第3話 女神様と玄関先での攻防
さて、帰ってきたのはいいが、これはどうしたものか。
昼間、
床一面に散乱した衣類や雑誌、タンスの引き出しが全段引き出されて適当に突っ込まれた衣類、90リットルのごみ袋から溢れてる空のペットボトル、無造作に積み上げられたスポーツドリンクの空の段ボール、ごみ箱を覆うように積み上げられているコンビニ弁当の残骸。
……うん、これは無理だな。俺の実力では倒せない敵がここにいる。
こういうことには魔法は全く役に立たないし、どうしたものか。全部吹っ飛ばすならできるんだけどな。
地道に片付けていけばいいのかもしれないが、最早どこから手を付けていいのかすらわからない状態である。
仕方ない、人生諦めが肝心だ……というわけで夕食だ、コンビニ弁当でも買いに行こう。
そう思って、玄関のドアを開けた時だった。
「きゃっ、びっくりした~……あ、相沢君、こんにちは」
なぜか一ノ瀬が俺の部屋の前にいた。制服姿なのは学校帰りなのだろう。手には少し大きめの紙袋を持っている。
「一ノ瀬、どうしてここに?」
「うん、昨日のお礼とか何もできてなかったし……あ、これ、おばあちゃんが持って行ってって」
「ああ、そんなのわざわざいいのに……ありがとう」
やはり一ノ瀬は美人なだけじゃなくて、性格もいいのだなって思う。
「ねぇ、相沢君。私からも何かお礼がしたいの。私にできることなら何でもいいから」
一ノ瀬のような美少女に何でもいいなんて言われたら、健全な男子高校生ならよからぬことを考えてしまうぞ。
俺もちょっと考えてしまった辺り、健全な男子高校生だ。
「いや、一ノ瀬、女の子がそんな何でもするとか言うなよ。特にお前は美人なんだしな。俺が何かとんでもない事とか言い出したらどうするんだ?」
「えっ、ちょ、ちょっと、何を急に……面と向かって美人とか言われるのは恥ずかしいから……それに、相沢君はとんでもない事なんて言わない気がする……言ってくれても……けど……」
最後のほうがうまく聞き取れなかったが、一ノ瀬ってあまりこういう耐性なさそうだな。
顔を赤くして俯きながら俺を見てくるから、自然と上目遣いになっている。美人のこういう表情は反則だろ。こんな感じでお願いごとでもされたら、二つ返事でOKしてしまいそうだ。
「それに、してほしいことなら、昨日言ったことでいいぞ」
「ん~、でも……あれって結局何もしないのと同じでしょ?相沢君に何もメリットないよね?」
昨日、帰る前にこの恩は絶対返すからって言われて、それならと言ったこと。それは、『学校では今まで通りに接してほしい』ということだ。実質、学校では関わらないということになる。
「そんなことはないな。俺は目立ちたくないから」
「私が話しかけたらそんなに目立つ?」
クラスも違うし、何の接点もないであろう俺にいきなり話しかけてきたら、浩介でもひっくり返るぞ。そして、衆人環視の状態で一ノ瀬との会話を終えたら、見ていた人間から怒涛の攻めを受けることになるだろう。そんなことになったら、俺も一躍有名人だ。そんなのは困る。
「当然だな。自分の影響力を考えてみてくれ」
「影響力?私、あまり男子と話さないし、そういうのあまり聞いたことないんだけど、どういうことなの?」
あまり男子と話さないってのは意外だな。周りに気軽に一ノ瀬に話しかけに行ける男子がいないのか。それとも、周りの女子たちが気を使ってガードしているのか。普段見ているわけじゃないからわからんが……。
「一ノ瀬、お前って男子生徒から、女神様って呼ばれてるの知ってるか?」
「……それは知ってるけど、その呼ばれ方は嫌。誰が言い始めたのか知らないけど、私そんな柄じゃないし」
女神様という単語で、一ノ瀬から笑顔が消えた。
