第2話 いつもの日常

「オッス、優希。相変わらずしけた面してんなぁ」

「うるせえ、お前はいつもさわやか過ぎるんだよ」


 翌朝、学校で自分の席に着くなり声をかけてきたのは風間浩介かざまこうすけ。茶髪のさわやかイケメンで、入学早々に彼女を作り、リア充街道まっしぐらの勝ち組だ。

 決して羨ましくなんかはない。


 入学時から、たまたま席が隣になったこともあり仲良くなった。あまり自分から人間関係の新規開拓はしない俺にとっては、何もしなくても構ってきてくれる良い友人だ。

 俺は友達が少ないのは間違いないが、決してぼっちというわけではない。


 魔法のことなど大っぴらにできないし、人付き合いがそれほど得意でもないので、学校での交友関係は必要最小限にとどめている。


「お~、いつものが来たぜ、優希」

「ああ、いつものな」


 いつもの光景。

 つまり、一ノ瀬穂香が登校してくると、一目見るためにわざわざ廊下に出てきたり、階層の違う上級生まで見に来るという状態が毎日のように続いている。俺からしたら、よくもまぁ飽きないものだと思うが、確かに一ノ瀬は可愛いし美人だ。


 あの一ノ瀬の追っかけやファンクラブの連中に、昨日のお姫様抱っこや、その後のシーンを見られでもしてたら、俺は今日、無事に登校できなかったかもしれないな。


 いや、校舎裏とかに呼ばれたとしても、十数人程度なら身体強化を軽く使えばバレないように何とかなるか……ただ、そんなことで目立ってしまったら、俺は番長とか呼ばれるようになったりするのだろうか?それは困るし、学校にも悪い印象しか与えないだろう。


「お、優希、お前も一ノ瀬さんに興味あるのか?」


 ぼーっと一ノ瀬の方を見ながら考え事をしていたからか、浩介に言われてしまった。


「いや、さすがにそれはない。住む世界が違うって感じだな。それに、何とかなったとしても、あのスペックは持て余す。釣り合わないな」

「あーなるほどな、それはわからんでもないけどなぁ……一ノ瀬さんに興味ない男ってお前ぐらいじゃないか?まぁ、俺はナツがいるから興味ないけど……」


 ナツというのは浩介の彼女の清浦菜摘きようらなつみ。現状、俺に構ってくれる唯一の女友達だ。


「チッ、このリア充め」

「なはははっ、お前も早く彼女作ることだな」

「……いや、面倒くさそうだからいいや」

「枯れてんなぁ、若人よ」

「お前も同い年だろ。まぁ気が向いたら少しは考えるよ」


 俺も彼女が欲しくないわけではないが、あまりそういう人付き合いが得意ではない。そして面倒くさがりだし、いい加減で適当な性格だ。

 正直、誰かと付き合ったとしてもうまくいく自信はない。相手が余程俺に合ってるか、合わせてくれる人じゃないと無理だろう。


 そこら辺が浩介に枯れてるって言われる原因なのかもしれないが。


 昼休み。

 俺は基本的に昼食はいつもパンだ。いつも通学途中のコンビニで買ってくるが、忘れた時は売店に走ることになる。売店は意外と競争率が高くて、ちょっと出遅れると人気のパンはすぐに売り切れてしまうのだ。


 で、浩介はと言うとオカン弁当かパン。そして、


「浩介さん、優希さん、こんにちは」


 そう言ってやってきたのは浩介の彼女、清浦菜摘。ショートカットで小柄で可愛い系の美少女だ。制服じゃなくて私服だと、小学生や中学生でも通用しないことはないが、それっぽいことを言うと怒られる。


 浩介が180センチ近くて菜摘が約150センチだから、かなりの身長差があるカップルだ。ちなみに、約150センチというのは菜摘の自称だ。実際は146センチくらいらしい。このこともかなり気にしているようで、あまり触れると怒られる。


「おっす……モグモグ……んぐ、ナツ、こっちこっち」

「……浩介さん、口の中に食べ物入れたまま喋らないで下さい。不快です、もう一度小学生からやり直してきてはどうですか?」

「う……すんませんでした」


 いつも通りのやり取りなので、周りのクラスメイトも慣れたものだ。温かい目で見守ってくれている。


 菜摘は可愛くて言葉遣いも丁寧なのだが、すぐに毒を吐く。初対面の人とかにはそうでもないが、仲良くなると結構心を抉られるような毒舌が飛び出す。浩介に言わせると、「そこがいい」らしいのだが、俺では多分耐えきれないだろう。


 ちなみに、俺が菜摘の名前を呼び捨てにしているのは、いつからだったか、菜摘の希望によるものだ。それ以降は基本的に、名前呼び以外だとキレイにスルーされるようになった。浩介によると、菜摘基準で一定以上仲が良い人だけらしいので、良いことだと考えるようにしている。


「二人とも、毎日良く飽きないなぁ。ま、平常運転でなによりだが」

「それは、浩介さんの学習能力が蟻並みですから、仕方ないのです。一日二日で改善できるなんて、元から思ってませんよ。この事だけでどれだけ言い続けているか……」

「……ナツ、この前は猿だったのに蟻になってしまったのか?」

「当然です。この前テレビの特集で見たお猿さんはもっと物覚えが良かったです。というわけで、猿並みだとお猿さんが可愛そうなので、蟻で十分でしょう。ミジンコでもいいですが」

「なんてこった……哺乳類でさえもなくなった……」


 そろそろ浩介のHPがなくなりそうだ。この二人、いつもこんなやりとりしてるのに凄く仲がいいから不思議だ。浩介は最初から最後まで、菜摘の尻に敷かれっぱなしだろうな。

 俺は今まで一度も、浩介が優位に立っている状況を見たことがない。

 そして、この二人の事を知っている人は、そんな日が来ることはないと確信しているはずだ。


「優希さんは今日もコンビニのパンですか?」


 前衛(弾除け)の浩介が倒れたからこっちきた。浩介、もう少し耐えてくれよ。


「まぁ、一人暮らしだし、料理はできないからな」 

「料理は……じゃなくて、掃除もできないと聞きましたが?一人暮らししているのに料理も掃除もできないなんて、意味不明です」


 浩介さんも料理はできませんけどね、と付け加えてパックのいちごオレを飲み干す。


「うっ、それを言われると辛い。何とか生きてるからセーフだろ」


 確かに俺は料理は全くできない。かろうじて炊飯器でご飯を炊くくらいか。レンジでチンもできるぞ。カップ麺も作れる。だが、袋のラーメンは無理だ。

 掃除に関しては、そのうち気が向いたら、とか思ってるからダメなんだろうな。


「優希、とりあえず座れるくらいの場所は確保してくれ。リアルに足の踏み場もない部屋って、お前の部屋でしか見たことないぜ」

「気が向いたらするよ」

「優希さんがそう言い続けてもう数ヶ月経ちますよ。ダメ人間のいい見本ですね」

「……何も言い返せなのが辛い」


 そろそろ母さんでも来て、掃除してくれないかと本気で思うようになってきた。俺が掃除できないの知っているから、月一回くらいは行くようなことを言っていたが、仕事が忙しくて全国を飛び回っているのだ。


「お前の場合は世話好きの彼女でも作るこったな」

「そんな都合よくできたら苦労しねえよ」

「掃除ができたら言ってくれ。ナツと二人で遊びに行くから」

「待て、自分の家の中で、目の前でイチャイチャされたらたまらんから勘弁してくれ」

「その時はお弁当持っていきますよ?」

「わかった。任せろ」


 明日、明後日と休みだし気が向いたら掃除でもするか。

 気が向いたら。

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