253 承宇項の謀り事・その5
――官位をかたくなに辞退するおれに手を焼いて、関景爺さまだけでなく、将軍は慶央の父上まで抱き込んだのか。
しかしどのように外堀を埋められようと、いらぬものはいらぬ。
官位などもらえば、
そうだ、しばらく安陽を離れるのもよいかも知れぬな。
このところの忙しさにかまけて、麗と遊んでやっていない。
花の美しい季節だ。
花見の旅としゃれこむのもいい。
おれも安陽から離れれば、しばらくはあの小箱のことも考えなくてもすむ。
となるとその前に……。
今夜あたり、胡玉楼の青愁に会っておくのも一興か――
「英卓、おい、英卓」
数度の空咳だけでは効き目がないと思った関景の、叱咤が飛んできた。
我に返った英卓が目を上げると、苦笑いを浮かべた承将軍が顔の前で手を振って、関景を押しとどめている。
「いいのだ、いいのだ、関景さん。
おれの義弟はまだ若い。
考えたいこともいろいろとあるのだろう」
「若いといっても、英卓は年が明けて二十五ですぞ。
荘新家の当主、そしてありがたくも承将軍に弟のように可愛がっていただいている、おのれの立場というものを自覚せねば」
――爺さまめ。年越しの夜にえらくまじめな顔をしておれの歳を訊いてきたと思ったら、こういうところで披露するつもりだったのか。
それにしても、今日の爺さまはえらく絡んでくるではないか――
上の空であったことを詫びるために、英卓は承宇項に対して形ばかりの拱手の礼をとった。
「宇項兄、申し訳ないことをしてしまった。
久しぶりに父上の字を見て、慶央での日々を懐かしく思い出していた。
しかしながら、父上が文にどのようなことを書かれていようと、おれは官位を受ける気は髪の毛一筋もない。
そもそもおれが安陽に来たのは、口の利けぬ麗を、名医に見せ治療するためだ。
それがまだ叶っていない以上、官位など考える余地もない」
口を開ければ、ぺらぺらと言い訳の言葉は出てくる。
嘘もあるが、多少の真実も混じって入るので良心の呵責はない。
「英卓、荘興さんの文は、官位のことではない」
「官位のことではないと?」
「荘興さんはすでに慶央を立ち、安陽に向かっておられる」
「父上が安陽に?」
「そうだ、結納の品々を持参してな」
「結納の品?」
「おまえと千夏の婚儀のための結納の品々だ。
千夏は承家の娘といえども、すでに二度も夫を持った身。
それゆえに、結納は辞退するつもりであったが、それでは収まらぬとの荘興さんからのありがたい申し出だ」
「おれと千夏さまの婚儀?」
「荘興さんが到着される時には、すでに安陽は初夏だな。
婚儀には相応しいよい時候だぞ」
さすがにここまでくると、英卓も承将軍の言っていることが理解できるようになった。そして先ほどから、自分がオウム返しの返事しかしていないことにも気づいた。
横に座っている関景の顔を盗み見る。
顔を紅潮させた関景は、これ以上の喜びはないといったふうに何度も頷いていた。
――なにが、おれの孫娘はまだ七歳、おまえに嫁がせることが出来ず残念だと。
よくも言ってくれたな。
今日のこと、承将軍の筋書きに、爺さまが知恵を授けたのだろうが――
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