来たようだ。
遅かれ早かれ騒ぎになるのはわかっていたが……菜摘の言う通り、気にしたら負けだな。今は弁当を食べることに集中しよう。もちろん、弁当の中身は穂香と同じだが、今の周りにいる連中にはそこまで気にする余裕はないだろう。隠す必要もない。
「とりあえず、気にせず食べることにしよう。食べてる間は邪魔されないだろうしな」
「そうですね、食べましょう」
「うん、人が多いのはいつもの事だからね」
「お前ら……精神力すげえな」
浩介だけが周りを気にしながら食べていた。
粗方食べ終わる頃には周りも食べ終わった生徒が多く、それぞれこの状況を理解しようとしているようだ。
遠くの方からは「うおおおおお!」とか「なぜだぁぁぁぁぁ!」とか変な叫び声が聞こえてくるが無視しよう。
「意外と誰も来ませんね」
紙パックのいちごオレをちゅーっと飲み干して菜摘が言った。ってか、いちごオレ好きだなお前。
「一ノ瀬さんがいるから遠慮してるんだろ?俺達だけなら、遠くで叫んでる変な奴らが向かってきてるだろうよ」
そうだな。浩介の意見に賛成だ。普段から穂香に話しかける度胸もない連中では無理だろう。穂香はクラスも違うから、女子でも話したことない人は多いだろうし。
「あの……穂香ちゃん?そちらの人が彼氏さんなの?」
この近寄りがたい雰囲気の中、俺が知らない数人の女子が話しかけてきた。おそらく穂香のクラスの友達なんだろう。
「うん、そうだよ。私の一番大切な人なの。えへへ……」
穂香がそう言うと、女子たちからは黄色い声が上がった。対照的に男子からは呪詛のような呻き声が吐き出される。
「やっぱりそうなんだ~」
「穂香ちゃんがデレてる……可愛い~」
「彼氏の人初めて見るけどカッコいい……」
「いいなぁ、私も彼氏欲しい~」
「あの男は誰だ?」
「一年か?一年にあんな奴いたか?」
色々な言葉が飛び交う中、俺は思ってたよりも冷静でいられた。
もっと大変な騒ぎになるかと思っていたが……まぁ、この話が広まる明日以降の方が色々ありそうだな。
「これで私の精神的にも良い状態になるのです」
ん?菜摘に何かあったのか?
「ナツ、何かあったのか?」
いいタイミングで浩介が聞いてくれた。相変わらず菜摘の事になると行動が早い。
「それはですね、以前から私がここに向かう時の、穂香さんの視線が痛かったんですよ。食べ終わってから教室に戻った時も、いいなぁいいなぁって言われて大変だったんです。それが解消されて、私の精神衛生上の心配事が一つ減りました」
「ああっ!なっちゃん、それ言っちゃダメだよ~」
穂香が止めようとするも後の祭りだ。
俺的には穂香の可愛い一面が知れて良い。菜摘がいい仕事をしてくれた。言われた穂香は少しだけ恥ずかしそうだ。
「なるほどな~一つってことは他にも心配事あるのか?」
うんうんと頷きながら聞く浩介に、俺達やいつも教室でこの二人のやり取りを見ている者は、全員浩介の方を見た。
「え?俺、なんか変なこと言ったか?」
全員が「お前が原因だよ」みたいな視線を浩介に向けているが、それに気付かないのが浩介だ。
「……いえ、浩介さんらしくていいと思います。逆にわかっていたら浩介さんの頭を心配します」
「そっか、それならいいけど、何かあったら言ってくれよな」
浩介はそう言ってニカッと笑みを浮かべる。この微妙に噛み合ってない感じもこの二人らしいな。
菜摘は周りの女子たちに「大変ね」とか言われていたが、「いつものことなので」と返している。
菜摘たちにみんなの意識が向いたおかげで、俺も穂香も大した事は聞かれずに昼休みは終わった。
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