これって、みんなが知らないだけでNGワードじゃねえか。ファンクラブの連中なんて、女神様ファンクラブとか名前だった気がするな。残念だが、終了のお知らせをしてあげよう。主に俺の心の中でだが。
一応、浩介とも共有しておくか?あいつ、たまに女神って言ってるからな……いや、何でそんなこと知ってるとか言われたら面倒だな。やめておこう。
「ああ、ちなみに俺じゃないからな」
「うん、それはもちろんわかってる」
先ほどの無表情から一転して笑顔を向けてくれた。不意打ちはヤバいな、他意はないとわかっていても、ドキリとしてしまう。
「一ノ瀬は定期考査で毎回1位だろ?」
「うん、勉強は頑張ってやってるから。相沢君も毎回一桁順位でしょ?」
「ああ、成績上位は一人暮らしの条件だからな。てか、よく知ってるな」
定期考査は30位まで順位が貼り出されるようになっている。ちなみに、菜摘もランクインしてる。浩介は見たことない。毎回テストの度に、菜摘に怒られてるからそんなに良くないのだろう。授業は結構真面目に受けているはずなんだけどな。
「貼り出されてる人の名前は大体覚えてるよ」
俺なんて毎回1位の一ノ瀬と菜摘と自分の名前しか覚えてないぞ。
「すげぇな。で、体育でもいつも活躍してるだろ?」
「ん~運動は嫌いじゃないし、全力でやるようにはしてる」
「頻繁に男子から告白されて全部断ってるって聞いてるが?」
「あ~それは……ね……私は誰とも付き合ったりする気はないの」
一瞬、視線を落として悲しげな表情を浮かべる。
何かあるのか……まぁ、俺が気にしても仕方ないか。
「ま、他にも色々あるだろうが、そんな感じで一ノ瀬は人気があるわけだ。そんな一ノ瀬がクラスの中でも特に目立つことのない、モブキャラの俺に話しかけたりでもしたら、間違いなく目立つ。周りから何でアイツが?みたいな視線で見られるに決まってるからな。クラスも違うから余計にだな。というわけでダメだ」
「なんか納得いかない事も多いんだけど、相沢君に迷惑かかるならダメかな~」
「わかってもらえてなによりだ」
「う~ん……あ、そうそう、相沢君、それなら連絡先教えてもらえないかな?ダメ?」
「え?ああ、もちろんいいけど。お前に言われてダメなんて言うやついないだろ?……ちょっと携帯取ってくるから待っててくれ」
おお、女神様の連絡先ゲットだぜ。こういうことは誰かに言いたくなるが、誰にも言えないな。
「あれ?どうかしたか?」
携帯取って玄関に戻ってきたら、一ノ瀬が口を半開きにして固まってた。
「あ、あの~相沢君?これって、もしかして、空き巣にでも入られたの?」
「ん?いや、そんなことないぞ」
「え?もしかしてこれが日常なの?」
「ああ、さっき掃除しようとは思ったんだけどな。まぁ、諦めた」
「ごめん、ちょっと上がらせてもらうね」
そう言って靴を脱ぐと、アスレチックなフィールドを進むかのように足場を探しながら部屋の中に入っていく。リビングに到達すると、ピタッと足が止まった。
「決めたわ。相沢君?明日は何か用事はあるかしら?ないわよね?」
一ノ瀬から強烈な圧力を感じる。これは拒否できないやつだ。俺は何かやらかしたか?
「ああ、明日も明後日も空いてる。大丈夫だ」
「じゃあ、明日、朝から掃除しましょう」
「いや、これを手伝ってもらうのはさすがになぁ……」
「そんなこと言ってられるような状況じゃないよ、これ……それとね、私の部屋、この真上なの」
おっと、そうだったのか、それは知らなかった。知ったからといって、行くわけじゃないけどな。
「私の部屋の下がゴミ屋敷っていうのは嫌。明日一日で終わるかどうかもわからないくらいだし、頑張って掃除しようね」
そう言った一ノ瀬は顔は笑っていたが、目がマジだった。ああ、明日は頑張ろう。
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